#93 最後のサプライズ
昼休みの打合せを終えた俺は,井上先輩と2人で食堂へと戻り昼食の後片付けをしていた。
これで最後の食事も終わり,後は夕方に最後の差し入れを残すのみとなった。
前もって準備しておいた食材は予定通り消費し,多少の余りもあるが本当に微々たるものだ。
ここまで完璧に出来たのは,何と言っても献立づくりや買い出しから付き合ってくれた井上先輩のおかげだろう。
マネージャーとしての先輩の手腕は,本当に学ぶべき所だらけだ。
「これが終わったら,いよいよメンバー発表ね」
向かい合って作業をしながら,井上先輩がポツリと呟く。
そうだ。今日の基礎練習が終わったら,先程決めたメンバー発表になる。
クリーニングから返ってきたばかりのユニフォームも,いよいよみんなの手に渡る時だ。
「ユニフォームも、いつもは私が渡す役だったけれど,今年はハル君にやってもらえるのよね?」
「……えッ?」
「あら? 私はてっきりそういうものだと…」
先輩の言葉に驚いた返事を返すと,先輩はきょとんと首を傾げる。
「いや,そこに関しては特に何も聞いていないんですけど…」
「ん~……? ……まぁ,今言ったから大丈夫よね」
「え? は,はぁ……」
よく分からないが,そういう事らしい。
俺は曖昧に頷いて,再び作業に戻る。
この後は差し入れもつくらないといけないので,思った以上に時間は少ないのだ。
「それより,最後のアレももうすぐですね」
「そ,そうね…」
俺の言葉に,今度は先輩の手が止まる。
最後のアレとは,今まで食べていた中に井上先輩の料理が混じっていた事をみんなに打ち明けるサプライズだ。
どの料理を食べても美味しい美味しいと食べていたのだから,そんなに心配する事じゃないと俺は思うのだが,先輩はどうやらそうではないらしい。
「そんなに心配そうな声を出さなくても大丈夫ですよ。今までだってみんな美味しい美味しいって食べていたんですから」
「で,でも,やっぱり事情を知ったら味も変わってくるかもしれないし…」
「そんな訳無いですから。安心してみんなが驚く顔を見てやりましょう」
「え,えぇ…」
それでもまだ自信無く曖昧な笑顔を浮かべる先輩。
つくっている時はあんなに楽しそうにサプライズについても話していたのに,いざ本番が近付くとまだ萎縮してしまうのか。
せっかくあんなに頑張っていたのだから、井上先輩にもちゃんと喜んでもらいたい。
「…分かりました。でもその代わり」
本当なら、最後くらいは自分でやろうと思っていたが、これは予定を変更して先輩にも何かつくってもらおう。
それも、今までのように俺のアドバイスもなしで。
そうやってつくった料理がみんなに美味しいと言ってもらえれば、きっと先輩の自信にもなるはずだ。
「予定していた差し入れの他に、もう1個何かつくりましょう」
メニューは……そうだな、この合宿中に何度かつくった蜂蜜レモンが良い。
初日に出す予定で結局出せなかった分のレモンと蜂蜜も余っているし、あれなら俺抜きでも出来るだろう。
「ちょうど材料も余っていますし、蜂蜜レモンでどうですか?」
「え、えぇ。そうね、それは良いかもしれないわね。材料も余らせてしまうのはもったいないし」
俺の突然の提案にも先輩は笑顔で頷いてくれる。
片手間に俺がつくるのだと信じて疑っていない眼を見ながら、俺は今までにない笑顔で言い切った。
「なら、蜂蜜レモンは先輩にお願いします。俺は差し入れつくるので手一杯になると思うので全くアドバイスとかは出来ませんけど大丈夫ですよね?」
その瞬間に浮かべた先輩の引きつった笑顔を,俺は決して忘れる事はないだろう。




