#140 決着
白山先輩のシュート後の試合再開なので,桜高校のボールから。
もちろんこちらは変わらずオールコートでプレッシャーをかけていく。
白山先輩不在は戦力的に見れば大きな痛手だが,逆に個人の気持ちの面では今まで以上に高まっている。
そして,こういうギリギリの戦いでは,気持ちの強さはゲームの勝敗に少なからず影響してくるのだ。
「――ナイスカット!」
何度目かのパスを文香がカット。
しかし,スリーポイントラインからは遠く,とてもすぐには打てない。
残り時間は,20秒。
24秒のシュートクロックとほぼ同じ秒数が残っている今なら,もう1度天王寺先輩に戻して,改めて攻めた方が確率は高いだろう。
「先輩!」
文香もそう思ったのだろう,ディフェンスの合間を見つけて天王寺先輩へのパスを通す。
ここからは,もちろんどこかで大久保先輩か文香のスリーを狙っていく。
でも,そんな事は相手だってお見通し,2人にパスが行かないよう,徹底的に張り付かれる。
上手くパスが出せないまま,10秒。
そこで天王寺先輩が動く。
パスを出した先は,神崎先輩。
残り時間を考えれば,この状況で無理に打つ3点よりも,確実な2点か。
とにかくシュートさえ入れば延長戦に持ち込めるし,この流れなら延長戦になっても勝てると方向転換したのだろう。
それに,神崎先輩についているのは池田さん(5番)。
さっきの白山先輩の事故が少しでもフラッシュバックすれば,強く当たってこられなくなる場合だってある。
「決めて!」
天王寺先輩の言葉で,神崎先輩がゴール下に攻める。
立ちふさがるのは,池田さんただ1人。
神崎先輩もドリブル突破はそう得意な方ではないが,ここは頑張ってもらうしかない。
「ッ!?」
飛び込んで来た先輩に対し,やはり池田さんは少しだけ動きが硬くなっている。
これなら,行ける――
「えッ――?!」
先輩がシュートに跳ぼうと足に力を込めた瞬間,踏み込んだ足がするりと滑る。
――奇しくもゴール下のそこは,ついさっき白山先輩が倒れていた場所だった――
結果,神崎先輩は体勢を崩した中途半端なジャンプしか出来ない。
ここからがむしゃらに打っても入る可能性は低い。
かといって,何もせずに着地してしまったらトラベリングで相手ボール。
偶然の事故に,俺を含めた会場にいる全員の視線は神崎先輩の動きにくぎ付けになっていた。
そんな中で先輩は,シュート体勢に持って行っていたボールを,もう一度下げた。
このままシュートに行くのなら,ボールを下げる必要はないはず。
誰の目から見ても不可思議なこの行動の理由は,しかし,すぐに分かる事になった。
「陰山,先輩…!」
神崎先輩がボールを下げた位置に飛び込んで来たのは,陰山先輩。
すぐさまボールを受け取り,自らシュートを狙う。
残り時間は,5秒。
「美鈴さん!!」
そこで先輩の動きを遮ったのは,天王寺先輩の声。
陰山先輩はその声に反応して,躊躇い無く声の方向を振り返りもせずにボールを投げた。
相手の意表をついたノールックパス。
放たれたボールの先には,スリーポイントラインで待ち構えている天王寺先輩の姿があった。
残り,3秒。
ボールを受け取った先輩はすぐさまシュートモーションに入る。
目の前には,誰もいない。
2秒。
「――させないッ!!」
一瞬遅れて上月さんがブロックに飛びつくが,すでに天王寺先輩の手からボールは離れた後。
ブロックが,間に合ったとは,思えない。
1秒―――
綺麗な放物線を描いて飛んでいくボールを見た俺は,勝利を確信して拳を握る。
――この時,俺の角度からは見えなかった。
大きく目を見開き,悔しそうに唇を噛む天王寺先輩の表情が――
放たれたボールは,試合終了の笛の音と共にリングにぶつかる。
そのまま大きく跳ね上がったボールは,最後までネットを揺らす事無く,コートへと落ちて行った。