渉君は東雲さんに近づきたい。
結局今日は、仕事中ずっと東雲さんが何を考えているのかが気になっていて、身が入らないまま時間を迎えることとなった。
ぼんやりしている自覚もあったけれども、どうやら自分が思っているよりもひどかったらしく、どこか具合が悪いのではないかという、見当違いな心配までもをマスターにかけさせてしまった。否違う、きっとマスターはわかっていて聞いてきた。でもあなたのお孫さんのこと考えてたなどと正直に答えられるわけありませんでした。
それを知ってか知らずか、東雲さんはカバンの中から取り出した文庫本を黙々と読んでいた。紙のカバーがかけられているので、タイトルまでは見ることができないが、文庫本にしては厚みがある。
「(園田君、調子悪いね。どうしたの)」
その答えを本人に言えるわけもないので曖昧にごまかすしかない。
「そうかな、いつもどおりだって」
それに東雲さんは首をかしげながら、それでもこちらに向かって笑いかけてくれた。あえてごまかされてくれたのかもしれない。心が広い。
そのあとも、バイトの最中ずっと東雲さんが気になって、気になって、気になりすぎて、ミスを連発、その東雲さんに挙げ句体調不良を疑われるという大珍事。
マスターはそれを見ながら喉でクツクツと笑うのだった。つまり、全部お見通しだということである。
バイト先、もとい、東雲さんの祖父の経営する喫茶店に到着したときには俺はもう恥ずかしさで消え入りたくなっていた。それでも東雲さんは俺のことをバカにしたりはせずにいてくれたのだけど、自分が自分の無知さ加減に頭を抱えたというか。
世の中には俺の知らないことがまだまだたくさんあるんだろう。安易に何かを「知っている」などというのは金輪際やめようと心に決めた。否別に知ったかぶりしてたわけではない、のだけれども。無知っていうのは罪だな……、と俺は深々と思った。