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彼女たちの秘め事


 祐樹達がわらび餅を楽しんでいたその頃。

 イワン城下町の東区、平民の住居地帯から城壁へと歩んだ隅に、人々の喧騒から大きく離れ、しんっと静まり返った区画がある。どういうわけかその場所だけ木々で覆われて、日中にもかかわらず薄暗かった。

 まるで人々の視界に入らないよう、林で遮っているような格好だ。

 その場所にはレンガ造りの小さな建造物がある。


 無縁墓地だ。


 この建物が一つの墓場であり、その地下は見た目以上に広く、死後身元が判明しなかった者、引き受ける相手の居ない者、そして犯罪者として果てた者がたどり着く永遠の寝床として利用されていた。

 無縁であるが故、ここに眠る魂を悼む者は数少なく、献花や清掃を光誕の教団が義務として行うのみであり、要するに誰もが禁忌的な心象を抱いて近づこうとはしなかった。

 この日は陰鬱とした不穏な霧が建物全体を覆い、いっそう不気味な雰囲気が漂っていた。


 そんな場所に、幼い少女がたった一人でやってきた。

 一見、十にも満たない年頃で、長く艶のある銀髪、平民の服装の少女で、この薄気味悪い空間を恐れた様子もなく前進する。


 チェイサーだ。


「ねえ私。なぁに、私」

 相も変わらず、彼女は自分で自分に話しかける特徴的な独り言を唱えながら、墓地の入口へと歩んでいく。

「やっぱり亜利奈をやっつけるには祐樹のドライカウンティーが必要だと思う。

 ……うーん、でもいっぺん失敗しちゃったしね。

 でも念には念を入れた方が良いよ」


 彼女は墓場への大きな扉を開く。キィっと軋むような音が響いた。

 中に入ると、大人が立って歩くのがやっとの狭いフロアが一つあった。壁はこぶし大の戸の無い窓が数個点在し、その中央に献花台としなびた花の残骸がある。地上階であるここには必要最低限のモニュメントがあるのみだが、その地階には遺体を埋葬するための巨大な空間が広がっている。


 そしてその献花台の前には人影があった。


「とりあえず、新しい力は手に入れられそうだしね」

 と、チェイサーは満足気に笑い、その人物に歩み寄る。

 その人物はチェイサーよりは年上に違いないが、十代後半程度の少女で、墓場には似つかわしくない、若い肌を強調して露出した煽情的な服装をしていた。


 ピネガー、ローゼ姫の従姉妹を名乗る、夜の街の少女だった。


「――油断した」


 膝をつき、不敵な笑みを見せるものの、額には脂汗が浮かんでいる。

 身体が痺れているのか、その姿勢から動く気配がない。

 ピネガーは顔を上げ、入ってきたチェイサーに向かって、

「あんた達何者よ。下山祐樹の仲間?」

「ん? んー……。まあ、ね」

 チェイサーは言葉を濁した。

 今、敵とか味方とか祐樹との立ち位置の明言はあまり良くない。

〝彼女〟が傍で聞いているからだ。


「ミスト。もういいよ」


 この建物を覆っていた不気味な霧が、意思を持っているかの如く蠢き、舞い、そして集合して建屋に侵入してきた。それは二人の目の前に集まり、収束し、


 そして、可憐な少女に変貌した。

 ミストだ。一糸まとわぬ裸体を隠す様子もなく、チェイサーたちの元に歩んでくる。


「え、ミストちゃん? うわ……マジ?」

 霧が少女に変貌した怪奇現象に、ピネガーは目を白黒させて驚いていた。

 ミストはそれを一瞥すると、それ以上関心を示さず、

「言う通りにしたわ。さあ、次はどうしたらいいの?」

 無表情のままチェイサーに催促する。

「まあ待って。私と私はこの人と少し話をしないと、」


 ドンッ、と、壁が揺れた。


 ミストは右手のみを霧化し、壁を殴りつけたのだ。

 レンガで出来た壁にひびが入り、ばらばらと粉末を散らす。

「待てない。こうしてる間にも、亜利奈と、ローゼはユウ君を傷つけているのよ」

 ドンッともう一撃、苛立ちが壁を砕く。

 彼女が何か、異様に事を急いているようだ。

「……早く私だけだって教えてあげないと……ッ!!」


「ミスト、前にも言ったよね」

 チェイサーは言い聞かせるように、

「あの子達をユウ君から引き離すには、すごく準備が居るの。

 だからもう少し待っててね」

 チェイサーが宥めるように言うと、ミストは少しだけムッとした表情をし、

「ユウ君の所に帰る。明日また、いつもの場所で」

 一方的にそう言い放ち、霧散、……姿を消してしまった。


「……ミストちゃん、ちょっとヤバめな感じになってない?」

 ピネガーは引き気味な表情で、

「前に会った時は、騙されやすいけど、芯の通った強い子だった気がするのに。

 なんか、プチ残念」

 そう言って立ち上がろうとして、……無理だったのか、再び膝をついた。

「大事な話があるってお呼び出しされちゃったら、なにこれ。

 毒霧?

