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【第6節】※※のない異世界?

 [そう遠くない過去、魔法は神だけのモノだった]

[人の世には全く別のモノ、※※が働いていたが──それは失われた]

[※※を司る神が死んだのだ]

[仕方なく※※に置き換わるように、神は人々に魔法を授けた]


 誰もが一度は聞いたことのある、古代の碑文。

神殿の最奥、「降神の間」での清掃作業中──はたきで一週間分の埃を落としながら、自然と刻まれた文字に目がいき、ふと思ったことをそのまま口する。


「どうしてこの【失われたモノ】の部分は読めないんだろうって、いつも思うの」


口にしてからしまった、と思うのはよく有ることで、共に作業をしていたのが誰だったのかを思い出す。


「一重に、知る必要が、ないからだろう。とうの昔に、失われているのだから、読めようが、言えようが、関係はない」


 石造りの神殿内は静寂そのもの。音が響きやすい構造をしているのもあいまって、彼の切れ切れ口調でハキハキとしたよく通る声はそこら中から返ってくる。


「──だからって……なんかこう、もどかしくない? 読めるはずの文字なのに、靄が掛かってるみたいというか、なんと言うか……」


「そういう魔法なのだ。無駄口を、叩いてる暇があるなら、手を動かせ、シルフィ。もう、お出でになるぞ」


 合理的というか、諦観的というか、あまり話が発展しないタイプ──今の受け答え一つを取っても彼のお堅いところが顕著に表れていると思う。

あまり得意ではない部類の人なので会話は極力避けているのだが、話し掛けてしまったのはこちらだし、ここでブツクサと文句を垂れるのもお門違い。時間も時間なので気にしないことにする。


 外から一陣のつむじ風が神殿内へと入り込む。びゅうっ、 という風切り音に思わず目を瞑り、再び開いたときには既にいらっしゃっていた。


「……! ご機嫌麗しゅうございます、女神様──」


 私と彼は跪くと、いつものように報告を始めた────。




━━━━━━━━━━




 この世界には多分──が、ない。

オレにだけ働いているのか、それともオレが──だと思っていたのは全て魔法で、気付かないうちに魔法を使っていたのかはわからない。

そもそもあって当然のものなのだから無いわけがないと思っていた。いや、正確には無いなんて思いもしなかった。しかし多分、ないのだ。確信はあるし根拠もあるけど、オレだけでは確かめる方法がないので多分がつくが。


アンガスの槍は振り回している割りに、()()()()()()()()()()()()()()かのような衝撃の無さだった。

槍をどれだけギリギリで受けても風圧の1つもなかった。

地面にはオレの足跡だけが付いていた。

馬の走る音も、……思い返してみれば、一緒に歩いたミュリアちゃんの足音も聞こえなかった。

チープなアニメーション、……ああ、今思い返すとこの表現は言い得て妙だ。


マリョクチ──恐らく魔力値だろうか。それが低いと奴隷になるという意味がようやく理解できた。そして同時に、奴隷に仕事を任せたりしないのも、ミュリアちゃんがオレを買っていたのも。

で、あるなら──きっと助けられる。オレが助けずとも村長さんやアンガスだけでなんとかなるかもしれない。けれど──オレはあの人たちの、ミュリアちゃんの力になりたかった。




━━━━━━━━━━




 全速力で駆ける。別れ道を過ぎ、谷底の道を行き、この森を抜ければ──ミルタ村が見えるはずだ。


祈りながら木の根を蹴り、視界に村門を捉える。──その周辺に、何かが群がっていた。

熊と人を足して二で割ったような生き物。怪物と呼ぶより猛獣とかそういう表現が合いそうだった。

それが十匹余りも村門前をうろついている。アンガスの姿は見えないが、村の中からは何かが燃えているらしい煙が上がっていた。──中に入られているのか。

地面を蹴る足に一層力がこもる。


──何匹かがこちらに気付いた。構わずに突っ込むが、行く手を阻むようにして二匹が立ちはだかる。


「邪魔だああああああっ!」


薙刀を掴むと、思い切り右横に振りかぶる。飛び掛かりながら手前で一回転し遠心力を掛け、コマのように斬り込んだ。刃物が血肉を断つ二度の不快感が両手を襲う。

一刀両断とはいかないが、横一文字に二匹を切りつけ、トロールたちが怯む。

反撃を喰らうより先に傷の深かった右の一匹に標的を絞り、喉元に薙刀を突き立てる。そのまま薙刀を上へと上げる……重さは人より少し重いくらいだろうか。テコの原理で相当な負荷が両腕に掛かるが、火事場の馬鹿力を発揮してどうにか持ち上げ、骸を盾にするようにして門へと突進。


転がり込むようにして村の中に入ると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 「うぉお!? なんだっ、このトロール!」


