#8 マネージャー初日(2)
「やられた…」
俺はため息をこぼしながら自転車置き場までの道をとぼとぼ歩く。
「練習試合の為に偵察って,何だよそれ…」
上手く言われて結局追い出されただけ。
これでは昨日と同じじゃないか。
もうすっかり春だって言うのに,今日の風はやけにひんやりと感じるよ。
「ハルじゃないか。どうしたんだ,こんな所で」
「あぁ,大地か。いやな…」
自転車置き場で偶然会った大地に体育館でのことを説明する。
「あ~…。何ていうか,悪いな。ハル1人に迷惑かけて」
「いや,良いって。自分で選んだことだし」
「でも…」
「あ,じゃあさ,今から一緒に楓高校まで来てくれないか? せっかくだから一緒に偵察しよう」
「おぉ ,行く行く」
初めて行く高校だし、一人ではちょっと心細かったので、大地にもついてきてもらうことにする。
二人で自転車を走らせ、楓高校を目指す。
楓高校は、霧ヶ原と同じ地区にある県立高校で、距離も近い。
県内では名の知れた進学校で駅にも近いため、電車を利用して少し離れた地区から通っている生徒も少なくないらしい。
俺の家からは一番近い学校ということもあってか、両親にはずっと楓を推されていたが、いかんせん学力が足りなかった。
「俺の親も、ハルと同じで霧ヶ原に行くなら楓の方が良いってずっと言ってたよ」
「やっぱり? 考えることはどこも同じだな」
「ただ、あそこはなぁ……」
「そうだよなぁ…」
楓は進学校の例に漏れず、部活は盛んではない。
あくまで一番は勉強で、インターハイ出場よりも難関大学合格に重点を置いている。
そんな学校で部活をやっていても、きっと楽しくはないと思ったのは大地も同じようだ。
「あ、あそこだ。次右折な」
「ほいほい」
他愛もない話をしている間に、目的地にはあっという間に到着した。
「えっと、体育館は…」
「こっちだ」
「知ってるのか?」
「ん? あぁ、受験で来たから」
「…お前、実は頭良いのか?」
「そんなことないよ。俺なんか全然だ」
いやいや、それじゃ受験ラインにすら届かなかった俺はそれ以下かよ。
――そりゃ、頭は良くないけどさ。
「あれ? ハル?」
「ん?」
大地の案内で歩き始めようとした所でいきなり声をかけられた。
声の方を向くと、そこにはよく知った顔がいた。
「武か,久しぶりだな」
「何だよ,どうしたんだこんな時間にこんな所で」
坊主頭の似合う、いかにもスポーツマンらしい体格と顔つきで,ユニフォームを着ていれば野球部でも通じそうなこいつは山口武。
中学では部活仲間だった男だ。
中学校からバスケ一筋で部活ばかりやっていたイメージがあったが,この学校に入学したということは,意外と勉強も出来るらしい。
「ちょっとここのバスケ部に用があってな」
「そっか。じゃあ一緒に行くか? これから部活で俺も行くし」
「おう。大地も、それで良いか?」
「問題ないぞ」
「…ん? 大地…?」
「あぁ、今年から同じ学校で、バスケ部の仲間だ」
「園部中出身、新巻大地です。ポジションはセンター」
「……あ! もしかして、園部中の新巻鮭?!」
「……?」
「うわ、マジで本物?! おいハル、何で早く言わないんだよ!」
「え? あぁ…?」
何だろう、いきなり武のテンションが上がったぞ。
大地って、そんなに有名人だったのか?
「…?」
「あぁ、ごめん突然。俺はハルと同じ中学で、シューティングガードをやってた山口武。よろしく」
「よろしく。でも、よく俺のあだ名なんて知ってたな」
「知ってるも何も、有名人だよ。確かにこの辺は別の地区だったから知らない奴も多いけど…」
「……何だよ、その目は」
「いや、まさかお前が知らないとは思わなくてな」
「この地区を勝ち抜くのに頭が一杯で、別地区まで見てる余裕なんて無かったよ。それに、県大会にはいなかったような気がするけど…?」
興奮する武を横目に大地に視線を送ると、情けない表情で笑っていた。
「…3年の時は、園部は地区大会で負けたからな……」
「そっか…悪かったな…」
「別に良いさ。もう終わったことだし」
「で、何で武はこいつのことそんなに知ってるんだ?」
「それは…」
勢いよく口を開こうとする武だが、思い出したように時計を見て止まる。
「とにかく移動しながら話す。このままじゃ遅刻しちまう」
ちょっと待ってろよ、と言い残して武は自転車置き場へと走って行ってしまう。
―――体育館に行くのに自転車が必要なのか?
一人で首をひねっていると,武はすぐに戻ってきた。
「おう,お待たせ」
「なぁ,体育館に行くのに自転車使うのか?」
「ん? あ ぁ,バスケ部とバレー部は第二体育館なんだ。で,第二は学校の外にあるって訳」
「なるほどね」
体育館へと向かう道中で、武に大地のことを聞いた俺は驚いた。
何でも、別の地区ではかなり有名な選手だったらしい。
まずはセンターとしての実力。
高い身長とパワーを生かしたゴール下でのプレイは、まるで鮭が川を上るように力強く、生き生きとしていたらしい。
「いや、新巻鮭っていうのはチームメイトが俺の名字からとっただけのあだ名だから」
大地はそう言って笑ったが、そのあだ名に無理やりにでも意味が付き、地区を超えて知られるっていうのは凄いことだ。
また、ドリブルやパスも上手くこなしてチームの連携もとれるらしい。
武のいうことが本当なら、必要に応じてガードのような仕事も出来るセンターということだ。
「大地、お前凄かったんだな」
「いやいや、さすがにガードは出来ないよ。小学校の時はフォワードだったからちょっと突破力があるくらいで」
「それだけでも十分だって」
そんなプレイヤーがいたら、作戦の幅が何通りも広がる。
ポイントガードとしては楽しいことばかりだ。
「俺だって、本当はハルのこと知ってたよ」
「え?」
「実は霧崎中が県の準決勝で戦った相手って、地区大会で園部がやられた学校でさ。その試合も見てたんだよ」
「そうだったんだ…」
「だから、高校で会った時はそりゃびっくりしたんだよ。……まぁ、その後がアレだったからそのびっくりもどっかいっちゃったけどさ」
そんな話をしていると、体育館はすぐに見えてきた。
少し小さめではあるが,外観は綺麗でよく整備されている。
3人で自転車を置き、俺たちは中へと入っていった。