不思議な体験
今から話すことは持病の幻聴かも知れない。そんな危惧はあるが、いやしかし、妙にリアルに記憶に残っている。私はそんな、幻聴とリアルの区別すらできない段階にあるのではない。ただ、誰にどう語っても、半信半疑で信じられないようなのだ。人はある種の奇遇や偶然を喋る時、それがあまりにも奇跡に近いと、信じられなくなり、とたんに面白くなくなる。しかし、私にとって本当なのだから、やはり語らねばならない。ちなみにありのままを話すだけにしたい。テクニックは無しだ。
あれは18歳の頃で、高校の卒業式が終わり、すぐさま、私は頭がおかしくなった。幻覚を見たのである。それはまさに嘘なのだが、自分の中では現実に起きているとしか思えなかった。そうである。一段落目に書いた通り、持病の統合失調症の症状である「幻覚」がおきてしまったのである。それは山口組の組長に狙われているという内容の幻覚だった。私は当時、ヤクザに詳しいわけでもなかったし、ましてや関わるなんてことは絶対にしていなかった。しかし、幻覚では(幻聴でもそうなのだが)全く自分の趣味や意向とは関係のない内容が視えたり、聴こえたりするものであるらしく、その組長の名前は分からないが、ただただ怖かった。
≪直樹、お前は鉄砲玉や≫とどこかの組長が俺に言っている。≪お前の部屋で殺し屋が待っている≫さらに聴こえてきたので、私は母を楯代わりに、おそるおそる自分の部屋に行ってみた。案の定、誰もいるはずなどなかった。やはり、私は「幻覚」を視ていただけなのだ。一安心した。しかし、それは束の間、やはり私の行動や言動がおかしいということで、母親が救急車を呼んだのだ。母が裏切った。私は車の中で相当ショックを受けていた。今考えると、それも幻覚の症状だったのかも知れない。私は気付くと、関西サナトリウムという精神病院に着いていた。そこで私は医師からいろいろな質問を受けた。何の質問か忘れたが、たぶん今日何が起きて、どうなったかという「経過」を聞きたいらしかった。
そして、質問が終わると、その医師は私に用紙にサインを求めた。しかし、私はその用紙をビリビリに破いたのだ。そこにサインをするなら、死んだ方がマシだと錯覚していたのだ。その時だった(!)。病室の奥の方から真っ赤な色の顔をした看護師風の男二人がやってきて、息をハァーハァーさせながら私に注射を打った。私はそれを「シャブ」だと錯覚した。打たれると私は途端に体がだるくなり、よだれを垂らしながら床にうずくまった。それは今考えると精神安定剤的なものだと分かるが、僕は世の中がすさんで見えたのだった。
「立て!」その真っ赤な顔をした看護師は僕の腕をがっちり固めて、絶対に逃げれないようにして、私を地下のまるで牢屋(?)のような部屋がある場所まで行き、私を閉じ込めた。ちょっと時間があったので、今日一日の出来事について思いをめぐらした。その時思ったのが、自分の親がなぜ何も助けてくれず、医師や看護師にも文句を言ったりしてくれなかったのかが残念だった。というか、不安だった。時間が少し経って、真っ赤な顔の看護師がパンと牛乳を差し出した。私はそれも何かからくりがあると錯覚してならなかった。しかし、腹は減っている。私はパンを一口食べると、ビックリするぐらい美味しかった。たぶん、あのパンは今まで食べた中で一番だ。日本一かも知れないと本気で思った。しかし、そんな旨いパンが、どうしてこんな汚い牢屋(?)みたいな所で、出てくるのかを考えた時、薄気味悪くて仕方がありませんでした。
なぜか、あっさりと夜は眠れまして、朝がきました。真っ赤な看護師が私の所に来て、「出ろ!」と言いました。私は出ました。すると、私の両親がお出迎えしてくれました。「行け!」と看護師は言いました。「こんな病院に入院させやがって」と父が言ってくれました。私の一泊二日の不思議な体験談はこれで終わりにしたいと思います。しかし、やはり僕はこれが「幻聴」や「幻覚」が作用しているものではなく、実際に起きた出来事であると確信できると思います。人は本当にあった話か、そうでない話かは案外、区別がつきやすいものです。やはり、僕にはこれが真実だと自信があります。読者のみなさんにこのお話が話せたことが光栄です。どうもありがとうございました。