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ダンジョン・彼シャツ・ウォータースライダー



「どうああああああああああああああっ!!」

「きゃああああああああああああああッ!!」


 落ちる落ちる――落ちてるぅっ!!


 ウォータースライダーかよってくらいすげえ急流で押し流してきやがる!

 しかも真っ暗で状況が全く見えん!

 この天然アクティビティで死んじまったらどこにクレームつけりゃいいんだよ!

「〝ライト〟!」

 姫が唱え、発光した魔源であたりがわずかに明るくなった。

 魔源の結晶を持っていたらしい。なんにせよ助かった、

「祐樹様ッ!! 前、前ですッ!」

 ローゼ姫の警告で、正面をみると――突起した岩が何本もあるッ!

 あんな犬歯みたいな岩にこの勢いで突っ込むと全身ズタズタになるぞ!

 くそ、バブルで防御だ、早くッ!

「『スキル』〝ストライクぶぶぶぶっ!」

 ぶへぇッ!!

 水が、く、口に、鼻に――……ッ!

 これじゃE:IDフォンに指示できない!

「クッソおおおっ!」

 こうなったらE:IDフォンを手動操作して盾になるものを呼び出すしかない。

 って、言うは簡単だけど短時間でそんな真似できるのかよ!?

 い、いや、やるしかねぇッ!

 E:IDフォンのメニューウィンドウが俺の目の前に浮かびだす。幸い、改造されたこいつのインターフェイスは立体バーチャルスクリーンに改造されている。これなら水の影響を受けずに指示を飛ばすことはできる、が、


 『メインメニュー』から『アイテム』、それから――ッ!


 ……くそ、だめだ、やっぱり間に合わないッ!!


〝――しょーがないなぁ〟


 え?


『ready』


『〝ゴーレム・アーム〟

 Emulator set up!』


 なんだなんだ!?

 E:IDフォンが俺の指示を勝手に取り下げ、スキルを発動したぞ!?


『action!!』


 そんで――、E:IDフォンから岩石でできた腕がぬっと飛び出して、すげぇ勢いで視界の向こうを横なぎにしちまった。

 間一髪、俺達の障害になる岩を破壊して、道を開いてくれた格好だ。

 助かった。E:IDフォンは何度か俺の危機を自動で救ってくれたから、今回もそういう機能が働いたのかもしれない。けど、なんか前とは挙動が違うような……?

 いやいや、悩んでる余裕はない、次に備えてバブルバリアを呼び出さないと!


『action!!』


 よし。多少周りの水を巻き込んだが、球体状のバリアを張ることに成功した。

 俺と姫を同時に包む大きなカプセルだ。

 これであんし――、

「祐樹様、まえぇぇぇぇぇぇッ!!」

 へ?


 天地がひっくり返った。

 この先は滝になっていたのか、ひっくり返りながらそう理解したところで、姫の身体が覆いかぶさり、ぐるんぐるん――洗濯機の中に突っ込まれかき回されたらこうなるのかとか考えているうちに、意識は――遠のいて……。



 ――バッシャーンッ!!








「……うき様、祐樹様……、」

 うぅ。

「祐樹様ッ!」

 揺すらないで……気持ち悪い……。

 ぼーっとして考えが纏まらない……。

 でもよかった。

 なんとか陸地にたどり着けたみたいだし、姫は無事だったらしい。

「ああ、どうしましょう、目を覚まさない……」

 だいじょうぶ、生きてるから……。

 ただちょっと起きる気力が出ないだけ……。

「脈はある、でも。

 か、身体がこんなに冷えて……」

 うん、ちょっと寒いかも。いや別に死んでないからね?

 でも少しだけ、酔いから解放されるのに時間が、


「もう……これは。

 ローゼも腹を括らなくてはいけませんね」


 えっと。また何に腹を括ったんだ?

 このパターンは碌なことがないぞ、俺、知ってる。

 あ、これ、あれじゃね?

 唇同士の人工呼吸とか、裸で体温を分け合うとか。

 あんな感じの緊急系ラッキースケベの……、

 ……――っ!

 い、いかんいかん!

 そんなこと狙って昏睡しているわけじゃない!


