第一王位継承者ローゼ
世界を一時的に支配する魔王を討ち、過去を祐樹のモノにする。
亜利奈の計画はそういうものだった。
歴史ではローゼが乱心すると言う数日前にイワン城へ赴き、ローゼが魔王となる前にマイクロ・マシンを仕込んで操り人形にする。
英雄王となるグレンは側近にでもしてやればいい。
そんな考えだった。
だが道中でローゼと出会い、歴史は語られている内容とは大きく食い違っていることに亜利奈は気付いた。
ローゼが魔王となる年は考察されている物よりずいぶん遅れているらしい。
そればかりか、あろうことか英雄王グレンは亜利奈と類似した計略によって生み出された、全くの偽りの存在だったのだ。
「喜んでいいわよ。
本当ならあなたのちゃちな計画は時代が成就してくれたんだから」
亜利奈が笑顔で言う。
「でも残念。たった今からそれは亜利奈の……いいえ、ユウ君のモノよ」
「――こんな――馬鹿な話があるか」
グレンは怒りで震えた。
だったら、つまりこういうことか。
ニッカが組んだ策略は、すべて成功する。
ローゼも手に入れて、国も自分のものとなり、なにより英雄として千年の未来まで称えられる。
それが、この未来からの侵略者の所為で、全てが台無しになってしまった。
そういうことか?
「ふざけるなよ……」
それを我慢などできるかっ!
「い、いけません、グレン様ッ!!」
「ふざけるなあっ!!」
ニッカの制止を聞かず、グレンは剣を抜き亜利奈に躍りかかった。
「〝拘束の魔法〟」
亜利奈が呟く。
すると何かがグレンの身体を掴んだ。
腕だ。
どこからか現れた腕が、グレンの手を、足を、胴を掴んで強力な力でけん引し、壁に拘束してしまったのだ。
「なんだこれは、は、離せっ!」
「じゃあ、ユウ君を散々侮辱した罰をうけてもらおっか。
あとそれからユウ君の所有物のローゼ姫を好き勝手した罪も償ってもらわないと」
そんな事を呟きながら、亜利奈はそこらじゅうの薬品をビーカーに入れる。
棒で撹拌したそれを突き付け、言った。
「はーい、じゃあラストクイズのお時間です。今亜利奈が適当に調合したこのお薬を飲むと、グレンさんはどーなっちゃうんでしょうか♪」
ビーカーの中身がぼふっと不快な煙を放った。
「ひぃっ!?」
「どうかなぁ。お口に合えばいいけど」
冗談めかして亜利奈がやってくる。
「やめて、私が飲むわ!
だからグレン様だけは……っ!!」
ニッカの悲痛な訴えなど聞かず、亜利奈はへらへら笑って歩み寄る。
「お待ちなさい」
その前に立ちはだかったのは、なんとローゼだった。
「あれ、なんなの? こいつの事助ける気?」
「いいえ、まさか。
彼はイワン城へ送り、裁きを受けさせねばなりません」
「はぁ?」
亜利奈は首を傾げた。
「……ローゼ姫、散々ひどい目にあったじゃない。
今なら誰も見てないし、好きに復讐していいんだよこいつの事」
ローゼは静かに首を左右に振る。
「王族とは国と法を司る国民の長。
如何に憎い相手でも、感情的な私刑を施してはなりません」
ローゼ姫は、第一王位継承者として毅然として言い放った。
「この男の犯した罪は、法によって裁かれるべきです。
あなたの身勝手な理屈と手法で、罰を下すことは許されません」
「…………………………」
亜利奈はしばし唖然とした表情を見せ、沈黙した。
が。
「ぷっ!」
唐突に吹き出し、
「あーっはっはっはっはっは!!」
とお腹を抱えて笑い出した。
「――そんなにおかしいですか」
「ううん、良いと思うよ、そういうの。
なんていうか、お姫様っぽい?
あー、お姫様か、失敬失敬。くくくっ。
………………でもねぇ」
そして直情的な笑いからにへらと不気味な笑みに変わると、
「自分に嘘をつくのは体に良くないよ?」
「……っ」
ローゼ姫が怯えて後ずさる。
「やめて……なにさせる気……っ?」
「やだなぁ、別に変な事じゃないよ」
「〝ちゃんと〟」
「〝正直になりなさい〟」
「――!」
ぴくり、と、ローゼが一瞬痙攣した。
そしてゆっくり振り返り、こう言った。
「なんでこいつ、まだ生きてるの?」