 身体が痺れて動けないんですけどー。人間トラップとかあり得ないっしょ。

 ねー、あの子になにしたの?」

 するとチェイサーはふふっと笑って、

「ピネガーさんのおかげで、ミストに入っている蟲が私でも触れるようなったの。

 だから私と私でいろいろ改良してみたんだよ」


 ミストとピネガーが初めて出会ったとき、情報収集に焦ったピネガーはミストの身体に植え付けられた蟲に直接アクセスしようとした。だがそれは亜利奈による多重のプロテクトがかけられており、さらに途中で祐樹の介入したため、プロテクトに綻びを作るところで作業の中断を強いられてしまった。

 その後それをチェイサーが引き継ぎ、いくつかの手を加えたのだ。

 例えば、亜利奈はミストの霧化能力は祐樹のE:IDフォンの範囲内のみで成立するようリミッターをかけていたが、それを書き換え、ミストはどこでも自由に変身できるようになった。さらには霧の状態で広域の質量を持たせることもできるようになっており、さっきのように重い一撃を放つことが出来る。


 ――ただ唯一、蟲による支配だけは不可能だった。

 それが亜利奈の優れた技術なのか、はたまたミストの精神力が祐樹以外の存在を拒むのか、チェイサーには分からなかった。そもそも蟲の技術そのものは専門外なのだ。

 やむを得ず、ミストの心の隙間を押し広げ、その内側で渦巻く闇に囁きかけ、協力関係を結ぶに留まっている。


「へぇ。じゃあさ」

 ピネガーは上目遣いで、

「それができるって事は。

 あなた、シスター・ニッカと同じ、クース族の末裔ってこと?」

「うん、そうだよ。よく知ってるね」

 クース族とは、今のイワン王国が国として統一される前に存在していたとされる、原住民族の一つだ。


 彼らは魔術を超えた恐ろしい技術の数々を編み出し、使いこなした。

 人間の魔源を変質させて強制的に魔物に変えたり、蟲によってその意思を奪って使役したり、死肉をかき集め魔源を持たない怪物、ドライ・カウンティ―を製造するなど、もはやそれは呪いの域に達していた。


 統一に当たり、国と教団が禁呪として厳しく取り締まり、抹消に努めたため、今となっては存在すら伝説の中に埋没し、技術は失われたはずだった。

 だがなぜか、クース族の血を継ぐ者の中から、誰に教わることもなくその技術を再び編み出す特別な感性を持った天才が稀に現れた。ニッカやチェイサーがそれだ。

 ニッカは、一族の血脈そのものに禁呪によって禁呪の知識が刻み込まれているのではないかと睨んでいたようだが、チェイサーはその辺には特に興味がなかった。


「なるぅ。……そんだけ聞ければ十分だわ」

 ピネガーはニヤッと笑い、そしてすぐ眉をしかめて戦士の表情をみせると、

「ローゼが魔王になる可能性は、とりま全部潰す方向なんで!

 クース血を引くの人間はジェノサイドって事でよろしくぅ!」


『〝サラマンダーカノン〟!

 Make it to equip!』


 ピネガーは膝をついたまま、瞬く間に二対のショルダーカノンを生成した。

 身体がマヒしても、彼女が錬金術と呼ぶその力は行使は反撃することが可能なようだ。砲身をチェイサーに狙いを定め、


「まーなんてゆうか、悪く思わないでね☆」

『action!!』

 有無を言わさず、至近距離で砲弾を放った。

 灼熱を纏った一撃は一瞬の轟音と共に目標へと真っすぐに疾走しだが、それがチェイサーに届くことは無かった。なんと、彼女の影がぬっと手を伸ばし、凶弾に立ち塞がるとそれを鷲掴みし、そのまま闇の彼方に吸収してしまったのだ。


「あれを受け止められるの!?」

 勇んだ一撃を無力化されたピネガーは、信じられないといった顔をするが、

「そう、それ! その力だよ!

 それは何? 魔術でも、禁呪でも無い!

 亜利奈の使う未来の科学ともちょっと違う!」

 一方のチェイサーははしゃぐ様にしてピネガーに詰め寄った


「その力なら私と私の願い、叶えられるかもしれない!

 そしたらもうミストも亜利奈も要らないよね!

 うん、それなら楽だよね!」

「ちょっとあなた、何言って……ん?」


 突然、ピネガーは何かを察して、ジッと辺りの警戒をした。

 何か物音がする。


 コツコツ。

 コツコツ。


 何かが歩むような、そんな気配だ。

 足元……地面……いや、地下か?

