初戦と連戦
街道は走ると、オッカ村から離れるにつれて緑が少なくなっていく。
ある位置を境に急に景色が一転し、ごつごつとした岩肌をよく見るようになる。
どうやら村はなだらかな丘で囲まれた盆地の牧草地帯だったようだ。
俺は亜利奈を探した。一つ目の丘を越えてからというもの、とにかく、丘と丘の連続で数メートル先の見通しが悪い。丘を越えるたびに景色が変化していく。
この条件なら弱そうな旅人を野盗が襲うというのも納得がいく気がした。
それだけに亜利奈の無事に不安が募る。
「亜利奈ーーッ!
どこだーーッ!!」
大声も虚しく、返事は無い。
何が起こるかわからない異世界ではぐれちまうなんて。
迂闊だった。
……もしかしたらもう、亜利奈は……。
そんな考えが過り、俺はそれを払拭する様にとにかく走った。
どのくらい走っただろうか。
しばらく走ったところで、
「きゃああああ!!」
っと、悲鳴が丘の向こうから轟いた。
間違いない。
この声は亜利奈だ!
俺はE:IDフォンをタッチする。
さっき買った剣を取り出すためだ。
走りながら操作しようとするが、実行したいコマンドに上手に触ることが出来ない。
だが足は止めない。止めている暇なんてない!
……このスマホには改造前から音声入力の機能があったはずだ。
俺は側面の突起にタッチして、スマホのピコンという待機音を確認すると、
「『アイテム』! 〝屑鉄の剣〟!」
と叫んでみた。
『ready』
チョコレートを出した時の待機音声だ。
いけそうだぞ!
「実行! 出して! 装備したい!」
思いつく単語を連呼して出現を促す、と、
『equip!』
俺のリストバンドから光線が出る。
半透明から実体を得るように、安物の剣が出現した。
どういう原理か目の前でふわふわと浮いている。
持ち主が装備するのを待っているのだろう。
俺はそれを掴み取る。ずしりとした重さが頼もしかった。
丘を越えた先の状況は最悪だった。
亜利奈はデカイ犬、それも三匹に囲まれて、逃げる事も叶わないそんな状態だった。
それにしてもデカすぎる。ライオンほどはある。
飛びかかられて勝てる自信が無い大きさだ。
発達した犬歯は口の外にむき出され、全身の体毛は逆立ち荒々しい印象を受ける。
犬というより狼か。
相当飢えているのか「ウゥ……」っと唸り、血走った目で獲物を見つめていた。
『WARNING!!』
スマホがビィィっと警報を鳴らした。
『モンスターが周囲にいます。
警戒してください』
「もう知ってるよ……」
俺は鉄屑の剣を構え、もう片手で手ごろな石を掴み取る。
「亜利奈ーッ!」
大声をあげて敵に石を投擲した。
つぶてをくらい、ダメージとはいかないものの魔物の殺意がこちらにそれる。
「逃げろ、なにやってるッ!!」
その隙に脱出を促すが、
「あうう、ゆ、ユウ君、助けてぇ!」
腰が抜けたのか度胸が足らないのか。亜利奈はその場を動こうとしない。
「くそっ!
お前はいっつも面倒事を起こすな!」
あれが〝勇者〟というのは何かの間違いなんじゃないのか?
――こうなったら正面突破しかないっ!
安物の剣を振り上げて、敵に飛び込んでいく。
「ガゥゥッ!」
敵の牙が正面から迫ってくる。
臆したら負けだ……ッ!
捨て身の一撃。俺は無我夢中で剣を振り下ろした。
ゴツと鈍い振動がして、敵の鼻っ面に一撃を与える。
「ギャッ!」
っと悲鳴を上げて、巨大狼は怯んだ。
今だッ!
「うおおおおおおっ!!」
俺は敵の急所、喉元めがけて剣を突き立てる。
生きた肉にねじ込む、ぞっとする感触。
狼は「ぐぅ」と唸り動かなくなった。
と、その直後、絶命した魔物は霞のように消滅した。
敵の胴体が〝あった〟位置から、宝石のような鉱物がかつんかつんと落ちる。
なんだ、と一瞬目を奪われたが、調べている暇はない。
唸り声をあげてもう一匹が飛びかかってきたのだ。
「ひ、〝火の魔法〟ッ!」
その横っ腹に亜利奈の火炎放射がぶち込まれる。
そうだった。あいつ魔法が使えるんじゃんっ!
全身が炎上した狼は勢いを失い、ずでんと体を横たえると先の一匹と同じように消滅してしまった。
「お前早くそれ使えよ!」
「だ、だだだだって、ご、ごご……、ごめんなさいいいいっ!!」
亜利奈はびえーんと泣き出してしまった。
ダメだ、いくら強力な魔法が使えてもメンタルが安定しなきゃ戦力にならない。
「もういい、危ないから下がってろ!」
「う、うん……ご、ご、ごめんね」
「そういうのは後だ!
