【第4節】どういうコトですか?
翌日の早朝、空が白み始めた頃──うっすらと靄のかかる中。村門の前の少し開けた場所で、フル装備のアンガスが待っていた。
昨晩はぐっすり眠れたし体調も万全。麻の服、それも半袖では少し肌寒いが、昨日は春先くらいの気温だったので太陽さえ顔を出せば大丈夫だろう。……強いて言えばモーニングコールはミュリアちゃんが良かったのだが、実際に起こしに来てくれたのは村長さんだったことが不満点と言えば不満点か。しかしミュリアちゃんに知られたくないという二人の意図があるのでまぁ割り切るべきところだろう。どうあれコンディションは悪くない。
丸腰の年下相手にそんな重装備かよ、と、思わず煽り文句の1つも投げかけそうになるが、村長さんが立ち合っていることを思い出して止める。
そんなオレの様子をどう取ったのか、
「へっ、嘘がバレるのが怖いのか? ビビってるのか?」
なんて、逆に煽ってくるアンガス。鉄の槍を頭まで持ち上げると、ブンッと振り下ろして切っ先をこちらへ向け、しかと構える。
「決闘のギアスは使わねぇ、判断は親父さんが下す。おまえが俺に少しでも傷を付けれたらおまえの勝ち。俺はおまえが諦めれば勝ち。何か文句は?」
「……オレにも武器を貸して貰えませんか? 丸腰だと流石に辛いので」
アンガスに言うのは癪だったので村長さんに向かってそう言う。少し驚いたような顔をされたが、適当に身の丈に合う剣を見繕ってくれ、それを拝借した。
二、三度左右に払ってみて振り心地を確認する──元の世界で剣など振るっていた覚えはないが、懐に入っている果物ナイフよりは頼りになりそうだった。
「安心しろよ、殺しゃしねぇから。おまえが諦めるまでの間、ちょっと痛い目をみてもらうだけさ」
まともに喰らったらちょっと痛いだけでは済みそうにないのが一抹の不安だが、要は攻撃される前に少しでも傷を付けれたら良いわけだ。適当に鎧の間から切りつければなんとかなりそうだし、そう難易度が高いわけでもない。
「まぁそう気負うこともないだろ? ミュリアの話が本当ならな! 俺の魔力値は7! ミュリアは9! そのミュリアが敵わなかった奴らをやっつけたんだろ? 俺にちょっと傷を負わせる程度、造作もないだろうさ!」
「ええと、これってもう始めても?」
アンガスはスルー。煽りのつもりかもしれないが実際造作もないのだろうから煽りにはなってない、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。
「ああ……いや、私がきちんと開始の号をかけよう。両者、もう少し離れて」
10メートルほど離れたところで村長さんから制止が掛かる。
ショートソードと言うべきサイズの両刃の剣は右手に持ち、なんとなくで構えてみる。
「ハッ、全然なってねぇ……斬れないんじゃ持ってても意味ないぜ、見栄はらずに棄てた方が良いんじゃないか?」
やはりなんとなくでは余りサマになっていなかったようだが、剣が有るだけマシだと考えよう。
「さっきから随分と大人しいのな。昨日の威勢の良さはどこに行ったんだ?」
「低血圧で朝は弱いんだ、ほっとけ」
低血圧かどうかは自分でもわからない(少なくとも今朝は快調だ)が、ふと言い訳を思い付いたのでそう口にする。……言った後で、低血圧が何なのかきちんと伝わったか怪しいことに気付いた。
「では両者──はじ」
「お父さん!」
め、という声が聞こえる直前、まるで見計らったかのようなタイミングで少女の呼び声が割り込む。
駆けてきたのは当然ミュリアちゃんだった。
「み、ミュリア……」
突然現れた娘に非常に気まずそうな顔で声を掛ける村長さん。
