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ダンマネ!  作者: SR9
第一章 インターハイ編
147/148

#141 試合を終えて


『ありがとうございました!』


 整列を終え,選手たちが戻って来る。

 その中で,天王寺先輩だけは,上月さんと少し話をしていた。


「まさか,最後のアレに触られるとは思わなかったわ」

「私もよ。正直な所,触れるとは思わなかった。反応が遅れた分,助走をつけられたのが良かったわ」

「……この私に勝ったんだから,もう負けちゃダメよ」

「もちろんよ。そもそも,この大会で注意していたのは霧ヶ原だけだもの」

「違うわ。この先も,ずっとってこと。次に私が倒すまで,誰にも負けちゃダメだからね」

「…分かった。頂上で,待ってる」


 最後は2人でがっちりと握手をしてお互いのチームに合流する。

 勝利に沸く桜高校と,敗北に肩を落とす霧ヶ原高校に。



「とりあえずフロアを出ましょう。すぐに次のチームが入ってくるわ」


 1番辛いはずなのに,それをおくびにも出さずに天王寺先輩が指示を出す。

 それに従い,俺たちは静かにフロアを後にした。



 廊下に出ても,誰も,何も話せない。

 きっと,声を出したら涙が抑えられなくなる事が分かっているのだ。


「――やれやれ,ここはどこかの葬式会場か?」


 そんな俺たちを階段前で待っていてくれたのは,松葉杖をついた白山先輩だった。


「千夏…」

「ちゃんと観てたよ。最後のあれは,追いついた雫を褒めるしかないだろう。負けはしたが,次につながる,最高の試合だった」


 努めて明るくい声を出すそうとする白山先輩だが,その声は震えている。

 最後まで自分がコートに立てていれば,その気持ちを思うと,誰よりも責任を感じているのは白山先輩なのかもしれない。


「ごめんなさい,千夏。絶対勝ってやろうって,あなたに,勝利を,って……」

「…良いさ,またこれから頑張ろう,光」

「ッ……!!」


 白山先輩の言葉に,天王寺先輩のずっと我慢していた思いが溢れだす。

 胸に飛び込んで来た天王寺先輩を優しく受け止めた白山先輩の瞳からも,大粒の涙が流れ出す。

 それを皮切りに,他のメンバーも次々と嗚咽を漏らし,タオルで顔を覆う。



「――ごめんね,もう大丈夫」


 どのくらいそうしていただろうか,ようやく天王寺先輩が白山先輩から離れた。

 そして,改めて俺たちに向き直った時には,もういつもの先輩に戻っていた。


「今日の試合,みんなも色々と考える所はあるでしょう。負けた事実は変わらないけれど,実りある負けだったと私は思う。今の思いを忘れずに,次に繋ぎましょう」

『はい!』


 既にかなり高いレベルのチームではあるが,それでも勝つためにはまだまだやる事はたくさんある

 それに気付く事が出来れば,このチームは更に伸びるだろう。

 そうすれば,いつかは,もう1つ上のステージで戦うことだって夢物語ではない。

 十分可能性のある目標だ。


 でも,今のままではダメだ。

 最後のピースが埋まらないと,このチームは――



「…お疲れ様。天王寺さん,白山さん」


 ふいに,階段の上から声がかかる。

 見上げれば,申し訳なさそうな表情を浮かべた木下先生がそこにいた。


「木下,先生…」

「今日の試合,とても良かったよ。結果は残念だったけれど,見ている人の心を動かすような試合だった」

「先生…」


 木下先生を見て,また泣きそうになる2人だったが,それでもグッと我慢する。

 今また出会えた先生の言葉を逃さず聞くために。

 先生の話が終わった時,ちゃんと自分たちの言葉を伝えるために。


 けれど,その表情は思いがけない先生の言葉で崩れ去った。



「…2年前,君たちから逃げた私に,もうこんな事を言う資格はないとずっと思っていた。でも,今日の試合を見て心を決めたよ。僕は,もう1度君たちの力になりたい。もうこんな思いはさせないと約束する。だから,また一緒に練習させてくれないか?」

「先生,遅いよ……」


 せっかく止まった涙が,また溢れ出す。

 でも,今回の涙は先ほどの物とは全くの別物。

 これまでの全てを洗い流してくれる,優しい涙だ。



 これでやっと木下先生という最後のピースも埋まった。

 チームが壊れてから2年。

随分長い時間がかかってしまったが,このチームはもう大丈夫だ。



「……あれ?」


 そう安心した途端,胸の奥がズキリと痛み,涙が出てきた。



 ――あれ,おかしいな。

 ――嬉しいはずなのに,どうして俺は泣いているんだろう。


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