「まってローゼ姫、意識ある、意識あるから!」


 気合を込めてがっと起き上がると、発光する魔源の薄暗がりの中、俺を心底心配していたローゼ姫と目があった。

 髪からドレスまでびっしり水に浸され、ずぶ濡れになっている。

 んで、その胸元で、ちょうど俺の頭ぐらいの岩を両手で支えていた。

 あの岩をいったい何に使う気なんだと首をかしげていると、彼女は瞳に涙を滲ませ、

「ゆ、祐樹様――よかったぁ!」

 と叫び、岩をあさってに捨て、

「あやうくとどめを刺すところでした!」


「と、とどめ!?」

「あ。……いえ、忘れてください」

「忘れらんねーよ、とどめってなんだよっ!?」

「えーとー。そのぉ……」

 問い詰めると、姫はややもじもじしてから、

「せめて私の手で、……と」

「いや介抱しろっ!

 人工呼吸とか体温を上げるとか!

 介抱しろよ、延命する努力をしろよ!!」

 ちょっぴりあっち方面期待しちゃった俺が残念過ぎるだろ!

「も、申し訳ありません。得てして王族とは、医療知識を持ち合わせていなくて。

 こういう事態を想定していないので、教養がないんです。

 ですから、愛する人が苦しむ前に、せめてとどめを刺すことくらいしか」

 ひぃぃ、発想が短絡してやがる! 上の文と下の文が繋がってねぇ!

「そ、そんなに怯えた顔しないでくださいませ!

 ご安心ください、当然、ローゼもすぐに後を追いますから!」

 安心する要素が1ミリもねぇ、ちょーこえぇぇよぉッ!!




 んでそんなこんなしていたら、ふっと、姫の顔が見えなくなっちまった。

 光が消えた。魔源が消耗しきったんだ。

 いかん。

 死にたがり症候群を患っている姫に体力を使っていたら、本当に死んじまう。

 俺はE:IDフォンから懐中電灯を取り出し、辺りをもう一度観察する。

 周囲はホール状の空洞になっていた。

 試しにパンっと手を叩くと、残響が長い間木霊した。

 少ない光源で見渡す限りはかなりの広さで、この中で一軒家が収まりそうだ。

 つまり、天井までは普通に登っても届きそうにないってことだ。

 ここがファンタジー世界なら、これはダンジョンとでも思えばいいのだろうか。

〝核ミサイルパンチ〟なら天井を突き破れるかな?

 ……いや、地盤沈下でもして生き埋めになるかもしれない。

 力押しは避けよう。

 水の流れる音が聞こえる。

 向かって光を当てると、そこは川で、意外に広かった。

 俺たちが流されてきた川だろう。

「ここは地下水脈か何かでしょうか?」

「みたいだな」

 不純物が少ないのか良く澄んでいて、光を反射し、まるで宝石のように輝いていた。

「美しいですね」

 姫に同意したいが、川底まではっきりと見えるこの深さは、どっちかというと怖い。

 なにせついさっきまで急流に弄ばれていたのだ。あそこで溺れていたら、この透明な水の上に二つの死体が浮いていたってことかよ。

 想像するとぞっと怖気が走る。

「くしゅんっ!」

 姫のクシャミが響いた。

 俺も、体が冷えて弱気になっているのかも。

 陽の光が一切射さないここでは体温が奪われる一方だ。


「とりあえず、火を起こそう」


 俺はライターと、替えの服を取り出した。

 焚火するための木材は手に入りそうになかったため、服やタオルにライターのホワイトガソリンを染み込ませ、着火する。これで暫く暖が取れるはずだ。

 あとはバスタオルを出して、それで姫の身体を……、

「……」

「……」

 うん。妙な沈黙。

「お、俺、あっち向いているから」

「は、はい」

 宣言通り背を向ける。

 ローゼ姫の脱衣するぐじゅぐじゅと水気のある音。

 水を含んで脱ぎにくいのか、もともと時間がかかるのか。

 ずいぶん手間取っていた。

 大変そうだな。多分、ミストなら霧化して一発なんだろうに。

 というか、ミストだったら背を向ける前に脱いでるか。

「拭いたら、これに着替えて」

 そう言って服を脇に置く。

 ……やっぱり、ミストとは違うのかな。体のラインとか。

 いや、当然違うんだろうけど、同じくらいの女の子のカラダなんてミストぐらいしかよく知らないし、いやハイボとトワイスも見たことあるけどさ。

 胸とか、お尻とか、他の子ってどうなってるのか興味ある――、

 いやいやいや、興味ない興味ない!

 てか! そもそもミストの体もよく知ってたらおかしいだろ、普通!

 興味持つなよ俺! むっつり!

