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ダンマネ!  作者: SR9
第一章 インターハイ編
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#15 明かされる過去(2)

 水瀬先生はぽつぽつと話し始める。


 事の始まりは,今から2年前の春――



『今年は凄い1年が入ってくる』


 その年の春,霧ヶ原バスケ部はその噂で持ち切りだった。

 中学総体で関東大会まで出場した学校,そのスタメンの選手が2人も入ってくるというのだ。

 1人は,恵まれない体格ながらもその小さな体を生かした素早いドリブルと,卓越したゲームメイクでチームを引っ張るポイントガード。

 1人は,攻撃的で力強いドリブルと,ゴール下でセンターにも力負けしないパワーで得点を重ねていくエースフォワード。

 前年度から新しく顧問としてきた木下先生と共に全国大会出場を夢見て少しずつ力をつけてきた霧ヶ原バスケ部にとって,この2人の入部は大きな意味を持っていた。


 そんな誰もが期待をしていた2人がいよいよやってきた。


「天王寺光です。よろしくお願いします」

「白山千夏です。よろしくお願いします」


 2人は予想を超える逸材だった。

 まだ粗削りだが高校生の中に入っても見劣りしない実力。

 その実力に慢心せず常に上を目指す向上心。

 その姿に,同級生だけでなく上級生も感化され,練習の効率・質がどんどん高まっていく。

 木下先生もそんな2人に期待し,特に力を入れて見ていた。

 次第に2人はチームの中心になっていき,そんな2人がスタメンに選ばれるのにそう時間はかからなかった。

 大多数のメンバーはそれに納得していたが,部員の中にはそう思わない者もいた。

 特に,2人のせいでスタメンを外されたガードとフォワードの3年生はあからさまな態度をとっていた。

 しかし,そんな態度も気にせず天王寺と白山は活躍を続けた。

 そしてインターハイ地区予選,県予選を勝ち進み,いよいよ迎えた県予選の準決勝。

 練習中に怒声が響いたのはその前日の事だった。


「ちょっと,いい加減にしなよ!」


 予選を勝ち進みながらも態度の変わらない2人に我慢できなくなったのは,意外にも2人のスタメン起用に納得していない部員の方だった。


「私たちだって,納得してないけどこうやって我慢しているのに,いつまでそんな態度をとるつもりなの? 悔しかったら実力でメンバーになればいいじゃない」


 その場はそれだけで済んだのだが,翌日の準決勝に2人は姿を現さなかった。

 2人のいない中で行われた準決勝も,霧ヶ原は勝利し,ついに決勝への切符を手に入れた――




「強かったんですね。うちの女子バスケ部」


 男子バスケ部が昔強かった事は聞いて知っていたが,女子にもそんな力があったとは知らなかった。


「木下先生は,前任校では全国間近まで行ったチームを育てた人だったからね。彼が来てからこの部活の雰囲気も変わったんだ」

「へぇ~…」


 そんな凄い先生がいたのか。


 ――あれ? でも俺はこの学校に来てからそんな先生に会ってないぞ?


 頭の中で今まで会った先生の顔を思い出していると,それに気づいたのか水瀬先生が笑った。


「そんなに頑張って思い出そうとしなくても大丈夫だよ。……木下先生は,今学校にいないんだ」

「別の学校に行ってしまったんですか?」

「いや……公式には療養中という事になっている」


 『公式には』という言葉が頭につく。

 まるで,裏の事情があると言っているようなものだ。


「事件が起こったのは,決勝戦の前日だった――」




「今から私と1対1で勝負しましょう。明日の決勝は,勝った方がスタメンでどう?」


 練習に遅れてやってきた3年生2人が急にそんな事を言い出した。

 顧問の木下先生は何を馬鹿な事を,と言って止めようとしたが,自分たちが負けるとは微塵も思っていない天王寺たちは迷いなくその提案を受ける。

 2人がこれで納得するならば,と他のチームメイトも賛成し,最終的には木下先生も了承して,1対1が始まった。

 結果は火を見るより明らかだった。

 天王寺たちは先輩を圧倒した。


『あぁ、これで明日の試合は大丈夫だ』


 口に出すものはいなかったが、その場にいたほぼ全員が心の中で安堵しただろう。


「…白山,ちょっと良いか?」


 1対1が終わった後も普通に練習に参加し、いつも通りに帰宅しようとした白山をそっと木下先生が呼び止めた事には,誰も気づかなかった。



「いつも通りにやれば負ける相手じゃない。勝って、次に進むわよ!」

『ハイッ!!』


 ついに始まった決勝。

 天王寺と白山はもちろんスタメンに入っている。

 準決勝には顔を出さなかった先輩2人も、今日はベンチにはいる。

 このメンバーなら勝てる、と全員が思っていた。

 県予選も、決勝リーグも突破して、全国へ――


 誰もが、そんな夢を見ていた。



「…千夏?」


 コート上で天王寺が異変を感じたのは、前半終了の少し前。

 いつもより、若干だが白山の反応が鈍い。

 ドリブルのキレ、シュートの精度も微妙だ。

 あの白山がスタミナ切れだとは思えない。

 なら、何が…?

 一瞬アイコンタクトを送ってみるも、気にするな、大丈夫、といった表情で返してくる。

 別に負けている訳ではないし、千夏がそういうのなら大丈夫だろう、と、天王寺は気にせずにプレーを続けた。

 だが、インターバルを挟んで始まった後半戦で、事件は起こる。


「千夏ッ?!」


 リバウンドに跳んだ白山と相手のセンターが接触し着地時に転倒。

 それだけならよくあることだが、白山はゴール下でうずくまったまま立ち上がらない。

 いや、懸命に立ち上がろうとしているが、立ち上がれない。

 右の足に体重をかけることができないのだ。

 嫌な汗がチーム全員の頬を伝う。

 すぐに試合は中断され、白山は医務室へ直行。

 白山の代わりにコートに入るのは昨日1対1で負けた3年生。

 

「       」

「ッ?!」


 コートに入りながらうすら笑いを浮かべてぼそりと呟いたその言葉を、天王寺は愕然と聞いた。

 混乱する頭を必死に落ち着かせながらゲームを再開するも、一度崩れてしまった歯車を元に戻すのは難しい。

 ほどなくして相手チームに逆転を許し、天王寺も交代。

 代わりに入った先輩は、先ほどの先輩と同じ表情で、同じ言葉を彼女の耳に残してコートへと入っていく。


「ざまあみろ」


 ベンチで呆然と試合を見ながら、天王寺は全てを理解し,ぎりっと歯を食いしばった。

 昨日の1対1の意味も、今日の白山のコンディションの意味も、全てを理解してしまった。


『私たちは、あの先輩たちにはめられたのだ』


 愕然とコートを睨みつける天王寺の前で、試合終了のホイッスルが響く。



 そこで、霧ヶ原高校の大会は幕を閉じた――

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