俺の背中を離れるな!」
「は、は、はいっ!」
俺は剣を構えて、最後の一匹と対峙する。
さっきは俺一人で向かい受けたから無茶できたものの、今は背中に亜利奈が居る。
今度は捨て身の一撃とはいかないぞ……どうする。
「ゆ、ユウ君」
背中で亜利奈が言った。
「E:IDに武装を入れとくって、お母さん言ってたけど……。
つ、使えないかな?」
「それだ」
亜利奈の助言を受け、俺はスマホを立ち上げる。
「『スキル』……〝サラマンダー・カノン〟ッ!」
『Make it to equip!』
いつもの光線がスマホから放たれる。
俺の目の前でデティールの細かい、SFロボットが構えているような近未来的なカノン砲が出現した。戦車の頭みたいなそれに2メートルほどの砲身がついている。
もうこの砲身自体が鈍器のようなものだ。
この距離で使うにしてはデカすぎる気がするが……文句は言えない。
『ready』
準備OKらしい。
剣を地面に突き刺し、代わりに両手でそれを構え、砲身を相手に向ける。
その直後に相手が行動に出た。
デカイ図体で俺の身長以上に跳躍し、牙とツメで襲い掛かってくる。
「ぶちかませ!」
『action!!』
至近距離で俺はカノン砲を発射した。
爆音を唸らせ、灼熱を纏った弾丸が敵に食らいつく。
かなりの反動を想像していたが、感触はまったく無かった。拍子抜けするほどだ。
弾丸は敵に直撃、魔物のどてっぱらをぶち抜くと、そのまま勢いを落とすことなく空の彼方まで駆け抜けていく。
最後にドォンという轟音が空を震わせた。砲弾が爆発したのだろう。
これを喰らったらひとたまりもない。
魔物はぐうと唸り、そして消滅した。
役目を終えたカノン砲も同じように消えていく。
「お、……終わったぁ」
俺はその場にへたり込んだ。
剣を仕舞い、そして。
「お前なあッ!! フラフラするんじゃないッ!!」
っと亜利奈を怒鳴りつけた。
「ご、ごご、ごめんなさいっ
この先の様子を見ておこうと思ってそ、その。
ユウ君が頑張ってるのに、一人でじっとしてられなくて」
「……あーも」
頑張って余計事態を悪化させるタイプの思考だよ。
こいつはいっつもこれだ。
「うう。ぐすっ……ごめんなさい……。
亜利奈、ユウ君に迷惑ばっかりかけて」
……あげく泣くし。
怒る気力もなくなるよ、ほんと。
「もういい。
とにかく、こんなところではぐれたら最後だ。
もう勝手に動くな」
そう言い聞かせ、亜利奈が頷くのを確認すると、俺は気になっていたことを調べることにした。魔物が落とした宝石だ。
拾い上げると、水晶のような透明な六角柱の結晶体で、玉虫色というのだろうか、マーブル状にいろんな色が混ざった不思議な表面をしていた。
「なんだろうな、これ」
亜利奈に意見を求めるが、首を傾げるだけで答えてくれそうにはない。
そもそも死体が消滅するのも妙な話だ。
〝動物〟と〝魔物〟の違いを調べる必要がありそうだな。
俺は宝石もスマホに回収しておいた。
『アイテム』に〝魔源〟なるものが数個追加される。
「とにかく、行こう。
今日中に王城につかないといけないんだろ?」
「う、うん」
「結構ギリギリらしいぞ。
間に合うのかな……急ごうか」
そう言って足を進めた矢先、
パカラ……パカラ……とリズミカルな音が聞こえてきた。
馬のひづめだ。
見ると俺達がやってきたオッカ村からの丘を、白い高級そうな白馬が4匹、これまた宝石や金縁で彩られた白い高級そうな馬車を引いてやってくる。
御者が表情で〝どけよ〟と訴えてきたため、道を譲ってやる。
ここが中世ファンタジーの世界なら、貴族か何かが乗っているのだろうか?
興味本位で窓を覗くと、薄いカーテンの隙間から可憐な女の子が垣間見れた。
「た、高そうな馬車だね。
お姫様が乗ってるのかな」
「っぽかったな」
適当な推測を言い合い、改めて歩み始める。
「あーあ。いいなあ馬車。
乗せてくれないかなぁ」
俺は愚痴を零すように、そう呟いた。
すると亜利奈が、
「……ユウ君、馬車に乗りたいの?」
「だって、あれに乗れたら楽して王城につけるんだろ?
