幕間 届いた言葉
――点差が,縮まらない。
それどころか,せっかく9点まで追い上げたのに,いつのまにか13点まで開いしまった。
このままじゃ,ダメだ。
そうは思うが,これ以上どうしていいのか分からない。
私は本気で戦っているのに,個人技術も,チームとしての結束も雫はその全てにおいて一歩上を行っている。
ここまでは互角だったはずなのに,最後の最後で大きく差をつけられてしまった。
でも,諦めたくはない。
まだ時間は残っている。
最後まで必死に食らいついてみせる。
そう,心の中では思っているはずなのに,どこかで別の私が囁く。
もう諦めた方が良いんじゃないか,と。
これ以上やったって,無意味に疲れるだけじゃないか,と。
確かにもう足もパンパンだし,息も苦しい。
ここで私が少しくらい手を抜いたって,結果は変わらないのならそれも良いんじゃないかと。
そんな弱い私が頭の中でどんどん大きくなっていく。
でも,負けない。
私はキャプテンだ,みんなをまとめなきゃいけない。
いつでもみんなの事を考えて,私がやらなきゃ――
「――頑張れ! 霧ヶ原高校!!」
「……えッ?」
突然聞こえたその言葉に,私の頭の中でごちゃごちゃと回っていた考えがスッと消えた。
目の前の相手に集中しなければいけないのに,思わず目は声の主を探してしまう。
かつて聞きなれた声の主を。
辛い時にいつもそばにいた,自分を元気づけてくれた声の主を。
「光君! 千夏君! まだ諦めちゃダメだ!!」
「先…生……」
そして,見つけた。
絶対にここには来てくれないと思っていたのに。
あんなにひどい事をしてしまった私たちには,もう会ってくれないと思っていたのに。
「先生……」
先生は,観客席の一番前で,必死に声を出してくれていた。
私たちに向けて,私たちの為に。
「木下先生―――」
いつも私たちの事を考えてくれていた先生が,あの頃と変わらない姿で,そこにいた。
「――千夏!!」
「――あぁ! 私にも見えたぞ,光!!」
その瞬間,目の前がパッと明るくなった気がした。
もうほとんど勝負が決まっているのというのに,会場に一際大きな声が響く。
霧ヶ原頑張れ,諦めるな,と。
でも,残り時間は3分を切って,点差は13点。
どうみても,私たちの勝ちだ。
目の前でボールを持っている光だって,今もまだ攻め手を決めきれずに迷っている。
このまま相手に時間を使わせ,こちらのペースに持っていく。
それで,決まりだ。
「――千夏!!」
なのに,なぜかその声を聞いた光が,チラリと視線を声のする方に向けた光が,泣き笑いのような表情で,嬉しそうに叫んだのだ。
そして,その声に反応するようにゴール下の千夏も大きな声で応える。
――その瞬間,私の背筋を,ぞっとする何かが這い上がってきた。
光と千夏の雰囲気ががらりと変わったのが分かる。
この感覚は,中学時代に感じたものと同様のプレッシャー。
ずっと私の前を走っていた,何とか追いついてやろうと必死だったあの頃と。
残り時間約2分半で,点差は13点。
ここからが,本当の勝負なのかもしれない――