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お姫様の罵詈雑言特盛フルコース

「なんでこいつ、まだ生きてるの?」


〝正直になれ〟と命令されたローゼは、王族としての使命感と誇りで脱ぎ捨てた。


「ねぇ、なんでまだ生きてるのよ。

 ふざけないでよ」

『グレンは法の裁きで罰するべきだ』と主張していた彼女は一転、心の底から湧き上がる憎しみをグレンにぶつけはじめる。

「…………」

 婚約者の変貌に、グレンの表情は歪んだ。


「えいゆうおうグレン? まおうひローゼ?

 千年後にこいつの記念碑が立ってる?

 あは、あはは、あはははは……」


 ローゼは痙攣にも似た乾ききった笑いを零すと、

 がしゃんっ!

「――冗談じゃないわッ」

 机に拳を叩きつけて叫んだ。

 反動でガラス器具が転がり、割れてしまう。


「ふざけないでよっ!!

 人にこんな虫を飲ませて、こいつ、私を抱こうとしたのよっ!!

 執事を娼婦みたいに誘惑させたのよっ!!

 顔が腫れあがるまでひっぱたかれたのよっ!!

 ――なんでまだ生きてるのよッ!!」

「ろ、ローゼ……俺は……」

 グレンは考えを改め、彼女を本当に愛していることに気付いた。

 それを伝えようとしたが、

「いやぁっ!

 話しかけないでよっ! 気持ち悪いぃッ!!」

 と、半狂乱で頭振るローゼの声に阻まれた。

 亜利奈がお腹を抱えてげらげら笑っている。

 まるで風刺喜劇を愉しむ観客のようだった。


「話さないで、喋らないで――こっち向いて息しないでっ!!

 同じ空間で呼吸するのも嫌なの!! 汚いっ!!」

 ローゼの暴言はもう止まらない。

 彼への溜まりきった嫌忌を腹の底から吐き出す。


「気持ち悪いのよっ!

 鳥肌が立つのよ、あんた見てるとっ!!」


「最初から生理的に無理だったのよっ!

 器が小さいくせにナルシストで英雄気取りでっ!!

 侯爵に甘やかされてる坊ちゃまの癖に自覚なくてっ!!

 おまけにダンスは独りよがりで下手くそっ!!」


「ねえクテール領にある巨塔って間近で見たことある?

 あんたと一緒に踊るのはあの高さくらい恥ずかしかったのよっ!!

 いっそあそこに幽閉して欲しかったっ!」


「――諦めがつくまで散々悩んだわ」


「〝なんで〟」


「〝こんな奴と〟」


「〝結婚しなくちゃいけないのっ!?〟」


「あははは、ほら見て、思った通りのクズだったっ!

 今の姿をみんなに見せてやりたいわっ!!

 な・に・がっ! 

〝イスキーの血を継いでるから将来有望〟よっ!!

 性根まで腐ったクズじゃないのっ!!

 このっ! 自己中心的で独善的なクズっ!」


「〝功績が全部嘘だった〟?

 教えてあげるわ、気付かなかったマヌケはあんただけよっ!!」




「もうやめて――――ッ!!」

 ニッカが叫んだ。

「お願いもうやめて……っ!

 グレン様が、グレン様が耐えられない……っ」

「耐えられないのはこっちよっ!

 頭がおかしくなりそうだわっ!!」

 ローゼの怒りは戦闘馬車のように止まらない。

 ニッカの一抹の抵抗は無に帰した。

「こいつに……こんな奴に……抱かれそうになるなんて……っ!

 愛撫されるなんて、ベットで愛を誓わさせられるなんてっ!!

 ……一体なんの罰なのよぉ……っ!」


「もうやだぁ……、気持ち悪くて震えが止まらない……っ!!

 うえぇ……っ!」


「祐樹さん……怖いよぉ……っ」










「……そうよ。祐樹さんよ……」

 ハッとなった様子で、ローゼはその少年の名前を呼んだ。



「あんなに一緒に居て嬉しくなる男の人は初めてだった」

「あの人は私の事を私の目線で見てくれた。

 いろんなわがままにも付き合ってくれたし、危険にも飛び込んでくれた」

「涙を拭ってくれた。優しく抱きしめてくれた」

「なのに、なんで……」


「…………………………………………、

 …………………………ねぇ」


 ローゼがグレンに歩み寄る。

 そして薄弱とした笑みで問いかける。


「なんであんた、祐樹さんじゃないの?