「アンガス!」


「おまえ……クノか? どうしてここに……いや、そんな事言ってる場合じゃねぇ、おまえも早く逃げろ!」


槍を手に今朝と同じフル装備のアンガスを見て、内心ホッとする。アンガスが無事なら皆きっと大丈夫だ。


「村の人たちは? 村長さんは? ミュリアちゃんは? あの燃えてるのは何?」


「だーっ、いっぺんに聞くな! 魔力値が低い人たちは皆親父さんの家だ! おまえもそこに行け! 親父さんとミュリアはトロール退治だよ、一匹だけならなんとかなるけど、数が多くて骨が折れる。何よりあの毛が厄介で、親父さんの炎魔法も通りづらくて……って、……マジかよそのトロールの死骸。一撃? いや、二擊で殺ったのか? ……嘘だろ?」


──この言葉も今ではよく納得出来る。トロールの毛が邪魔で魔法が通らないというのなら、そこに魔力値が割かれてしまうんだろう。となれば魔法が通らない。


 ……そして恐らく、オレはこの世界で唯一、それを無視できる。


「とりあえず無事なら良かった……じゃあ人手が足りないんだろ? オレも戦うよ」


そう言いながら薙刀をトロールから引き抜く。


「……畜生、ガキは引っ込んでろって言えるくらい俺が強けりゃな……」


自分が情けないと言わんばかりの弱々しい声でそう言う。心なしか足も震えているようにみえた。……武者震いなら良いんだけど。


「……クノ、さん?」


不意に背後から声が聞こえる。ジワッと胸の中が暖かくなる。


「ミュリアちゃん! ……良かった、無事で」


「クノさん……! 助けに来てくれたんですね!」


駆け寄ってくる彼女の目には今朝以上の期待が込められているように思えた。そして今が、それに応えるときだ。


「……うん。もう手加減なんてしないから。ちゃんと力になるから」

自分にも言い聞かせるように呟き、村門の方へ向き直って構える。

「……さて、奴隷の汚名返上と行こうか!」




━━━━━━━━━━




 オレが村に入ってから数十分も経ったろうか。トロールによる被害はどうにか0人に抑えられている。特に村長さん、ミュリアちゃんは余裕を持って戦えているようで、時間はそれなりに掛かるものの一匹ずつ炎魔法で仕留めている。

……しかしおかしい。野生動物ならこれだけ押されていて劣勢になれば、そろそろ退いてもおかしくないと思うんだが。

馬に乗っていた人の話では撃退したらしいし、無闇な殺生は良くない……などと善人ぶるつもりはないが、戦わずに済むなら……早く終わるならそれに越したことはなかった。


 リーチと遠心力を駆使して5匹目の頭を獲る。

一撃か二撃で決めなければ刺激した分だけ強い反撃が来る……理想は村に入る前に仕留めた一匹目のような立ち回りだが、そうそう上手くいかなかった。

何よりオレにとって厄介なのはトロールの使う風魔法だ。アンガスの使うもの程ではないにしろ、やはり風で薙刀が思わぬ方向へ持ってかれるというのはやり辛い。……初見こそ魔法を使えることに驚いたが、考えてみれば当然だった。と言うよりも、この世界にいる全ての生物は魔法が使えないとおかしい。でなければ辻褄が合わない。


 村門周辺は手早く仕留められるオレと、村の人たちの中で一番戦える村長さんが主に担当していた。討ち漏らしたり別のトロールに手間取って中に入ってしまったのを、ミュリアちゃんやアンガスが対処している。

村長さんの家は門から奥まった場所にあるので、これならなんとか被害はないままで、撃退ないしカイイヘイ到着まで漕ぎ着けられるだろう──


 不意に、オレの死角から呻き声が聞こえる。

村長さんがトロールの風にあおられたのか転倒してしまっていた。起き上がることが出来ないまま喉元を捕まれ持ち上げられてしまう。


「おおおおおおおおおおっ!」

直ぐ様、背後から斬りかかり脳天からカチ割る。隙が大きかった以上に炎魔法のお陰か刃がすんなり入ってくれた。


「クノ殿……まさかこれほどの魔法が使えるとは……」


そう言えばなんやかんやの流れで戦いに参加したので、お互いに居るのはわかっていたけれど村長さんと話すのは戻ってからはじめてだったか。


「村長さん、大丈夫でしたか?」


「あ、ああ……私はなんともない」


鉤爪のあとが生々しく首に残っていたのでなんともないようには見えなかったが、流している血の量自体は大したことなさそうなので多分大丈夫だろう。


 どうあれ無事なら良かったと安堵したのも束の間、門から一際大きな……他のトロールと比べると全長が倍近くあるトロールが入ってくる。

門の周りをいつまでもウロウロしていたトロールたちもそれに合わせて入ろうとして来た。


「……トロールの親玉ってとこかな」

ともすれば中々退こうとしないのもわかる。逃亡なんて親玉が許してくれないのだろう。

つまりコイツさえどうにかすれば大丈夫なはずだ。……しかしとても素人の使う薙刀でどうにか出来そうには思えなかった。何より、もう5匹も斬っているので刃には血がベットリと付いている。切れ味も落ちているし、随分と無茶な使い方をしているので下手したら刀身はガタが来かけている状態かもしれない。

