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外からの連絡

 俺とミストは閉鎖された空間でずっと一緒に暮らしている。

 昼も夜もずっと一緒だ。だから下手に動くことは出来ない。これ、身を寄せ合っていると受け取るか監視されていると受け取るかは考え方次第だよなぁ。




 唯一の変化はミストが俺に留守番を言い渡し、毎日どこかに出かける事だ。

 そして1時間ほどしてからふらっと帰って来る。

「どこに行ってたの?」

 と聞くと、また「ナイショ」とおどけるだけだ。

 一体何をしているのかは教えてはくれない。

 多分、俺の記憶を使って、日本語の練習をしてるのかもしれない。

 ミストも日本語の習得については新能力を使わず、補助に留め、自力で学びたいと言っていたし、彼女自身は今物凄い努力をしているはずだ。カセットレコーダーの存在を教えると大いに喜んでくれた。

 ……とはいえ、彼女の努力が実るときは、俺のE:IDフォンのリミットタイムでもあるから、そこんところは複雑な心境だ。


 さて。

 その1時間は俺のフリータイムで、唯一監視の目を逃れる事の出来る時間だ。

 俺は出来る限りの情報を集めて、ここの脱出を図らなくてはならない。

 まずは外。窓からは無人の城下町が見えるが、すべて魔法で造られた映像だ。

 この部屋に窓なんてものはそもそも存在しない。あるのはハリボテだけだ。

 ミストが出て行った扉の先はわからない。

 その先には外の世界があるのかもしれなけれど、ミストが「出ちゃダメ」と言っていたので今は止めておこう。〝以前の俺〟がどこで失敗したのかはわからないが、きっと強引な手段ではここは脱出できない。


 俺はリモコンを拾い、テレビとレコーダーを起動する。

 テレビの傍には常設されたカメラがあり、部屋の定点観測をしている。

 俺が「二人の記録を残したい」などと言って創ってもらったビデオカメラだ。

 我ながらうまいこと言ったよ。普通なら眉をひそめるこの提案に、ミストは大喜びで乗っかりさっそくビデオカメラを創造してくれた。

 やっぱり、彼女はどこか病んでる。




 再生し、映し出されたのは深夜。俺が寝ている最中の時間だ。

 この限られた状況の中で、少しでも情報が欲しかった俺は、ミストの動向を逆に監視をすることにしていた。俺がミストから目を離すのは寝静まる夜だ。こんな時間に何かあるとは思えないけど、そこは藁にも縋る思いで情報を収集しなくてはならない。


 ビデオを確認する事数十分。画面の向こうには寝静まった俺とミストのベットが映し出されている。動きは無い。昨日もそうだった。

 ……やっぱりこんなの無駄なのかもなぁ。

 軽く早送りをして、その後も動きが無い事を確かめる。


 ん? 3時ぐらいでミストが起き上がったぞ。


 俺を起こさないように配慮してか、そっと床を抜ける。

 俺はというとのんきにぐっすりと寝静まっている。

 ミストはそんな俺の傍に向かい、頬に口づけをすると、薄暗がりの中朝食用の机に向かった。

『――※*#、して、##』

 なんか、ぼそぼそと喋ってるな……。

 音量を上げても聞き取れない。

 E:IDフォンからイヤホンを取り出し、テレビのジャックに繋ぎ、ようやく、


『アイシテル、ユウクン、ダイスキ』


 ……ああ、なんだ、日本語の練習か。

 夜を徹して頑張ってたのか。努力家だなぁ。

 彼女なりにとは言え、これもすべて俺のためだと思うと、なんか辛くなってくる。

 ――……、あれ。

 じゃあミストは今、外でなにやってるんだ?

 昼間も夜も日本語の練習をしてるって事?

