#6 新しい決意
散々な目にあった翌日,昼休みが始まると同時に俺は平林の元へと向かった。
3組の俺に対して,平林は9組。
そりゃ今まで気がつかない訳だよ。
入口近くににいた生徒に声をかけ,呼び出してもらう。
3組の木嶋だけど,と言ったら妙に意味深な顔をされたけど,何かあったのだろうか。
しばらく廊下で待っていると,ムスッとした表情の平林が出てきた。
「よ,久しぶり」
「何の用?」
「いや,ちょっと部活の事で話がしたくて」
「………」
平林は黙ったまま俺を見ている。
こいつはいつもこうだ。中学時代から何も変わってない。
いつも無表情で,あまり感情を表に出さない。
自分から話すタイプでもないので,こちらから話題を振らないと会話も続かない。
そのくせ,合槌もせず,こうやって黙って続きを促すものだから,最初の頃は続きをいつ話せば良いのかさっぱり分からなくて会話を断念したことも多々あった。
「まったく,昨日はびっくりしたよ。まさか平林が同じ学校だったなんてさ。一言くらい言ってくれても良かったのに」
「部活を引退してからはハルとは会ってなかったから」
「まぁ,それもそうか」
でも,平林はただ無口な訳じゃない。
自分が話すタイミングになればちゃんと話してくれるし,よくよく観察していれば表情の変化だってわかる。
慣れるまでに少し時間はかかるが,慣れてしまえばどうってことはない。
――だから9組の男子,そんな不思議そうな顔で教室の中から様子を伺うのをやめろ。
大方この一週間弱の間に撃沈したやつらなのだろうけどさ。
バスケ部なだけあって平林は背が高く,160後半の俺との身長差がほとんどない。
スポーツ選手ならではの余分な肉の無い引き締まった体はスタイル抜群。
切れ長のほんのり吊り上った瞳は理知的な印象を受けるし,実際に頭も良い。
その他のパーツも整っているし,ショートカットに揃えられた髪はいったいどんなシャンプーを使えばそうなるのか分からないほど綺麗なのだ。
――そう,こいつは基本的にモテるのだ。
ただ,見た目で釣られた男子は大抵話しかけて玉砕されるんだよな。
最初はこいつの会話の無さに俺も戸惑ったし。
まぁ,俺の場合は部活も同じでキャプテン同士だったから話さない訳に行かなかったから,無理やり話しかけ続けてここまで来たんだけどな。
と,そんな事を考えていると,珍しく平林の方から話を振ってきた。
「驚いたのは私。なんでいきなりあんな事になったの?」
「いや,話せば長くなるんだけど…」
俺は簡潔に学園長とのやり取りを説明した。
「――と,言うわけなんだ」
「…そう」
「それで、今日会いに来たのはその事。昨日のあいつは誰なんだ?」
俺が一番聞きたかった事。
昨日,出会いがしらに俺を体育館から追い出した張本人の情報だ。
「あの人は天王寺光先輩。3年生で,部活のキャプテンをしてる」
「なるほどね。だから『私の部』ってわけか」
「そう。あなたが来るって知って,先輩は気に入らないってずっと言ってた」
「なるほどなぁ…」
「でも,正直な所,私にも分からない。」
そう言う平林の表情は硬い。
「どうして突然マネージャーに? ハルは生粋のプレイヤーなんだから、愛好会でもクラブチームでも何でも、そっちで続けるべき。」
「それは…」
「…何?」
「いや、何でもない」
言いかけて、やめる。
自分だってまだ悩んでいる部分があることはわかっている。
それでも、今やれることは、これしか見つからないのだ。
「話は、それだけ?」
押し黙った俺を見かねて、平林がため息と共に口を開く。
「あ、あぁ…」
そんな平林に対して、俺はうやむやな返事しかできない。
それでも、平林は呆れ顔で続ける。