今朝のアンガスとの決闘じゃないが勝てるビジョンが見えない。……もっとも、負けるビジョンもある理由から見えなかったが。


「あの剛毛さえなくなれば炎が通るようになります。一部で構いません、その薙刀で削ぎ落とせますかな?」


……なるほど、連携プレー。確かに単純な威力なら、オレの振るう薙刀なんかよりよっぽど村長さんの炎魔法の方が強そうだ。

「任せてください」


 腕でも顔でも首でも胴でも──とりあえず一撃浴びせれればなんとかなる。相手は風魔法を使うつわもの……なるほど、今朝と同じ条件だな。

体格差はアンガスの時との比じゃないが、今度は、今度こそは自信がある。


 随分と興奮している様子のトロールの前に立ち、薙刀をちらつかせて挑発。……一撃目で確実に斬る。だからまずは────撃ち込ませる。


親玉トロールが咆哮──同時にオレ目掛けて突進。風魔法を使うような素振りはない。オレの顔よりもあるんじゃないかというサイズの鉤爪を振りかぶって飛び掛かってくる。

今朝のオレが今のオレを見たなら何故避けようとしないんだと叫んでいるだろうか。オレの装備と言えばズタズタの麻の服、そして薙刀、あとはこの腕に巻いた──

「っ……!」

鉤爪を左腕でモロに受ける。布の引き裂ける音──。しかし痛みも、わずかな衝撃すらない。

「はっ……よっしゃ、思った通りだ……」

腕に巻いた布切れ。小さく割いて10枚重ねたものを籠手のように腕に巻いただけの、腕全体を覆えてすらいない実に頼り無い薄い布切れ。しかしそれこそがオレにとって最大の装備だった。

その布切れが引き裂かれたところからポロポロとほどけ、9()()()()()が地面へと落ちる。10枚目は無傷で腕に残っていた。


──親玉トロール、おまえの魔力値は9なんだな。


「うおおおおおおおお!」

至近距離からトロールの顔を素早く斬り付ける。血のせいで上手く突き立てることは出来なかったが、逆に好都合。薄皮一枚だけを剥ぐ感覚で上へ無理矢理引っ張り、顔の右半分の肉が剥き出しになる。


しかし上手くいったのはそこまでだった。ああ、そう言えばこの至近距離から離脱する方法を考えてなかったなって。

思った時には遅かった。激昂したトロールの、風を纏った鉤爪がオレの眼前へと────


バキッ──死んでたまるかという想いが身体を動かしたのか、ギリギリのギリギリ、すんでのところで薙刀で受ける。しかし呆気なく4メートルほども吹き飛ばされ、薙刀は真っ二つに折れた。色んなところが擦り剥ける……地面に叩き付けられた衝撃も物凄いが意識が朦朧としていないだけマシだろうか。

呼吸が出来ないが、頭を打たなかったのも幸運と言えた。


「村……長……さん……!」

オレの元へ駆けつけようとする村長さん。ほとんど空気なんて入っていない肺から無理矢理、声を絞り出す。オレに構わずトロールを仕留めてくれ、と目で訴える。


伝わったようで、悲痛な顔をしながら踵を返すと、左手で肘を抑えながら右手をトロールへと向けた。

灼極の火炎(フレイマ・マキシム)!」


放たれた業火がトロールを焼く。無防備な顔は瞬く間に黒焦げになり、ついには動かなくなった。


 オレがどうにか身体を起こし立ち上がると、村に入りかけていたトロールたちが逃げていくのが目に入った。……どうやら撃退出来たようだ。


「アンガスくん!」

村長さんが叫ぶ。

弾かれたように村長さんが向く方向に目をやると、アンガスがトロール──たぶん最後の一匹──に馬乗りにされていた。

鎧は傷だらけ、穴も空き放題。あんな状態で次撃をもらえば命に関わりかねない。

トロールが風魔法を使おうとしているのか周囲の空気が動きだす──咄嗟に折れた薙刀の、刃の付いている方を振りかぶる。


 持ち得る全力を振り絞って投げた。

身体の勢いに負けてそのまま地面に突っ伏す。さっきの今で肺が勘弁してくれと言わんばかりに悲鳴を上げたが構わなかった。


ドスッ──薙刀はトロールの頭を直撃。

ナイスコントロール、オレ。

しかし薙刀の行方を見届けたところで体力も精魂も尽きてしまったようで動けなくなってしまった。うつ伏せが辛いので仰向けになりたいんだが寝返りすらうてない。

はは、しまらねぇな。


 「クノさん……凄い……」


「投擲した武器が……手から放れているのに魔法を発動した……!? クノ殿、あなたはなんという……ああ、そして私はなんて誤解を……」


「……って、だ、大丈夫ですか!? クノさん! クノさん!」

倒れている事に気付いたミュリアちゃんが介抱に駆け付ける。


意識はハッキリとしていたが、彼女の足音も、地面の揺れも感じない。

「はっ……やっぱそうだ……」

トロールにしてもそうだった。

何よりこの腕の布切れが証拠だ。もう疑いようもない。


 ──この世界には、物理法則と呼べるものがなかった。

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