最強吸血鬼
終わることなき常夜の桃源郷。そこにそびえる中華風の建造物。
その龍の飾りがついた紅く巨大な門をくぐり、ロキは目的の人物がいる宮殿の最深部を目指して進んでいく。
彼がここに来た最大の理由は、この魔界で最強と呼ばれる彼――最強吸血鬼アルトゥーレ・ルシファーの力を把握することだ。
ついでに、あわよくば彼の持つ鍵のかけらが手に入れるならば今後の動きが楽になるのだが……
そんなことを考えているうちに目的の部屋の前に着いたようだ。
ロキは意を決して大きな扉を開く。
「ほう、俺に客とは珍しいな……
で、お前は何をしにここに来たのだ?」
玉座からこちらを見下ろす絶対強者。
真紅の民族衣装を纏ったその姿は、まるで絵画のような美しさを持ちつつも、有無を言わさぬ王者の風格を兼ね揃えていた。
いつもは飄々とした態度を崩さないロキの背中から、冷たい汗が流れる。
「初めまして、最強吸血鬼アルトゥーレ・ルシファー君。
僕の名前はロキ。
あなたに魔王の座を賭けて勝負をいどみますよ」
それを聞いたアルトゥーレは切れ長の眼を細めながらうっすらと笑みを浮かべ、
「くくく、面白い、このオレに挑むか……
いいだろう、退屈していたところだ、相手をしてやる」
その言葉の直後、玉座からアルトゥーレの姿が消える。
そして目の前に姿を現した最強の存在。
ロキは驚愕に目を開く。
(転移魔法……いえ、転移魔法であるなら、自分なら空間の歪みにより発動を予測できます。
ですが今回それは無かった……)
最強吸血鬼はそれに対し、「今のはただの転移魔法だ」と簡単に説明する。
美貌の魔術師とうたわれる自分が、いつ魔法を発動させたのかも分からなかった事実に動揺するロキ。
どうやら自分が思っていた以上に最強吸血鬼は化け物のようだ。
「さて、そろそろ戦闘を始めようか」
その言葉とともに戦闘が始まった。
先手必勝と攻撃したのはロキだ。
先ほどのやりとりでやつの危険性は理解できた、ならば、はじめから全力で攻撃する!
「大氷結」水属性では最高位の魔法であり、ドラグニア・ランフォードが得意とする「業火」と同ランクの魔法である。
それをロキは詠唱破棄によって一瞬で発動してみせる。
解き放たれる絶対零度の暴威。
対して、最強吸血鬼が放ったのは下級魔法「火球」
魔法対決ではロキが圧倒的有利。
ロキは笑みを浮かべる。
しかしその直後、その笑みが驚愕に変わる。
最強吸血鬼が放った「火球」が、ロキの「大氷結」を突き破ったのだ。
避けきれず、右上半身を丸ごと吹き飛ばされるロキ。
「火球」と呼ぶにはあまりにも強力なその魔法。
ロキはそれを受けたことによって理解できた。
原理は圧縮と回転。
まず、中級魔法「爆炎」を拳サイズまで圧縮させ、さらにその火球に螺旋回転を加える。これによって最強吸血鬼は自分の魔法を打ち破ったのだ。
こんなことをあの一瞬で平然と行う目の前の化け物に驚きを禁じ得ない。
「どした、まだ戦いは始まったばかりだぞ?」
最強吸血鬼は笑みを浮かべながら聞いてくる。
ロキはすぐさま自身の魔法により吹き飛ばされた右半身を回復させ、戦闘を続行する。
出し惜しみなど考えている場合ではない、ロキは奥の手を使うことにした。
「驚きましたねぇ、まさかこれほどとは……
ですが、勝つのは僕ですよぉ。
召喚魔法、いでよ魔狼フェンリル!」
そして魔方陣より現れし破壊の化身。
魔狼フェンリル。
ヨムンガルドとは耐久型と攻撃型の違いはあるものの、魔力でいえば攻撃型のフェンリルが上であり、ロキが使役する三体のなかでも最強のモンスターであった。
「くはは、どうですかねぇ、
僕のフェンリルは。
これで勝負はまだ分からなくなったでしょう?」
すさまじい魔力の嵐がアルトゥーレを襲う。
彼の表情が変わる。
恐怖にではない、これは、歓喜。
王者はこの戦いで初めて今の本気を見せる。
彼は魔狼に向かうとともに、右手に絶対零度の風を纏う。
それは先ほどロキが見せた魔法、「大氷結」を詠唱破棄した上で自身の右手に付加したもの。
その拳が魔狼を穿つ。
内部氷結と同時に発生する拳の衝撃。
結果、魔狼は粉々に砕け散った。
ロキは今度こそ完全に理解した。
最強と自分との間にある絶対敵な壁。
「くくく、なかなかどうして、思ったより楽しめたぞ」
アルトゥーレがこちらに話しかける。
勝負は決した。
ロキの完全敗北である。
圧倒的実力差。
いや、それだけではない。
ロキは気づいたのだ、アルトゥーレの魔力が自分とまったく同じ量であることに。
近いではなく同じ。
つまりやつはこちらと同条件になるように、魔力をロキと同量まで抑えていたのだ。
それはつまりこれが本当の実力ではないということ。
完全なる化け物。
アルトゥーレ・ルシファー、最強吸血鬼の称号を持つ者。
「じゃあな」アルトゥーレの火球がロキを消滅させる。
それを見た最強吸血鬼は「ちっ、逃げたか」とつぶやく。
だが、彼にとっては相手の生死など興味もないこと。
すぐに興味を失う。
そして考えたのは、魔王選別戦争、惨殺姫ドラグニア・ランフォード。
長く動きの無かった選別戦争がドラグニアを中心に動き出した。
先ほどの戦いもその一つと言えるだろう。
面白くなってきた。
彼女との約束を果たすのも近いかもしれない。
王者は笑みを浮かべながら玉座へと戻っていった。