『ユウクン、※%$、コ、ンニチハ』

 首を傾げる俺を他所に、ミストはたどたどしい日本語を続ける。

『ワタシ、ユウキ、スキ、##$。

 ユウキノ、スベテ、%%&、ホシイ』

 いや、にしても勉強する単語が偏り過ぎだろ。

 まあほかの言語を覚えるのには趣味や興味のある単語から入るのが一番近道って言うし、それで良いのかもしれないけど……。


 まあいずれにせよ、何か特別な変化があるわけでもなく、これ以上の情報は得られそうにない。わかったのはミストが思っていた以上に勤勉って事だけだ。

 何か、他の策を考えないとな。俺が見切りをつけ始めたところで、


 PILLLL。


 突然、E:IDフォンが鳴り響いた。


 ――着信だ!


 録画じゃない。俺のリストバンドに装着されている現物が、輝き音を奏でている。

 送信者は『亜利奈』。

 当然だ。この世界でスマホを持っている人間は俺と亜利奈しかいないのだから。

「亜利奈、無事だったのかッ!」

 俺は通話ボタンを――


 押そうとしたところで、躊躇した。


 本当に亜利奈なのか、一抹の疑問が走る。

 ここはミストの思うがままの世界だ。

 いかにE:IDフォンが驚異的な性能を持っていたとしても、ミストの能力をすり抜けて情報を伝達してこれるかどうかは怪しい。

 いや。でも逆にミストがそんな罠を張るような真似をするだろうか?

 もし仮に俺の愛情を試しているとして、あれだけ話題を出すのに嫌悪していた亜利奈の名前を使うとも思えない。


 PILLLL。


 着信音が鳴り響く。


 どうする?


 どうしたらいい?


 出れば亜利奈の安否がわかるかもしれない。

 知りたい。あいつの元気な声が聞きたい。

 それに、ここから脱出する助けが得られるかもしれない。

 だが、もしこれがミストの罠なら〝リセット〟は免れないと思った方が良い。

 今のミストなら、予想外の事をする可能性は十分ある。


 PILLLL。PILLLL。PILLLL。


 着信音が執拗に鳴り響く。



 ……――どっちが正解なんだ……っ!


















 いや。

 取るべきだ。

 俺はミストを疑いすぎた。ミストのはずがない。

 もしこれが亜利奈だったら、取れるのはミストの居ない今しかない。

 きっとすぐばれるだろう……でも、最初の頃よりミストの態度も軟化している。亜利奈と話をしても、説得すればきっとわかってくれる。二人っきりの時間はそんなに長くは無いけれど、ミストは本来優しい子なんだ。


 PILLLL。


 俺は深呼吸して、覚悟を決めた。


 PI!


「――もしもし! 亜利奈か!?」

『ザァァァァァァ!!』

 耳をつんざく大音量の雑音が響く。

 だがその先で、

『――ッ! ――っ!!』

 確かに必死に呼びかける声らしきものが聞き取れた。

「亜利奈、亜利奈なのかッ!?」

 俺も呼びかけたが……、

『――ッ!! ――――……、ブッツ!!』

 突然紐が千切れたような音が鳴ると、スピーカーからは何も聞こえなくなった。

 完全に無音になってしまった……ッ!

「おい、亜利奈、亜利奈ッ!!

 くっそ……!」

 俺は慌ててかけ直しを図る。


 TULLLLL。TULLLLL。TULLLLL。


 ――ガチャ。

 よし、繋がった――ッ!

「亜利奈ッ!! お前、大丈夫か……」


『ザァァァァァァ!! ――キ。』

 あっ。声が聞こえた!

 雑音でよく聞き取れないが、確かに今、声が……。


『ザァァァァァァ!! ――ツキ。』

 何か言っている。俺は呼びかけるのを中断し、耳を澄ました。


『ザァァァァァァ!! ――ソツキ。』




『ザァァァ――――……、ブッツ!!』














『……嘘つき……』




 スピーカーから聞こえてきたのは、ミストの乾いた声だった。

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