 一つじゃない。複数。


 コツコツ。コツコツ。

 コツコツコツコツ……、


 床の下、この下は――、


「――ッ!」


 今居る場所が一体なんの建物なのか、それを思い出したピネガーは青ざめた。

 地下から、動いてはならない者たちの蠢く音、うめき声、それらは床を伝って確かにこちらへ接近してくる。

「うそでしょ……」

 ピネガーが自身のおかれている状況に気付いた直後、チェイサーの影が翻り、一度天井へ目掛け上昇し、踊るようにして旋回すると床までまっすぐに突撃して穿った。


 バン。


 ピネガーの足元は気味の良い音を立てていとも簡単に抜け、そして、


「い……いやあああああああああああッ!!」


 絶叫は奈落へ消滅していった。

「あとはゆっくり調べるだけだね。

 うん。何分持つか楽しみだねー」

 チェイサーはその穴の縁に腰かけ、そして手鏡を取り出す。

 自らの鏡像に対面し、


「うふふ。やっぱり私、だーいすき。

 うん、私も……愛してるよっ」


 自分同士でお互いへの愛を囁き合うと、


「だから。はやく。私も私を抱きしめたいな。

 いつまでもいつまでも……私は一人のままじゃ……、こんなに愛し合っているのに私は一人のままじゃ、悲しいからね……」





「ちっ」

 あ。今このお姫様舌打ちしたぞ。

 お姫様なのに舌打ちしたぞ。

「あら、祐樹様。どうかしましたか?

 私の顔になにかついていますか?」

 ドゥミ嬢は俺と目線を合わせると、片手で頬を隠し、

「そんなに見つめられると照れてしまいます」

 と恥じらう乙女の表情を見せた。


 ……今の舌打ちは無かった事にするようだ。


 まあ、俺が「ミストにもわらびもちを食べさせてやりたい」なんてポロっと呟いたのがいけないんだけどさ。大豆を手に入れるのも結構苦労したみたいだし、それを恋敵にも一口なんてちょっとデリカシーなかったかも。

 うん、地雷を踏む抜く前に話題を変えよう。

「それで、ガルバトス領で、誰の遺跡を見つけたんだっけ?」




「勇者バッカスの盟友、双子の剣士ソウマとハオマの墓です」




 俺達は、亜利奈の父だとされているバッカスについて地道に調べていたが、イワン王国の図書館では有益な情報は得られていなかった。

 ところが先日、姫が外交で獲得してきたシドール国内の領土を調査したところ、そのバッカスの仲間だった人物を祀った遺跡が見つかったというのだ。

 確か、ソウマとハオマは双子って呼ばれているけど、本人達は〝同一人物〟を名乗っていたんだっけ? そんな話をどっかの資料で見た。

 俺の世界の神話じゃ名前の違う同じ神様とか天使とかよくある話だし、その類の言い伝えだと思っていたけど……。

「しかし、二人が同じ墓に祀られているのは少々奇妙ではありませんか?」

「確かに。ちょっと興味あるな。

 バッカスに関しても魔王に関しても、情報足りなくて手詰まり気味だし。

 ……そう考えると、俺たちなんでこの世界に寄越されたんだろうな?」

 そう亜利奈に問いかけると、

「え?

 う、うん。魔王、どこいっちゃったんだろうねー?」

「あー……まあ、魔王は特に情報有りませんねー」


 なんだなんだ。なんで二人して目が泳ぐんだ?


「なんか俺に隠してない?」

 びくっと亜利奈が痙攣する。あ、こいつ、なんか知ってやがる。

「……おい、亜利奈」

 そう言って凄むと、亜利奈はなんか冷や汗を流して黙った。

「祐樹様。乙女とは時として愛しい殿方のために秘め事を持つものなのです」

 そこに、ドゥミ嬢が割って入った。

「そういった事情を問いただすのは得策とは言えません」

「いやいや、そういう次元の話じゃないだろこれは!」

 なんか卑猥なトーンで誤魔化されそうな流れをぶった切り、

「あのな、乙女の秘め事かどうかは知らないけど、大事な情報はちゃんと教えてくれ。

 そうじゃないと困るだろ」

 そういうと、二人の空気が少し変わった。




「ゆ、ユウ君が本当に望むなら」

「〝秘め事〟――つまびらかにさせていただきますが……」




 ……え、なにこれ。

 なんで二人してなんか怖い空気だしてんの?

 なんつーか……人でも殺してそうなオーラが出てるんだけど。

 い、いやいや、騙されないぞ!

「二人して示し合わせようったってそうはいかないからな!

 ちゃんと知ってること話せ!」


「わかった。ユウ君のためだったけど」

「あなた様の命令には逆らえませんもの」

「でも、後悔、しないでね?」

「覚悟は揺るぎないと信じています」


 あれ?

 なんか……うわ、




 ――ぞっっっっくぅぅぅぅ!!




 ぜ、ん、し、ん、に、な、ぞ、の、お、か、ん、があああああああッ!!


 鳥肌が足元から脳天まで駆け巡り、心臓がぎゅって縮み上がった。

 そして汗管からぶわっと汗が噴き出し、さらに体を冷やす。

 これはあれだ、女だけが醸し出す、男には得体のしれない恐怖だ。

 誰かが俺に叫ぶ。俺だ。俺自身が俺にこう叫ぶんだ。


 聞くのはマズイ。これを聞くんじゃないッ!

 二人の秘め事の正体を知っちゃあいけないッ!!


「……」

「……」

「……」


 数秒、沈黙が室内を満たし、そして

「……ねえ、ユウ君」

 亜利奈はにっこり笑って、







「聞く?」

















 俺は遺跡に向かう日程調整へと素早く話題を切り替えた。

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