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アンドラーデ王国の恋物語

とある侯爵令息の恋物語

作者:秋ノ砂坂
俺は、彼女をベッドに押し倒した。
やや乱暴か、とも思ったが、ベッドであれば、さほどの衝撃もないだろう。
そのまま彼女に覆いかぶさり、首から胸へと唇を這わせる。

柔らかい、と思った。

何をしても彼女は抗うことなく、俺のなすがままになっている。
時折、ビクッと身体を震わせ、全身の緊張を深めたが、ただそれだけだ。
どんな表情をしているのか、それを確認しようという余裕すら俺には無かった。

ただ飢えた獣のように、彼女をむさぼる。

脳が溶けるかと思うほど、強烈な快感を覚えた後、
俺はそのままの状態で彼女を抱きしめ、ゆっくりと息を整えながら、
自分の全身が痺れているような、そんな感覚を楽しんだ。

どれほどの時間が経過したのか。
痺れが薄れるとともに肌寒さを感じ、俺はゆっくり身を起こすと、
彼女を抱き上げ、お世辞にも広いとは言えないシャワールームに立たせた。
暖かなシャワーを、俺と彼女の頭上から降らせると、彼女の身体の緊張が少し融けた。

俺は彼女の背後から、彼女の全身を洗うように撫でまわす。
時々ピクリと動く彼女の身体は、どこまでも柔らかく、そして暖かかった。

  + + +

いつのまに眠ってしまったのだろう。目が覚めると、彼女は、消えていた。
彼女がいたはずの場所には、署名のないメモが一枚。

〝ありがとうございました〟 … 書かれていたのは、それだけだった。

世の中はまだ薄暗く、物音ひとつ聞こえない。起床にはまだ少し早い時間なのだろう。
そのメモを枕元に残し、俺はシャワールームへ向かう。
こうして俺の、アンドラーデ王国貴族学院の生徒としての、最後の一日が始まった。

俺の名は、アドリアン・ギィ・ルイズ。年は17歳。
アンドラーデ王国の建国の王から爵位を賜った侯爵家の一人息子だ。

今日、貴族学院の卒業式典を終え、ようやく成人貴族のひとりと認められたばかり。
明日からは父であるルイズ侯爵の仕事の手伝いをしながら、
侯爵位と、我が家の領地であるルイズ侯爵領を受け継ぐための勉強に追われるはずだ。
しばらくは息も抜けない日々になるだろう。これも義務だ、と静かにため息をついた。

卒業パーティーが始まると、友人や後輩が入れ替わりでやって来た。
何人かと言葉を交わしたあと、彼女はやって来る。

「卒業、おめでとうございます。優秀賞にも選ばれて、すごいですね」

そう言って小さな花束を差し出した彼女の笑顔を見て、昨夜のことなど夢だったか
と、そんな風にも思えたが、そうでないことを俺の全身が知っている。

「リネットも来年はきっと選ばれると思うけどな」
「そうなるといいですけど」
「がんばれ」
「はい」

昨夜、一晩だけ自分を俺にくれた彼女は、貴族学院の一学年下の後輩で、
名はリネット・ザラ・アデスという。
アデス男爵の令嬢ではあるが、もともとは孤児で貧民出の、養女であった。

アデス男爵は先々代が戦功により爵位を得た。
貴族ではあるが、貴族が重視する血統の良さなどよりも実力を重んじ、
政治より軍事でもって国に仕える家柄でもあった。

男爵が溺愛し、わずか5歳で早世した一人娘に酷似していたから、
という理由で孤児を養女にしたのも、そんな飾らない家柄であったからだろう。

彼女は9歳で男爵の養女となり、他の貴族の子女同様、13歳で貴族学院に入学、
15歳の冬には社交界デビューも果たしていた。

俺が卒業を明日に控えた日に、彼女は俺にこう言った。

〝アドリアン様にお礼がしたいのです〟

彼女は一度だけ、と言った。それ以上は望まない、と。
その後は何も無かった顔で接すると、絶対に迷惑はかけないことを誓う、とまで言った。
それに対して、俺は一度ではなく 〝一晩ならいいよ〟 と軽く返事をした。

一度であろうが一晩であろうが、大した違いは無いのかもしれないが、
どこまで、何時までが一度なのか、ひどく判断に悩みそうな、曖昧な表現ではなく、
時間制限とか許容される範囲を確定したかった、という単純な理由。
どうせ本気で言っている訳ではないだろうし… とタカをくくっていた部分も確かにあった。

まさか、彼女が了承するとは思わなかった。

  + + +

卒業後、俺は父から仕事を学びながら、
夜は気分転換も兼ねて、社交パーティーに出席することがほぼ日課となっていた。

今夜も、一夜の遊び相手を探す貴族夫人を自ら求め、
いま豪奢なベッドに身をゆだねる夫人を、俺の身体の下で悦ぶばせている。
対する俺は、自分でも信じられないほど冷静に、夫人を味わっていた。