「あの」

「へっ、な、なに!?」

 びっくりした!

 煩悩を追っ払っている最中に話しかけられるとか心臓に悪いわ!

「これ、亜利菜さんの服ですか?」

 俺が用意したのは学校指定された女子用のジャージで、亜利菜のものだ。

 あいつ、学校でたまに服を汚しては、替えがない忘れたと騒いでいたため、仕方ないから俺が着替えを持ち歩く妙な習慣があった。

「そうだけど」

 背を向けたまま返事をすると、姫のすんすんと匂いをかく音の後、

「うぇー」

 と嫌そうな声を出した。

「こっち来てまだ使ってないし、洗ってあるから匂いなんてしないでしょ」

「しかしですね」

「嫌がられても亜利菜のしか女の子の服持ってないよ」

 まあ、亜利菜の服を携帯しているのも大概アレだけどな。

「では祐樹様の服の替えはあるのですね?」

「……そう来たか……」

 同性の亜利菜はダメで俺のが良いってどんな理屈なんだよ。

 イメージ的に俺の服のほうが臭そうなんだけど。

 俺はE:IDフォンを操作し、着替え用のプリントTシャツとスエットのズボンを出す。

「わがまま言って申し訳ありません」

 と、詫びるわりには嬉しそうな声で、姫は服を回収すると、

「これが〝彼シャツ〟と呼ばれるものなのですねぇ♪」

 ウキウキした反応が地下ホールに響き渡った。

 あー、それが目的だったのか。

 亜利菜だな。余計な知識を植え付けやがって。

 あほらしくて待ってられない。

 俺自身も服を脱ぎ、ハンドタオルで水を拭い、手早くジャージに着替えると、


「姫、もういい?」


「はい!」

 確認して、振り返って、

 ……ぎょっとなった。

 しまった。

 ミストはあれでスレンダーなので、俺はその体格を前提にしていた。

 普段分厚いドレスに包まれた彼女の身体は、想像以上に発育していた。

 やっぱり育ちの違いなのかもしれない。

 そして男物のシャツは胸の余地など考えて作られていない。

 プリントされた図柄は姫のたわわな膨らみに押しやられ、苦しそうに歪んでいた。

 襟元にはぐっと寄せられた谷間、そして、なにより、

 ――それだけタイトなのにノーブラだから頂点がくっきり……。

「彼シャツとはもっと余地のあるものと聞いていましたが、胸が存外に窮屈ですね」

 目のやり場に困るその格好で、姫はくるりと回ると、


「しかしこの圧迫感、祐樹様由来と思うとたまりませんね♪

 いかがでしょうか、似合っていますか――……、」


「……」

 似合ってるっていうか……ちょっと、ごめん。

 すごい可愛いし、綺麗でえっちで……。

 なんか頭熱くて思考回らない……、

「――」

「……祐樹様」

 姫が両腕で胸を覆う。

「し、視線……痛いです」

「――ッ! ご、ご、ごめんっ!!」

 うわぁぁぁ、見とれてた、見とれてたよこの変態ッ!

 す、スエット、スエットの上着ッ!

 あれなら透けないッ!! 見えないッ!!

「ふふっ」

 急にローゼ姫が笑った。

「な、なんだよ」

「いえ。ただ……。

 先ほどといい、今といい。

 もし一歩踏み込めば、このローゼでもあなた様の理性を吹き飛ばせるのかなって」

 ローゼ姫は綻んだ笑顔で、

「だとしたら、やっぱり……恋する女として、誇らしい気持ちになるものですね」

 やめてよ。

 最近、ちょっとほんとに脆いんだよ。




 ――そんなに可愛い顔で笑うの、卑怯だよ……。













『……〝恋する女〟ねぇ。

 あー、無理無理。ぜんぜん無理、キモイわー』

 ローゼの笑みに溶けそうになっている祐樹は、その腕に装着したE:IDフォンの不穏な動きに気付きそうにない。もちろん、その奥に潜んでいる視線も……、

『純愛ぶってるけどさ。

 ――全部ナノマシンの造ったイミテーション(紛い物)じゃん。

 ってか、なんか腹立ってきちゃった』

 Pi...

『ねぇローゼちゃんさぁ。

 それを消し飛ばしてもそんな顔できんの?

 ねぇ?』


 Pi...

 PiPi......

『あった。これこれ』







『〝恋愛アルゴリズム〟――OFFっと』


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