三人娘
シャンデリアのぶら下がる、ホテルのパーティールームみたいな部屋だ。
高級感漂う彫刻を施した壁際に、料理を積んだワゴンが配備され、三人のメイドが両手を手前に、恭しく立っている。
料理の食欲をそそる香りが漂う。
部屋の中央には白い布で覆われた十人掛けのテーブルが置いてあり、その上座にマヌケ面した高校生がたった一人で座っていた。
そう俺だ。
「ありえん……っ!
こんなことありえない……ッ!」
トリスが悔しそうに歯ぎしりしながら、怨念籠った目でこちらを見ていた。
「お前ごときがなぜこんな待遇を!」
「いやだからわかんないって。
文句なら夫人に言ってよ」
どーせ言えないんだろうけど。
「くそっ!
もういい、こいつの接待は任せたぞ」
「「「はい、トリス様」」」
メイドさん達は声をそろえてトリスに応答した。
「ふんっ!」
バタンッッ! と、トリスは不愉快そうに扉を閉めて出て行く。
俺に当たられてもなぁー……。
まあ、正直あいつに嫌われるのに気に病むようなことは無いし、こことひとまずお食事を頂きましょうか。
メイドさん達がお食事の準備を始め……、てくれないぞ?
彼女たちはそーっと外の様子を伺うと、
「行った?」
「行ったね」
「うん、行った」
などと報告し合い、そして、
一斉にこちらを見る。
ぱあっと好奇の笑みを向け、凄まじい勢いで詰めかけてきた。
「ねえねえ、あなた名前は!?」
「なんでお客様扱いなの!?」
「ドゥミ嬢とはどこまで!?」
「あ、それそれ、それ大事っ!」
「きゃーっ! しりたーいっ!!」
メイドさん達の質問攻めだ。
「ちょ……、ちょっとまって!!
みんないっぺん落ち着こうか!」
「この子、ドゥミ嬢はローゼ姫だって言うんだよ。絶対違うよね!」
「えー、だって似てるもん……。
そうでしょ?」
「ローゼ姫が〝あんなこと〟してたらショック過ぎでしょ。ないない」
「ていうか、この人も知ってんの?」
「あ。そっか愛人にバラすわけないか」
「え、わかんないよ。
お客様扱いなんて、この人こう見えて実は貴族の人だったり……」
「えー、うっそ、オーラなさすぎ!」
ダメだこいつら。質問する癖に話を聞く気は無いらしい……。
なんか飛躍しまくって俺が空の彼方から降って来たという珍説が浮上(あながち間違ってはいないが……)したあたりで、黙らせる策を講じ、実行した。
「あ。トリスだ!」
「!?」「!?」「!?」
この一発で全員に死相が浮かび、凍り付く。よっぽど怖いらしい。
「嘘だよ。大丈夫あいつは来てない」
その一言で彼女たちの表情はホッとしたものに変化する。
「質問は一人づつ順番に。
俺は聖徳太子じゃないんだ」
「ショウトク?」
あー、そうだ、伝わらないんだった。
「とにかく、ちゃんと答えるから。
落ち着いて質問して」
そう言ったものの、メイドさん達は、
「……なんていうか」
「改まって言われると……」
「ねぇ」
なにこの絶妙な空気ブレーカー感。
すっかり白けたメイドさん達は、とりあえず俺の食事の準備を始めた。
「ねえ、これって俺が悪いの?」
「うーん、悪くは無いかなぁ」
「でもなんていうか」
「勢いって大事?」
「あ。それそれ」
女子ってホント、こういう時好き勝手言ってくれるよなぁ。
「わかった。
じゃあ自己紹介からいこうか。
俺はユウキ。仕事はお嬢様の付き人」
「仕事は付き人だって」
「やだぁー」「クスクス」
「クスクス笑うな!」
やっぱり恥ずかしいんだなこれ……。
「私はミスト。
よろしくね、付き人さん」
ミストはナイフやフォークを揃えながら言った。
「ハイボだよ。ほら、お部屋に案内した」
スープを用意して、ハイボが名乗った。
「あー。ノゾキで叱られた……」
「うっ!