……考えてみれば昨晩ミュリアちゃんは早めの就寝を強要されたのだった。となれば起床時刻も早くなる。
村の人々とは初対面のオレでもあれだけの違和感があったのだ。一緒に住んでいるミュリアちゃんは一層そう感じたのではないだろうか……恐らくどこかでこうなる予感がしていたんじゃないかと思う。起きてオレや父親が居ないとなれば探しに来るのも頷ける。
「何……やってるの? クノさんも、アンガスさんも……武器なんて構えて、まるで決闘みたいに……」
しかし流石に決闘をしようとしてる状況までは飲み込めていないようで、困惑した表情でオレとアンガスを交互に見つめてくる。
「ああミュリア、許しておくれ此れは……」
「ミュリア、違うんだ。これはその……そう、コイツにちょっとした稽古をな!」
必死に取り繕おうとする二人の様子を見て事情を察したらしく、うつむきながら悲しそうな顔をして
「……そう、やっぱり信じてくれなかったわけね」
と、小さく呟く。
「私の話が信じられないから……決闘でアンガスさんとクノさんと力比べ……ってこと?」
思わず言葉を失う二人を横にオレは傍観。
「ミュリア、けれどこれはおまえのためを思って……」
数秒の気まずい沈黙を破ったのは村長さんだったが、直後、固まっていたミュリアちゃんが唐突に動き出した。
村長の立つ場所まで近づき、オレとアンガスに向かうようにして仁王立つと、通りのいい声でこう言った。
「両者、構えて!」
「ミュリア……い、良いのか?」
困惑と安堵、心配が入り雑じったような声で村長さんが問う。
「良いも何も、アンガスさんじゃ勝てるわけないもの。お父さん……でもどうだろう。クノさんなら大丈夫ですよね?」
「え? ああ、うん……」
昨日の一件以来、なんだか謎の信頼を寄せられているようだが、まぁ、やれないことはなさそうなのでとりあえず頷く。
「はー、随分と高く買われてるのな。正直に言うと羨ましいぜ、全く。……まぁ本当の話ならそれに越したこたねぇんだけどさ……ほら、おまえも構えろよ」
改めて適当に構える。姿勢は中腰、前傾気味。少しでも傷を付けれたら勝ちなんだから、初手で決めに行くくらいの気持ちでやる。
「始め!」
────決闘開始の掛け声と共に一直線に駆ける。体格差に加えて、こっちの剣とあっちの槍とでは間合いに随分差がある。さっさと懐に入ってしまった方が得策だった。
少し湿った地面を思い切り蹴り、一息で距離を詰め──
ガン! ──まず一合目……流石に一撃では終わらない。
辛くも槍で受け止めたアンガス。少し面食らった様子を見て、畳み掛けるようにしてさらに二合目、三合目。
命のやり取りをしているわけではない、ブレーキが効く程度には抑えている。しかしほぼ本気の連擊。村門を任されているカイイヘイだけあって思っていた以上に手強い。
そんな手加減しなくて良いですよ、見返してやってください! なんて、ミュリアちゃんがオレに言う。
いやいや、ほとんど手加減なんてしてないんだけど。ミュリアちゃんは一体オレをなんだと思っているんだ。
いなしては切り込み受けられる、を何度か繰り返す。お互い余力を残した様子見程度の攻撃の応酬。
どの程度アンガスが余力を残しているのかはわからないが、体格差がそれなりにある相手にこれだけ撃ち合えるなら上出来ではないだろうか。
……これで合格ってことにしてくんねーかな。
まぁともかく、見た目に反して脳筋ではなく技術で戦うタイプのようだ。剣に伝わってくる衝撃は全然大したことはない。
「……?」
──ふと。
アンガスの動きに違和感を覚え、少し距離を取る。
……なんだ?
