中庭と夏の夕暮れと。
先に結論を述べるのであれば、俺は中庭に行かなかった。というか、行けなかった。今から行くという選択肢もあるのだが、おそらく彼女はいないだろう。外はもう日が傾ききっている。
いいわけがましくなるのは嫌だけど、決して行く気がなかった訳ではない。しかし、まぁ、その、眠気に勝てなかったのだ。昨晩は試行錯誤を繰り返して繰り返して、でもやっぱり納得の行く出来にはならなくて、気が付いたら日付が変わっていたどころかもはや朝であった。そんなバカな話があるかと思いつつ、なんとまぁ、事実だった。
徹夜など、せいぜいテスト前にしかしたことがないし、流石に完徹は初めてな俺にとって、一睡もしていない状態で授業にのぞむのは無謀だった。丸腰で戦場に向かっていくようなものだ。もう、眠くて眠くて仕方がない。休み時間に友人たちにからかい半分に心配されていたような気もするのだが、どうも事実が曖昧だ。
そして、ショートホームルームが終わった後からの記憶がなく今に至り、冒頭に戻る。
もうすぐ夏だとも言うのに、大分暗いところを見ると、それなりに遅い時間らしい。時計を見ればあと何分かで七時をまわるところであった。もう笑うしかない。というかむしろ誰か笑ってやってくれないといたたまれないのだが、そうしてくれそうな友人たちは既に教室にいない。
流石にこれほど遅くなってしまっては、彼女だって帰っているに違いない。その前に、俺は彼女に対して少しの罪悪感を持っていた。なんて言うか、利用してるというのだろうか。ついでになんでこんなにむきになって小説もどきを書いているのかについて疑問を持ち始めていた。あの喫茶店にそんなに思い入れが在るわけでもない、というか全くないと言っても過言でない。考えなくてもわかることは、とりあえず俺は考えなしであるということだけだ。バカにもほどがあるが、ここまで来たら引き下がるのも容易でない。
とにかく、と無駄な考えを振り払い、彼女がいないにしても中庭を見にいこうと教室から出ることにした。誰もいない校舎は静まり返っていて、窓から見える校庭とは対照的だった。
そして中庭で俺はもう一度驚くことになる。
一日に二回もこんなに驚いたことって、多分生まれてから今までに無かったと思う。とりあえず、俺は驚いた。というか申し訳ないと思った。中庭に彼女がいたのだ。花壇の縁に腰かけて、こちらを見上げている。なんの冗談だろう。俺の希望が幻想を見せているのか。そこにいた。呆然と立つ俺に、彼女はにこりと笑った。
「(遅かったね?)」
幻想なんかじゃなかった。
何故だか泣きそうだった。彼女の無条件の笑顔が嬉しくて仕方なかった。申し訳なさはもうすでに流れ落ちて、俺はただ、音もなく涙をこぼした。待っていてくれたというその事実がびっくりするほど嬉しくて、どうしょうもなかったのだ。昨日初めて声をかけたと言うのに、何故だかわからないけど、俺は、彼女の笑顔に安心したのだ。この気持ちは、きっと伝わるまい。
「(ご、ごめんね、私なにかしたかな……。)」
「否、ち、違うんだ、大丈夫だから、」
泣いた俺に慌てふためく彼女を見て、俺は少し落ち着いた。自分より動揺してる人を見て落ち着くっていうのもどうなのかとは思うが。
さぁ、深呼吸だ。俺は聞かなきゃならないことがある。
「あ、あのさ、」
名前を聞くのにこんなに緊張したのは、後にも先にも、この一回だけだった。
ずっと温めていた続きをようやく表に出せそうです。
続きます。