あれ、わかっててやったでしょ!」
「聞き耳立ててたのはそっちじゃん。
逆ギレされてもねぇー」
「けっこう意地悪だなきみ……」
むすっとしてハイボが下がる。
最後のメイドさんはパンを用意しながら、
「トワイスよ。いろいろ聞かせてね」
とにやーっと笑った。
一番興味深々なようで……。
なんだかんだで仕事は慣れている三人娘は、俺の夕食をテキパキ支度をしてくれた。
さあ、いただきまーす……って。
三人が並んで立ってると食べ辛いなぁ。
「みんなは食べないの?」
「え。ダメだよ」
「仮にもお客様の前で」
うーん。そう言われてもなぁ。
こっちも緊張して味がわからん。
パンは多めに用意されてるみたいだし、
「いいじゃん、一緒に食べようぜ」
三人は顔を合わせて、無言の会議。
「……じゃ」
「そうしちゃおっか!」
「うふふー。
男の子と食事なんて何年ぶりだろ!」
†
地下通路の奥の部屋。
グレンが食事に出かけた後、残されたニッカは何かの実験に没頭していた。
発光する薬剤を試験管に混ぜ、熱し、ビーカーに注ぎ込む。
ビーカーの中にはボウフラの様な針状の小さな生き物が、数十匹蠢いていた。
〝蟲〟だ。
ニッカはごく小さな魔源に何らかの言葉をかけ、その中に沈める。
蟲はそれに群がり、魔源はあっという間に毒々しい紫へと変化した。
その様子にニッカは満足げな笑みを浮かべたが、すぐにその表情が一転する。
彼女は火を止め、灯りを消し急いた様子で外に出る。
扉に向かってニッカは、
「〝ダークネス〟」
と唱えると、なんと出入り口は他の壁と同じ石垣の姿へと変貌してしまった。
ニッカはランプを付けず、地下通路を駆ける。祐樹がやってきたのはごくごく一部で、この通路は敷地全体の地下に張り巡らされているようだ。
それは迷路のように入り組み、地図を持つか、あるいはそれを頭の中に叩き込んだ者でなくては簡単に遭難してしまうだろう。
ニッカの動きは後者であり、何の迷いもなく目的の場所へと急行する。
彼女の視線の先に、落下したランタンが見える。そして一人のメイドをオート・マタが逮捕していた。
ここで随分前から働いているメイドだ。
腰を落とし、甲冑の刃に怯えながら動けずにいる。
何やら荷物を背負っている。
ニッカは現場手前で息を整え、聖職者としての威厳を纏い直し、
「そこで何をしているのですか?」
と、メイドを咎めたてた。
「あ、ああ、あ、あの」
パニックになっているのか。
メイドは不明瞭な声で反応する。
「ここは立ち入り禁止です」
「あ、あの、わ、わた、わたし」
「神殿への聖域に繋がるのです。
グレン殿から聞いているでしょう?」
「私、わた、わた、わたし、鳥の」
「この先へは進んではいけません。
不問といたしますから、屋敷へお帰りなさい」
「と、とと、とり……」
幾ら言葉で言っても彼女の混乱は収まる様子が無く、ニッカの表情に少々苛立ちが混じって来た。
「いいからほら、立って……」
「鳥の頭……」
「はぁ?」
メイドの様子がおかしい。
甲冑に怯えているだけではない。
「と、と、鳥の頭を、もぎ取るんです、あの子。鳥、私、鳥をあんな風に」
メイドの呼吸が荒くなる。
額に脂汗が浮かぶ。
「どうしたの?
鳥ってなんの事?」
ニッカは知らなかった。
彼女は亜利奈に鳥のトサツを命じ、その手法に慄いて気を失ったメイドだ。
メイドは泡を吹きながら続ける。
「ととと、鳥、私、鳥沢山殺したけど、あんな、あんなの違う、あんな風に血は飛ばないんです、でもあの子、鳥の首をもぎ取って、それから次は頭を潰して、ぐしゃって、ぐしゃって……」
「――――…………」
尋常じゃない。
ニッカにも脅えが伝わる。
メイドの不明瞭な声は延々と続き、やがて過呼吸すら起こし始め、
「ひぃーぃ……鳥の次は豚だひぃ、豚の次は牛だひぃ、ひぃ、牛の次は、次は、い、いう、事聞かないと……、
うぅ、だから、だから!」
「……あ、あの子って誰?」
ニッカは尋ねた。
するとメイドは答えた。
†
「あの子?
アリナちゃんだっけ?」
「あー。大丈夫かなぁー」
ハイボ達がそんなことを言い出した。
食事をしながら俺は三人娘とだいぶ仲良くなり、お互いに気になることを情報交換していた。
お嬢様とのエロシーンが話題のきっかけになるのだから、彼女の生き恥も無駄ではなかったということだ。
もちろんスパイについても聞くつもりだが、今はもう少し小さい話題で行こう。
そう思って亜利奈の事を尋ねてみたんだ。
「なに、なんかマズイの?」
ちょっと険しい顔をされて、気が気じゃない。
「マズイっていうか」
「あの子の配属された厨房班って、序列が激しいっていうか、新人イジメが……」
「し……新人イジメ?」
「あ、ちょっとだけね。
だけどほら、あの子気が弱そうじゃん」
「それにあそこのメイド長、結構えぐい事するって噂だし」
「そういや怪我した子もいるよね」
「ちょっと、止しなよ。
ユウキが不安がってるじゃん」
「…………」
不安だ。
さっき見たときは大丈夫そうだったから安心していたが……。
俺の表情から何か掴んだのだろうか。
ミストが、
「大丈夫。
私達が様子見といてあげるから」
と励ましてくれたが……――、
あいつ、昔のトラウマがぶり返してないといいけどな……。