 あんたが祐樹さんだったらよかったのよ。

 祐樹さんが婚約者だったら……どんなによかった事か」


 そしてグレンの襟を掴み、言い放つ。


「祐樹さんに変わってよ!

 祐樹さんになってよっ!

 どうしたの、早く、今すぐにっ!

 そのくらいは役にたったらどうなの、婚約者なんでしょっ!?

 ちょっとぐらい反省してよっ!

 反省したら祐樹さんに変わってよ!

 名前も、声も、顔も体も人生も記憶も血の一滴までっ!!

 グレンなんかより祐樹さんがいいのっ!!

 祐樹さんにダンスを教えてあげるの!

 きっとおぼつかない足取りでついてきてくれるわ。

 さぞ可愛いんでしょうね、あんたと違ってっ!!

 祐樹さんに未来の事教えてもらうの!

 私の知らない世界をたっくさん教えてくれるわ!

 視野の狭いあんたと違ってっ!

 祐樹さんと一緒にいろんなところを旅するのっ!

 あの人と新しい体験をたくさんするわ、とってもとっても楽しいの!!

 あんたと違ってっ!!

 祐樹さん、祐樹さん、祐樹さんがいいのよっ!!」


「あんたのせいで祐樹さんに嫌われたのよっ!!

 責任取って祐樹さんに変身してよっ!!」


「どんな魔法かければ変わるの?

 どんな薬飲ませれば変わるの?

 いくら払ったら変わってくれるの?」


「変わりなさいよ! 変わってよぉ……っ!」

「変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変わ」


「お願い、祐樹さんになって」

「なんで変わんないの?」

「祐樹さんになーれっ!!

 祐樹さんになーれっ!!」

「変わってよ……お願いだから……」

「グレンは要らない、祐樹さんがいい!

 グレンは要らない、祐樹さんがいい!」

「お願いします、お願いしますっ!!」

「グレン死ね、祐樹さんになれ!

 グレン死ね、祐樹さんになれっ!!

 グレン死ね、祐樹さんになってくださいっ!!」


「ああ、祐樹さんとの結婚ならさぞ幸せなんだろうなぁ。

 だからグレンははやく消えて」

「私、料理とかしたことないけど、祐樹さんに食べさせてあげたいな。

 そのためにグレンは消えて」

「やだ、そうだ、私ったら自分勝手に結婚なんて言い出しちゃって。

 舞い上がり過ぎちゃった……恥ずかしい。

 あーっ、もうっ! グレンは消えて!」

「祐樹さん……私の気持ち、受け入れてくれるかな?

 好きって言ったら困っちゃうかな?

 王家は損だわ。こういうの、本当にわからないから……」

「グレンは早く消えてよ。視界に入って来ないで!

 というかさっさと代りなさいよっ!! 役立たずっ!!」


「れ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変わ」


「……そうだわ、亜利奈さんっ!」

 数分間にわたってグレンの襟を掴み、懇願しながら揺らし続けていたローゼ姫だったが、突然思いついたかのように亜利奈を呼んだ。

「え。亜利奈?」

 見世物に唐突に呼び出された亜利奈は、虚を突かれた表情をした。

「ねぇ、あなたならできるでしょ!?

 こいつを祐樹さんに変身させることが!

 自分だけ祐樹さんを独占するなんてずるいわ。

 こいつを材料にして、私にも祐樹さんを下さいな!

 そのためならなんだってあげるわ!!」



「あー、なるほど……」

 合点が言った様子で亜利奈は頷くが、

「ごめんね。

 気持ちは痛いほどわかるけどそれ無理っぽい」

 と、肩をすくめて言った。

「だってそいつもう死んでるし」

「え……」

 ローゼはゆっくりグレンの襟を離す。

 解放されたグレンは、ずるりと地面に滑り落ちた。

 すでに事切れているらしく、何ら抵抗なく地面に転がる。



「やだ……そんな……」




 ローゼは自分の手を見て、わなわなと震えた。

 まさか死んでいるとは思わなかったのだろう。

 目の前で絶命されたショックは大きい。

 ローゼは涙ぐみ、怖気ながらこう言った。
















「気持ち悪い……私の手の中で死なないでよ……」




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