俺は飢えている、と自分では思っていたが、むさぼろうという気持ちは湧いてこない。
… どころか、軽い吐き気を覚える。
気のせいにして、快楽に没頭しようとしてみるが、
脳が溶けるような、あの、強烈な快感は、得ることができなかった。

ことを終えても、そのまま抱いていようという気にはならず、俺はすぐに身体を起こした。
このまま着替えて、逃げ出したい、という程度の嫌悪感さえある。

さすがに即さようなら… とはいかないことは解っていたので、
しなだれかかる夫人の相手をし、ねだられるままにキスをして時間をやり過ごし…。

「月の美しい夜に女神を独り占めするのは、神がお許しにならないでしょう」

そんな言葉で早々の帰宅を誤魔化し、別れのキスをして夫人の屋敷を出る。
遊んだはずなのに、味わったはずなのに、まったく喰い足りない。
もっと… という渇望だけが俺のなかに残っていた。

「昨夜はまた遅かったようだな」

数回の深夜帰宅の後、俺は父に呼び出された。

また新しい仕事を言いつけられるのかと思えば、そんな一言。
怒っている、責めているという口調では無かったが、機嫌がいい声でもなかった。

政略的な結婚をし、子を儲けた後、顔を合わせなくなる夫婦というのは珍しくない。
屋敷の東と西に夫婦それぞれの居を移すということもあれば、
広大な敷地内に別邸を建て、夫人だけがそちらに住まうパターンもある。

そんな貴族社会において 〝不倫が悪〟 という概念は薄く、
子を儲ければ義務は果たしたことになり、後は自由、という考え方が主流だ。
合意形成がなされていないならともかく非難されることでは無いはずだ。

「火遊び程度ならば何も言わないが、相手は選びなさい」
「はい、父上」

それを盾に結婚を迫る女、後々問題になりそうな夫や親族のいる女、嫉妬深い女…
そういうのは上手に避けろ、と言っているのだろうと、理解した。

後腐れを心配しなければならない女なんて、俺だって嫌だ。

その後も俺は、遊びを止めなかった。
俺のなかの飢餓感に追い立てられるように、後腐れの無い夫人との逢瀬を続けていた。

遊び慣れた夫人たちから、楽しむためのあれこれを山のように教えられ、
そのつど俺は身体で夫人たちを悦ばせてきたが、
俺のなかの飢餓感は、止むことを知らず、日を追うごとにふくれあがる。

そんな行動に、父は苦い顔をますます苦くしていたが、俺はそれに気付かないふりをした。
母は苦言のようなことは何も口にしなかったが、

「作り笑いでしか笑えなくなっているように見えるわね。本当に楽しいのかしら」

ただ一言、まっすぐ正確に、そして容赦なく、痛いところを突いてきた。
笑ってかわすつもりだったが、笑えなかった。

  + + +

俺のなかの飢餓感が、いつか俺を殺すのではないかと思い始めた頃、俺は18歳になり、
とある伯爵家が主催した舞踏会で、彼女と顔を合わせた。
卒業以来、7カ月ぶりのことだった。

「こんばんは、リネット。久しぶりだね」
「アドリアン様、お久しぶりです」

彼女の笑顔は、学院にいた頃と何も変わっていなかった。

「リネットも、もうすぐ貴族学院を卒業だね」
「はい。でも、優秀賞に選ばれるかどうか… 心配です」
「自分の名前が呼ばれるまで不安なのは、よく解るよ。俺もそうだった」
「アドリアン様も、ですか」

リネットの驚いた表情を見て、俺は苦笑をして、当然だよ、と返す。
それで安心したように微笑む彼女を見て、俺も思わず、笑みを浮かべた。

「リネット嬢、私と踊っていただけますか」

俺はわざとかしこまって、彼女に誘いをかけた。
やましい理由ではなく、久しぶりに出会った後輩と、もっと話をしていたかったから。
ダンスに誘ったのは、そのパーティーが舞踏会だったから、というだけの話だ。

「足を踏むかもしれませんけど…」

小声で、恥ずかしそうに言う彼女に、いいよ、と声をかけ、俺は彼女の手を取る。
その瞬間… だった。
言い知れない、ぞわりとした感覚が俺の全身を駆け巡った。

膝から崩れ落ちそうな衝撃を、作り笑いで誤魔化し、全神経を緊張させ、
俺は必死に平静を装った。
誘った手前、踊らないという訳にもいかないだろう。

彼女と踊りながら俺は、頭の芯が、身体の奥が痺れるような、感覚に耐えていた。

ある意味、拷問のような、すぐさま逃れたい苦痛のようにも思え、
それでいて甘く心地よい快楽のようでもあり。

同時に俺は、俺と踊る彼女の肢体の柔らかさを思い出していた。

直に触れているのは手のみ、
背中に置いた手はホールドしているだけで、肌の感触はまったく感じられない。
それでも、俺の手は、彼女から離れたくはない、と訴えていた。

だが、社交において、同じ相手と3曲を踊るのはタブーとされている。
それを思い出し、ようやく俺は彼女の手を離した。

心身に感じる苦痛と快楽、そして俺の肌に甦る彼女の感触…。
さすがにもう、限界だった。
これ以上は、平静を保っていられる自信がない。
ダンス2曲分、よく耐えた、と俺は自分を褒めてやりたいと思った。

