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消えた亜利奈


 頭が重い。

 いや、頭だけじゃない、全身重い。

 気だるさが全身を襲っている。

 学校の授業で長距離マラソンを強要された以来の感覚だ。


「う……うぅん……」


 俺は力を振り絞り、やっとこさ唸り声を上げた。

 ベッドの上だ。俺と、亜利奈と、ミストの三人で暮らす部屋のベッドの上。

 そっか、朝か……妙に疲れてるな。


 ――トントントントン。


 包丁で何かを刻むリズミカルな音が聞こえる。

 亜利奈は料理なんてできないから、この音はミストの音だ。


「あ。ユウ君起きた?」


 俺が身体を起こすと同時に、ミストの朗らかな声が聞こえる。

 まだぼやけた視界を擦り、欠伸で酸素を補給しながら、

「ふぁあー。おはよ」

 今日はちょっと薄暗いな。

 雨でも降るかもしれない。

 ミストはフリルの付いたエプロン姿で台所に立ち、調理に勤しんでいる。

 ……なんかそうしてると奥さんみたいで嬉しいな……。

 寝ぼけた頭で俺は――って!


「ちょ、ちょっとッ! ミストさんッ!!」

「うん?」

 ミストはくるりと一回転して、

「なぁに? どうかした?」

 と、とぼけた声で微笑んだ。


 翻る布時が肌を晒す。……またあの子の悪い病気が始まった。

 エプロンの下に何もつけてないのだ。

 ミストは新婚さん定番の例の格好で台所に立っていた。

「その格好はマズイって!」

「えー? どうして?

 ユウ君好きでしょこういうの」

 と言って舌を出し、ミストはまた台所に身体を向けた。

 正直大好きです、というのは喉の奥にしまい込み、

「いやいや。朝から不健全というかむしろ健康的過ぎて体に毒というか。

 とにかく、服着なさい!」

「嬉しいくせに。なんでダメなの?」

「なんでって……亜利奈だって居るだろ」




 ダン。




 ミストの包丁さばきが、一瞬叩きつけるように大げさになる。

 ……? かぼちゃか何か、硬いモノでも叩き割ったのかな?

「……」

 そんで動かなくなってしまった。

「……ミスト?」

「…………」

 動かない。ちょっと様子がおかしいぞ。

「大丈夫か? 手、怪我したのか?」

「……。…………」

 そうしたまま固まっていたミストが、間をおいて笑顔で振り返った。

「うん♪ だいじょーぶ♪」

「お、おう」

「朝ごはん、もうすぐできるからねー。

 ユウ君のために腕によりをかけて作ったんだから、たーっくさん食べてね♪」


 あれ。普通だ。ちょっと新生活に浮かれてる感じはあるけど、どっか怪我したわけじゃないらしい。……さっきのはなんだったんだ?


 ……。

 …………、新生活?

 あれ? 俺達ここに暮らし始めてどれくらいになるっけ?

 確かローゼ姫が部屋を用意してくれて、家具をそろえて……。

 それから結構日にちが……。

 ……。

 …………ん?


 っていうか……俺、昨日何してたっけ?

「なあ、亜利奈。俺達、昨日何して……」




 ……。

 …………。

 俺は隣のベッドを見た。

 そこにある〝はず〟のベッドを見た。


 亜利奈は居なかった。


 朝早く起きて出かけたとか、そんなんじゃない。

 ベッドごと忽然と姿が消えているのだ。

「お、おい、ミスト!」

「はいはーい。もうちょっとだから、我慢してねー」

 ミストは朝飯の催促と捉えたのか、肩甲骨丸出しの背中でのんきに返事した。

「いや、違う! 亜利奈が居ないんだ!」

「…………」

「出かけたとかそういうんじゃない!

 ベッドごと無いんだ……ッ!!」

「…………」

「っていうか……俺達昨日何してた?

 住み始めてから記憶が飛び飛びなんだよ!

 ミスト、お前は大丈夫か、」

「ねー、ユウ君」

「へ?」




「なーんにも心配要らないよ♪」


 うわッ!

 ミストがいつの間にか俺の膝の上に乗っている!? 霧化して素早く移動したのか、今度こそ何も身に着けていない生まれたままの姿で俺に向かって、


「亜利奈ちゃんは元の世界に帰ったよ。

 今日からユウ君と私だけの生活だよ♪」


 と、にっこり笑った。


 ……亜利奈が帰った?

 俺を置いて?

「……そんなわけあるかよ」

「何が?」

「亜利奈が俺を残して帰るわけないだろ!

 なら何か理由を言うハズだろ!」

「ユウ君の事が嫌いになっちゃったんだよ。

 亜利奈ちゃんなんていいでしょ?

 ミストが居るよ」

「そういう問題じゃない! お前、何か隠してるな!?」

 俺が強くそう言うと、ミストの表情がぴくりと動いた。


「ね、ユウ君」

「……なんだよ」


 ミストは指の腹を俺の唇につーっと滑らせ、こう言った。

「いい? 復唱して。

〝亜利奈は居ない。ミストだけ〟」

「…………」

「〝ローゼも居ない。ミストだけ〟

 ほらほら♪ 続けて。

 もう一回やろうか? せーの」

「…………」


「〝亜利奈もローゼも居ない。

  今日からはミストだけ〟」


「……」

 無邪気に微笑むミストの笑顔は、明らかにおかしかった。

 また寄生虫に操られているのか、新しい敵の攻撃か。

 それはわからないが、このままではまずい。

「なあ。ミスト」

「うん?」

「もう一回言う。

 亜利奈はどこなんだ?」


「………………」

 ミストは俯いて口を閉ざした。

「ミスト、俺な、お前の気持ちを分かってるつもりだよ。

 でもこんなやり方は良くない。

 ――新しい生活が嫌なら、もう一度話し合って」




「やり直し」

 ミストがそう言った。

「……は?」


「ユウ君。もう一回、やり直しだよ」


 彼女の身体が霧に……――違う、これは霧じゃないぞッ!!


 もっと科学的な……匂いの……ガス兵器のような……、


 あ、……ま……ずい……。


 意識が……。




「おやすみなさい。

 朝ごはんが出来るまでには、もう一回起きてね」

 ミストのキスが頬を濡らす。


「大好き、愛してる。

 次こそは、ちゃんと新しいユウ君になってね♪」



 そうか。

 俺はもう、何度もこれを繰り返しているの……か……。

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