「また何かあったら来て。納得はできないけれど,ハルが決めた事なら応援する。私で力になれることなら協力するから」
「ありがとな。高校でも、助けられてばっかりだ」
「別に良い。じゃあ、私はこれで」
「おう。本当に、ありがとうな」
俺の言葉に、平林は薄く笑みを浮かべて教室へと戻っていった。
彼女の背中がドアの奥に消えるのを見届けてから、自分のクラスへと足を向け――
「ち、ちょっと待って!」
「ん?」
――ようとした俺を、呼び止める声。
振り返ると、そこにいたのは、どこかで見覚えのある顔だった。
「えっと……確か、新巻…君?」
仮入部初日からのドタバタでほとんど話せずじまいになってしまっていたが、確か俺と一緒に仮入部していた1年生だ。
「良かった。顔、覚えてくれてたんだ」
「まぁ、たった二人しかいない仮入部仲間だし」
「そっか」
そう言ってニッと笑う新巻。
その快活な笑顔はいかにもスポーツマンという感じで、筋肉質な長身を引き立てている。
「何か色々あって今更になっちゃったけど、俺は新巻大地。改めてよろしく、木嶋君」
「こちらこそ、よろしく。俺は木嶋遥斗、みんなハルって呼ぶから、新巻君もハルで良いよ」
「じゃあ俺も大地で良いよ、ハル」
「ん、了解」
「…」
「……」
少し遅い挨拶を終え、二人の間に一瞬の沈黙。
最初に口を開いたのは、大地だった。
「本当に、いきなりだよな…」
「あぁ…全部が全部、いきなりだ……」
「……あのさ」
「…ん?」
先ほどまでの笑顔から一転、この世の終わりみたいな表情で大地は言う。
「俺たち、バスケ…もうできないのかな……」
「大地…」
俺と学園長の約束は、まだ部のみんなには言っていない。
唯一知っているのはキャプテンだけで、他の部員には何とか適当にごまかしてもらっている。
「昨日は先生に言われてすぐ帰らされたし、今朝もう1回先生に話をしに行ったんだけど、何も言ってくれなかったし……なぁ、ハル。お前はこれからどうする?」
「どうするって…」
目の前の真剣な瞳に、嘘はつけそうにない。
かと言って、ここで大地に全て話しても良いのだろうか。
まだ自分の中でも迷いがある事を、話しても良いのだろうか。
「学園長はああ言ったけどさ、俺今までバスケしかやってこなかった。今更他のスポーツなんてできそうにない。愛好会になったって、俺にはここ以外に行きたい所なんてないんだよ」
「……俺も、一緒だよ」
不思議と、まだ会ったばかりの大地や先輩と同じコートでプレイする未来が頭に浮かぶ。
相手チームのセンターと競り合いながら笑顔で手をあげている大地。キャプテンが別の先輩のスクリーンでマークを振り切り、ボールを呼ぶ。俺は、そんなコートで――
「…あのな、大地」
「ハル?」
「まだ、チャンスはあるぞ」
自然と、言葉が出た。
「昨日学園長と話した。俺が条件を飲めば、男子バスケ部は休部扱い。部員が揃えば部活に戻れる」
まだ出会ったばかりでお互いのことは何も知らない。
それなのにこんな風に思うのは間違っているのかもしれない。
それでも、俺は――
「まだ、諦めんな」
――俺は、まだみんなとバスケがしたい!
「条件は俺が必ず何とかする。だから、大地は部員を集めてくれ。学園長が部活と認めてくれるだけの人数を」
「な、何だかよくわからんけど、分かった。とにかく人数を集めれば良いんだな?」
「あぁ、それ以外の事は絶対俺がなんとかしてみせるから」
みんなと同じコートに立つために、もう迷ってなんていられない。
昼休み終了のチャイムと共に大地と笑顔で別れ、俺はもう一度自分に気合を入れる。
誰に何を言われたって構わない。
俺は、女バスのマネージャーになってやる!