#26 思いがけない穴
天王寺先輩がその後さらに追加点を入れ,これで6対0。
試合開始から約1分,得点差や試合内容で見れば今の所は霧ヶ原の優勢は明らかなはずだ。
「……」
しかし,それにしては今の状況は何かがおかしい。
ちらりと横目で相手ベンチの様子を見る。
相手の楓高校にはベンチを含め全く焦りの色が無いのだ。
もし自分があちらの立場だったら…と考えると,あの落ち着き方は異常だ。
「………」
俺はそこで理解した。
相手チームには何かあるのだ。
この状況を打破できる手がまだ残っている。
このチームを「弱いチーム」だと言い切れるだけの武器をまだ残しているのだ。
「…先生,このまま行くのは――」
危険です,という俺の言葉は突然の歓声にかき消される。
慌ててコートを見ると,相手のディフェンスの形がすっかり変わっていた。
ボールを持っている天王寺先輩に対して4,7,8番がトリプルチームをかけ,残った二人がゴール下を固める。
突然の事に驚き,思わず手を止めてしまった天王寺先輩は,相手に簡単にボールを取られてしまいカウンターで2点を返されてしまう。
すぐに白山先輩がリターンを天王寺先輩に渡すと,先ほどと同じように3人が天王寺先輩を囲む。
「…まさか,これが作戦?」
いやいや,そんな馬鹿な。
俺は目を疑った。
これは,いくらなんでも無茶苦茶な作戦だ。
1人に対して3人がマークにつく,と聞くと聞こえはいいが,裏を返せば残りの2人で4人を見なければならないという事だ。
そんな終了間際の大逆転を狙う賭けのような代物を試合開始数分で使っていいのだろうか。
こちらとしてはチャンスが生まれるだけなので特に不満は無いが,こんな作戦で勝てると思ってしまわれる事には少し残念だ。
「…何にせよ,これで俺の出番はいよいよ無くなったかな」
あくまで俺の役目は天王寺先輩がダメだった時だけだ。
このまま行くようなら,俺の出る幕は無いだろう。
だってそうだろ?
こんなディフェンス,冷静にフリーの味方にパスを出せばすぐに崩壊する。
天王寺先輩ならば,それも簡単に出来るはずだ。
――そう信じていた俺は,次の瞬間に聞こえた笛の音に,すぐに反応出来なかった。
「チャージング! 赤4番!」
審判の言葉に,コート上がシンと静まり返る。
皆の視線は,悔しそうに歯を食いしばって手を上げる天王寺先輩に向けられていた。
「…嘘だろ? 何で……」
「……これが,今の彼女のプレイです」
呆然と呟く俺に,水瀬先生は静かに言う。
「片鱗は,ありました。木下先生が部から去った後,彼女が試合でパスを出すのは決まって3年生でした。パスの出しやすい場所にいるのが先輩だからという理由はもちろんあります。が,たとえ厳しい状況でも彼女は先輩だけにパスを出し続けた。
……この理由が,分かりますか?」
「…チームを,信用していないから?」
「それももちろんあるでしょう。でもそれ以上に,彼女は負けられないんです。特に,自分がゲームを動かしている試合では。また負ければあの時のようになってしまうという強迫観念にも似た思いに掻き立てられ,普段の実力が発揮できないまま試合をしなければならない」
「……それでも,パスを出すくらいは…」
「…あの試合を決定づけたのは自分のパスだ,と非難され続けた彼女は,自分より実力の劣る味方へのパスを反射的に躊躇ってしまうんです」
「そんな…」
バカな,とは言えなかった。
状況は違うが,俺にもその気持ちは痛いほどよく分かったからだ。
天王寺先輩は俺と良く似ている。
中学最後の総体を戦っていた時の,俺に―――




