#7 マネージャー初日(1)
「さて…と…」
今日もまた,俺は第二体育館に向かう。
昨日ような迷いはもうない。
その証拠となる秘密兵器を手に,再び体育館の前に立つ。
「おし!」
気合一発,目の前の扉に手をかけ,一息に開ける。
その瞬間,体育館中の時が止まった。
館内にいた全員の驚きと不信の目が一気に向く。
その迫力に少し圧倒されかけるが,負けじと声を張る。
「今日から正式に女子バスケ部マネージャーになりました,木嶋遥斗です。どうぞよろしくお願いします」
俺の声は静まり返っていた体育館に思いのほか大きく響いた。
その反応はまちまちだったが,その中でも顕著な反応を示したのは二人。
額に手を当てて大きなため息をついた平林と,平静を装いながらも全身から怒りのオーラを放っている天王寺先輩だ。
「あ,あなたねぇ……昨日私が言ったこと,もう忘れてしまったのかしら?」
もう俺が来るとは思っていなかったのだろう,驚き半分怒り半分という不思議な表情のまま,苛立ちを隠しながら言う天王寺先輩。
このまま言い合いになったら昨日と同じ結果になる。
先手必勝,俺は手にしていた秘密兵器を早速使うことにした。
「これ,学園長からです」
「えっ?」
訝しげに俺の差し出すファイルを受け取り,中を確認する先輩。
入っていたプリントを上から下まで読み進めるうちに,顔色がみるみる変化していく。
「何よ…これは……」
「学園長からの,正式な依頼書です」
そう,それが俺の持ってきた秘密兵器。
昨日の失敗を繰り返さないために,俺は休み時間を利用して学園長室へと行き事情を説明した。
こんなものを出す以上,もう絶対に途中で止める事は出来ないが良いか,と念を押されたが,返事は決まっていた。
そうして手に入れた依頼書を手に,ここへ来たという訳だ。
「これはもう俺や先輩の力じゃどうすることも出来ませんよ。俺にとっても甚だ不本意ですが,諦めてください」
「…ッ!!」
一瞬だけプリントを握る手に力が入るが,さすがに破く事は出来ないと思ったのか,慌ててプリントを俺につき返す。
「……私はあなたを絶対に認めないから。必ず追い出してあげるわ」
天王寺先輩は恨めしそうにそれだけ言い残して,近くにいた数名の部員に声をかけて練習を再開してしまった。
何とか追い出される事態は回避したものの,このままボケッと練習を眺めていても仕方がない。
さて,どうしたものか。
手持無沙汰に体育館をうろうろしていると,一人の部員が俺のもとへとやってきた。
「あの,すみません」
「はい?」
振り返った先にいたのは,バスケット選手にしては少し小柄な部員。
ジャージの色を見ると,どうやら三年生のようだ。
華奢な体格に背中まである長い髪と,どう贔屓目に見ても強豪校のプレイヤーには見えなかった。
「私,この部のマネージャーをやっています,井上と言います。よろしくお願いします」
「あ,こちらこそ,よろしくお願いします」
俺なんかにマネージャーをやらせるくらいだから,てっきり他には誰もいないのかと思っていた。
マネージャーなら,プレイヤーに見えないのは当然だ。
「早速,木嶋君にやってもらいたいお仕事があるんだけど,良い?」
「はい!」
「ふふっ。良いのよ,そんなに緊張しなくても」
「だ,大丈夫です」
先輩の言葉に思わず声が上ずってしまった。
落ち着け,緊張はしているが,これは嫌な緊張じゃない。
促されるままに先輩の後をついていく。
向かっているのはどうやら入口らしい。外に出る仕事なのだろうか。
「バスケ部のみんな,昨日は新しい人が来たって大騒ぎだったのよ」
「はぁ…」
「まぁ無理もないわよね。男のあなたが突然来て『マネージャーやります!』なんて,冗談以外には考えられなかったもの」
「そう…ですよね……」
改めて言われると,自分でも笑ってしまうような話だ。
もし自分が逆の立場だったらどうだろう……
……あぁ,欲しかったな。女子のマネージャー……
って,違う違う。
男の俺が考えてもダメなんだな。
「さて…と……」
そんなことを考えている間に,ドアはもう目の前。
先輩はドアを開けながら笑顔を浮かべた。
「じゃあ木嶋君の初仕事。今度やる練習試合の相手,楓高校の偵察に行ってきてくださいね」
「はい! ……ん?」
先輩の言葉に疑問を覚えた時にはもう,目の前のドアはぴたりとしまっていた。