ヒッチハイクしたら止まってくれたのかな」
もちろん冗談だが、願望も半分だ。
「――……ふぅん。そっかー」
「ん? ……どうした?」
「ううん。馬車、乗せてくれるといいねっ♪」
「あのな。乗せてくれるわけないだろ……」
「きゃああああああっ!」
うわ、なんかすげぇデジャブ。
丘の向こうから悲鳴が聞こえてきたのだ。
「お前って、二人も居たっけ?」
「い、いないよぉ……急がないと!」
俺達は駆け出し、現場に急行する。
さっきの馬車が横転し、御者は馬を宥めるのに必死になっている。
護衛らしき騎士たちが馬車から飛び出し、剣を構えて障害物と対峙を始めた。
相手はまた巨大狼かと思ったが、違う。
巨漢が四人、馬車の道を塞ぐようにして詰め寄っているのだ。
酒でも飲んでいるのかおぼつかない足取りで、しかし確実に馬車へ接近していく。
よく見ると四人はところどころ出血し、一人に至っては股から血をたれ流している。
あれじゃあまるで、映画に出てくるゾンビだ。
うつらうつらと歩む敵に、対峙する騎士たちも怯えた様子で後ずさる。
だが逃げるわけにもいかないのだろう。
騎士が怒声を上げ、勇敢に飛びかかった。
一閃。刃は確実にゾンビの肩を抉り、体液が飛び出す。
だがゾンビは意に介さず、体に捻じ込まれた剣を奪う。そして俺のとは比べ物にならないほど高価そうな剣を、両手でべきりとへし折ってしまった。
「ひいいいいっ!」
丸腰になった騎士は悲鳴を上げて逃走を始めた。
無理もない。
「ゆ、ユウ君! 助けないと!」
亜利奈が正義感いっぱいに叫んだ。
「けど、必殺技はさっき使っちまったぜ」
スマホのMPには35%と表示されている。
サラマンダー・カノンは60%のエネルギーを必要とするのだ。
しばらくは撃てない。
「必殺技無しであれに勝てるのかよ!」
「だだ、大丈夫!
今度は亜利奈、ちゃんと魔法使います!
が、がが、頑張るから!」
亜利奈はぐっと拳を胸にした後、
「で、でも怖いので、ももも、もしよろしければユウ君が先頭に立っていただけると」
こいつぁ頼もしい後方支援だ。
「ご、ごめんね、こんなのでも……。
あ、亜利奈……勇者だから!」
そうだよな。
襲われている人を見過ごす勇者なんていないよな。
ならパーティーメンバーも頑張らなくちゃならない。
「だけど、無策ってわけにはいかなぜ。
なんせあいつら、剣が通用しないんだ。
ましてや俺のナマクラじゃあな」
俺はスマホを弄り、『アイテム』から使えそうな道具を選ぶ。
要するに、どうにかして亜利奈が魔法を叩き込む〝隙〟を作ればいいのだ。
それが出来る道具は何かないか……?
「あ、ユウ君、ダメだよお酒なんて飲んじゃ!」
亜利奈がさっきおじさんにもらった酒を見つけ、咎める。
「別に飲むつもりじゃ……。
あ。そうだ」
俺はスマホから〝安酒〟を取り出す。
「亜利奈。お前火以外に水も出せるんだよな?」
「う、うん。出るよ」
「よし」
さらに予め持っていた〝タオル〟と〝ライター〟。
タオルを瓶の口に詰めて……。
「ど、ど……どうするの?」
突然工作を始めた俺を、亜利奈が不安そうにのぞき込む。
「火炎瓶だ。こいつで相手の進路を塞ぐ」
「かえん……ビン?」
なんだ知らないのか……。
「説明してる時間は無い。
とにかく、目の前で火事を起こすから、相手が怯んだらお前の魔法でやっつけろ。
そのあと消火だ。できるな?」
俺は亜利奈が頷くのを確認し、火炎瓶に着火した。
「いくぞッ!」
そしてそれを振り上げて馬車に突入する。
「なんだお前は!」「と、止まれ!」
残って馬車を護っていた騎士たちの制止を無視し、馬車を通過、低めのスライダーでゾンビめがけて火炎瓶を投げた。
瓶は地面で炸裂し、中のアルコールが炎の軌道を描いて燃え盛る。
その火災がゾンビの衣服に類焼し、四体とも全身が炎上し始める。
だがゾンビは歩みを止めない。
元々死んでいる奴らに火傷は無意味なのかもしれない。
失敗か……!
こうなったら仕方ない。俺は屑鉄の剣を装備して、臨戦態勢に入った。
「〝雷の魔法〟!」
どしゅぅ! ……っと、天空から雷撃が一体に叩き込まれる。
亜利奈の援護だ。
直撃した敵は焼け焦げながら転倒、動かなくなってしまった。
さらにあと数体の様子も動きが変化してくる。
突然ガクリと膝をつくと、それぞれ地面に伏せるように倒れてしまったのだ。
火炎が足の肉を焼き切ったのだろうか。
だが足が朽ちても、敵は進行を続けようと、手で這うようにして向かってくる。
「馬車を起こして! 早く!」
亜利奈が騎士たちに指示を飛ばす。
大の大人が勢いに呑まれて指示に従い、戸惑いながらも頷いた。
まずは一人の騎士が中に戻る。
彼は「こちらです……」などと声を掛けながら、一人の少女を救出した。
さっきの〝お姫様〟だ。
ブロンド髪で肌の白い、可憐な女の子で、宝石に彩られた白いドレス姿だった。
そして御者、騎士達で馬車の立て直しが始まる。
ここで構えているよりそっちのほうが力になれそうだ。
俺がそこに加勢して、馬車はようやく立ち上がった。
「〝水の魔法〟!」
亜利奈が唱え、消火、活路を作る。
「逃げるぞ!」「お、おう!」
誰が決めたわけでもなく、流れで全員馬車に乗り込む。
馬は嘶いて全速力で発進を始めた。