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疑念



 礼拝堂に一人取り残されたローゼは、祐樹の身を案じながらも、ふとすれば先ほどしでかした行為の後悔に気持ちが傾いていた。



 今日はずっと妙な事ばかりしている。

 偶然出会った祐樹達を召し抱えたり、変装のために彼に付き人を名乗らせたり。

 ここまでは……奇策ながらも、自分でもよく考えたものだと感心していた。



 しかし、さっきのは何だ?

 部屋の中では上下関係を逆転させたり。

 脚に縋り付いてみたり。

 作戦とは言え、自分はあんな変質的な行為を一体どこで覚えたのだろう……?


 今まで自覚がなかっただけで、自分にはそういう行為への憧れがあったのだろうか。




 それに、今日出会ったばかりなのに、祐樹を目の前にすると、こう、今まで感じた事もない幸福感が溢れてくる。


 彼の目の前でなら、自分じゃない自分を曝け出し、もっと見て欲しい……そんな欲求が頭を占領してしまう。





 なんだろう。

 変だな。

 何かが変だ。

 何かが――〝違う〟。





 確かに彼はいい人だ。

 異界からやってきたというのに臆する素振りは無く、亜利奈との関係を見ても面倒見がいい事が伺えるし、自分の無茶にも散々付き合ってくれているし、それに進歩的な教養も持っている。


 だから、彼の前で安心してしまうのは納得できる。


 ――……?


 うん。

 だったら、何も――、

 変な事はないじゃないか。


 あれ。

 今、私、

 何を疑問に思ってたんだろう。


 うぅん……と――?



 ガシャンっ!



 地下通路から金属音が響き、ローゼの思考はハッと現実に返る。



 侵入した祐樹に何かあったのだろうか。

 ローゼには状況がわからない。

「祐樹さん……っ!」

 ドレスが汚れるのがなんだ。

 ローゼは居ても立っても居られず、階段を駆け下りた。

 階段を下る間、剣らしきものが落下する音、何かを打ち付ける音などが幾度か響く。

 祐樹は魔物と戦っているのか?

 そう推測したあと、急に音が消失した。

 果たして最後の段を下りきると、突然通路に備え付けられていた魔法式ランプが燈る。





 地下通路は想像していたよりずっと広大で、ローゼが今降りてきた階段は数多くの出入り口のうち一つに過ぎない事がわかった。

 通路は屋敷方面とその対の方面に伸びていた。

 右か左か、祐樹が向かった先がわからずに戸惑っていると、屋敷とは反対側の道からその祐樹本人が歩いてきたではないか。

 そしてその後ろには光誕教の若いシスターが付いている。




 あれではまるで連行されているようだ。




「お待ちください、シスター!

 私の下男を、どこへ連れていくおつもりですか?」

 ローゼは歩みよりながら抗議する。

「下男?

 この男は盗人ではなかったのですか?」

 シスターはローゼの登場に驚いた様子を見せながら言った。

「メリー大公の三女、ドゥミと申します。

 イスキー侯爵にお招きを受け本日より滞在をしています」

「シスター・ニッカです。

 この礼拝堂に派遣されています」

 自己紹介という格好でそれぞれの身分を提示し、話を件の祐樹へと移る。




「シスター・ニッカ、この男に何かを盗られたのですか?」

「いいえ。しかし、この男は地下通路で何をしていたのか問いただしても答えませんでした。吟味の必要があります」



 きっと下手な事をいうのは不味いと考えて黙秘したのだろう……。

 このままでは祐樹はイスキー侯爵の前に突き出され、領主裁判にかけられてしまう。



「この男は盗みを働くような者ではありません。吟味など止してください」

「彼がここで何をしていたのか正直に話せば済むだけの事です」

「おおかた、道に迷ったか下らない好奇心で潜り込んだのでしょう。

 それが咎めたてるほどの事ですか?

 そうでしょう、祐樹?」

 項垂れていた祐樹は頷き、

「こんなところに地下通路なんて変だなぁっと思ってさ。そもそもここはなんなの?」

 と上手に質問へと切り返した。



 ニッカははぁ、とため息をつき、

「ここは侯爵様の屋敷へと万が一敵が攻め込んだ際に、脱出するための非常通路です。

 普段は使わないため、私が篭城用の部屋を借りているのです」



 ……なるほど。

 一応納得のいく説明ではある。



「この男は事もあろうに警備用の魔法生物まで破壊したのです。

 不法な侵入に、器物の破損。

 それも天上おられる、神聖な礼拝堂の地下で!」

 さっきの金属音はそれか……!

「ドゥミお嬢様、いくらお客人とはいえこれは度を越えています。

 彼を下男と主張するのであれば責任は取って頂けるのでしょうね?」



 ローゼは窮地に立たされた。



 屋敷で物を壊す行為と礼拝堂の地下で魔法生物を倒すのでは、罪の度合いが異なる。

 金額の問題ではないのだ。

 このまま祐樹が裁判にかけられれば神への反逆を疑われても言い返せない。

 ましてや不可抗力と言い難い状況だ。

 例え王家の名前を出しても弁護はできないだろう。いや、そればかりか、イワンの名前すら非難を受ける可能性すらある。



 ――祐樹を取り返すなら、今しかない!



「当然です。シスター・ニッカ」



 ごめんなさい、祐樹さん……っ!



 ぱんっ!




 ローゼは祐樹のほおっつらに思い切り平手をぶつけた。

 打ち合わせ無しのこの状況で演技はできない。女子の腕力ながら、本気の一撃だ。

 不意打ちで祐樹の顔が反れる。



「よくも私に恥をかかせてくれたわね?」

 そして低く、冷たい声で言う。


 理不尽に対する彼の表情が読めない。

 驚いているのか、泣いているのか。

 ――怒っているのか。

 読み取ることが出来ない。


 ……胸が締め付けられる……っ。


 何故、自分のために危険を冒してくれた彼に、こんな仕打ちをしなければならないのだろう?

 ローゼは泣きそうになった。




 だが、ここで心を鬼にしなくては、彼が牢獄に入れられる。

 それだけは避けなくてはならないのだ。

「これ以上粗相を働いたら許さないわ。

 いいわね?」

「…………」

 祐樹は反応しない。

 怒りに震えて答えられないのだろうか。

 ローゼは祈った。

 お願いだから、

 今は、今だけは私に合わせて!




「申し訳……ありませんでした」

 祐樹はそう、不服そうな声を出し、




 そして、











 ニッと、笑ったのだ。



 シスターからは見えない位置で、ローゼを案じた彼は笑みを浮かべたのだ。

(俺なら大丈夫。ほら続けて)

 そういう意図の笑みだ。

 こんな状況で、彼はかえってこちらの心配をしているのだ。

 ローゼの眼頭はいよいよ潤んできた。



 涙腺が決壊する前に、この場を離れよう。


「シスター、この男は私が責任をもって再教育します。それでよろしいでしょうか?」

 シスター・ニッカは頷いた。

「……わかりました。

 以後このような事が無いようにお願いします。天上はどこからでもご覧になられておいでですからね?」

「はい。下男共々、肝に銘じておきます」

 そう言って一礼し、不満げな――フリをしている祐樹の手を引いて地下を脱出した。

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