彼女に別れを告げ、夜風にさらされているうちに
俺の心身は平常に復したが、いつもの飢餓感も、いっしょに戻ってきた。
… まったくもって訳が解らない。

不機嫌を隠さずに屋敷に戻ると、自室に戻る途中で母に会った。

「今日はずいぶんとマシな顔をしているわね」
「そうですか !?」
「珍しく早い戻りだし…。もしかして、好きな人でも、できたの」

俺をからかうようなセリフを残して、母は立ち去る。
その後姿を眺めながら、俺は動くことさえできずに立ち尽くしていた。

好き !? 俺が、誰を…

  + + +

貴族学院で俺が見ていたリネットを思い出す。

プラチナブロンドのふわりとした髪、ライトブラウンの瞳、
どこか寂し気な印象を与える顔をしていて、線が細く、弱々しく見えるけれど、
でも彼女は、どちらかと言えば、精神的には強い部類に入る。

人気はあったが、八方美人ではなかった。
美人だというヤツもいれば、可愛い、愛らしいと表現するヤツもいた。

俺は彼女に対して、好きとか嫌いとか、あまり考えたことが無かったが、
会話は上手かったし、傍にいて嫌だと思ったことは一度もない。
令嬢特有のワガママも、構ってアピールも無かったし、メンドーなことも言わなかった。
それは彼女の生い立ちに由来しているのだろうと、なんとなく考えていた。

だから、その彼女が俺を好きだと言った時の、俺の感想は、〝意外〟 の一言だった。

彼女は 〝好き〟 に対する返答を求めなかった。
侯爵令息と、孤児で貧民から養女になった男爵令嬢では、釣り合わないから。
告白と同時に、告白への返答を速攻拒否された、その時の俺は、
さぞや奇妙な顔をさらしていただろう。

返答拒否の代わりに、彼女が申し出たのが 〝一度だけ〟 だった。

それが俺に対する、お礼であり、彼女自身のお願いだ、と。
それに込められた彼女の気持ちは、その時に、いろいろと聞いたような覚えがあるが、
俺の頭のなかには、たいして残っていない。

その時の真意を、改めて、聞いてみたいと、俺はようやく思い始めている。
翌日から、俺は夜会や社交パーティーをハシゴして、彼女を探した。

会いたかった。どうしようもなく彼女に会いたかった。
だが、会えなかった。

社交はいま、どちらかというとオフ・シーズン。領地に戻っている貴族も多い。
彼女のアデス男爵家もそうだと、噂で聞いた。

俺は彼女が好きなのだと思う。もう自分の心に抗うことなく、素直に認めよう。

俺の心は、彼女から離れまいと必死で抵抗していた。
一方で俺の身体は、彼女から 〝好き〟 に対する返答拒否をくらって以来、
彼女の意思を受け入れて距離を取ろうとしていた。
その結果、心と身体がバラバラに動き、俺を軋ませていた。

俺のなかのあった 〝飢え〟 は、そんな状態への警告だったのだろう。

そうとハッキリ認めた翌日、俺は父母に、
貴族学院の後輩であるリネット・ザラ・アデス男爵令嬢に求婚したい、と告げた。

何事もなく受け入れられるとは思っていなかった。
身分差を突かれるか、詳しく調べて顔を見てから考えると言われるか…。

それでも以前、彼女が言った 〝釣り合わない〟 を彼女が信じているのなら、
父母の了承を取り、父母を彼女の味方に付けることが先だと思えた。

彼女の味方は、多い方がいい。
あとは彼女を口説く。とにかく口説く。たとえ時間が掛かっても。

そう覚悟を決め、父母に向き合うと、母の美しい顔が不愉快そうにゆがんだ。

あなた、最近の自分の評価を知っているの。
ご婦人との火遊びにしか興味の無い侯爵令息は、社交界でたいそうな噂になっているわ。
アデス男爵は社交界に出ない方だから、噂を知らないかもしれないけど。
調べられたら、簡単に解ることよ。

「私だったら、そんな悪評しかない男に、可愛い娘をくれてやる気はないわね」

母が冷たく言い放つ。
父の顔は、口にするまでもなく母の意見を完全に肯定していた。

「求婚する前に、悪評を上回る実績が必要じゃなくて」

そして、自分のハードルを自分で上げたバカな息子が、どう足掻くか見せてもらうわね…
と、優雅な貴婦人の顔で嫣然と微笑んだ。
たたみ掛けるように正論を突きつけられた俺に、反論の余地などない。

その日から俺は、社交界に出るのを止めた。
このあと、続編・彼女側の事情へと (一応) 続きます。

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