違和感はあるが、いまひとつ何に違和感を覚えているのか、その正体がわからない。
思案にくれても仕方ないか、と一息ついたところで再度距離を詰める。
あれこれと考えるのは面倒くさかった。
──しかし。やはり何かおかしい。なんというか、現実味がないというか。そもそもこれだけリーチのある重そうな武器を振るわれて、こうも剣への衝撃が弱いというのはどういう事なのか。鉄の槍をこんなスピードで振り回されてんだぞ? ……それを弱く感じるくらい、オレって筋肉野郎だったのか? だって少しこうしてやれば──
「うぉっ!?」
槍を掴もうとして、突きの勢いに負け後方へ無様に転倒。
「……無茶苦茶するな、おまえ。素手で掴むなんてなに考えてやがる」
「や、掴めるかなーと思って」
尻餅をついた体勢で正直にそう言う。我ながら何してんだとは思うが、なぜだか本当に掴めば止められそうな気がしたのだ。うまく説明できないが……いや、止められるわけはないな。勘違いだったのだろう、大丈夫かオレ。
砂埃を払いながら立ち上がり、剣を拾って構える。
「ハッ、なんだそれ。あんまりふざけてるなら此方から仕掛けさせてもらうぜ……!」
どうやら掴もうとしたのはオレが茶化したか何かだと思っている様子のアンガスは、スイッチが入ってしまったようで槍を構え直して矛先を軽く空に向ける。
「纏え、苛烈風!」
──魔法!
淡く緑色に光る風が、アンガスの槍を覆う。大きく踏み込み、渾身の突きが放たれた。
「っ……!」
剣で受けようとしたが風に弾かれ、直撃。せっかく立ち上がったというのに、またも後方へ大きく吹き飛ばされる。
……不思議とそこまでの痛みはないが、出てきた感想はなんだ今の、だった。
風で弾けるってズルすぎるだろ。
横向きに地面に叩き付けられ、ごろごろと二回転ほどして止まる。……叩き付けられたにも関わらず、やはりあまり痛くないのは魔法か何かだろうか。上体を起こし自分の身を確認する。麻の服は直撃した腹部がズタズタになっていた。……ズタズタな割りに血は出てないようだ。
……しかし不味いな、勝てるビジョンが見えない。
魔法はミュリアちゃんが見せてくれたり、アンガスも昨日の夜に使っていたようだったからどんなものか漠然とはわかっていたつもりだったけど、こんなのを使われてたら一撃浴びせるどころじゃない。もう懐に入ることすら難しいだろう。
「立てよ。魔力値は調節してやったんだ、服の上からだし見た目の派手さほど傷は深くないだろ?」
どうやらそこまで痛くなくて済んだのはアンガスが手加減してくれたかららしい、カッコ悪すぎるだろオレ。……アンガスは続ける気でいるが、冗談じゃなかった。
「待ってくれ、降参する!」
距離を詰めてくる彼に両手を上げて戦意喪失のアピール。アンガスはえっ、と、拍子抜けしたような顔をする。
……まだ戦えなくはないが、痛いのが嫌という以上に勝てそうにないのだから相当無様だけれど仕方がないというものだ。
「クノさん、どうして……」
ミュリアちゃんはまだオレが加減して戦っていたと思っている様子。降参したことにも納得いかないと表情で訴えてくるが、残念なことにあんな魔法に太刀打ちできる力、最初からオレにはありません。
「ごめんね、ミュリアちゃん。期待に添えなくて」
それだけ言って、今度は村長さんの前に行き剣を返して、
「村長さん、お世話になりました。一宿一飯の恩は忘れません。アンガスもミュリアちゃんもありがとうね、さようなら」
一礼して去る。名残惜しい気もするが、まぁ、勘違いされている事やもろもろ含め縁がなかったのだろう。
長居しても迷惑を掛けるだけだろうから手早く立ち去るに限る。
「あっ、おい……」
アンガスが何か言い掛ける。
少し立ち止まるが、待っても続きの言葉が出てこない。……アンガスもミュリアちゃん同様、先の勝負に納得いってないようだったが上手く言葉にならないらしかった。
これ以上待っても仕方ないと判断して、会釈してから再び歩み始める。
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「クノさん……」
ミュリアの言の葉は、クノに届くことなく空へと消える。
「どうしてアイツ、魔法を垂れ流しなんかに……」
「……アンガスくんにもそう見えたか。私の見間違いかと思っていたんだが……」
「──なぁところで親父さん、イッシュクイッパン……って、なんだ?」
(……彼は本当に奴隷だったのか? どうしてそんな言葉や教養が……)
その場にいた各々にとって腑に落ちない事があった。しかし、全ては終わった事だった。