#128 第2クォーター開始
第2クォーター開始の笛が鳴り,こちらのスローインから試合が始まる。
こちらの予想通り,相手は10番を下げ8番がコートに出てきた。
その為,全体的にポジションが少しずれた。
こちらの攻撃の場合はトップ位置にいる天王寺先輩に4番,左右に展開する火野先輩と大久保先輩にはそれぞれ6番と7番,ゴール下の白山先輩と神崎先輩には5番と8番がつく。
文香が大久保先輩に代わったという点はあるが,これでようやく試合前に想定していた形になってくれたという訳だ。
「さぁ,1本じっくり確実に決めていくわよ!」
そんな先輩の言葉通り,最初の攻撃は24秒いっぱいに使った堅実なパス回しからのシュートで得点。
続く相手の攻撃。
トップ位置の4番に天王寺先輩,長距離シューターの6番に大久保先輩,フォワードの7番と8番にそれぞれ火野先輩と神崎先輩,ゴール下の5番に白山先輩という布陣。
ちょくちょくマークが変わる6番は少しやり難そうな雰囲気を出しているが,それでも最初のパスを受けるのは彼女だ。
どれだけ彼女を止められるかというのが,この試合の最重要課題なのかもしれない。
「ねぇ,大丈夫なの? 大久保先輩」
「ん?」
そんな状況を見て,不安そうな声を漏らしたのは風花だ。
確かに風花はずっと天王寺先輩にしごかれてきたから,あまり周りの先輩の事は見ていなかったかもしれない。
練習でも特に目立つ人でもないし,それはそれで仕方がないのかもしれない。
「…大丈夫。大久保先輩は,このチームの誰よりもやり難い相手。シューターがされて嫌な事,全部知ってる」
「へ~…」
俺より先に風花に答えたのは文香だ。
確かに練習で一番戦っているのは文香だろうし,それだけ相手の事も分かるのだろう。
そう言っている間にも,大久保先輩は見事なディフェンスで6番にシュートを打たせていない。
それどころか,次につながるようなパスも簡単に出させはしない。
「佳織,1度戻して!」
「はい!」
結局それ以上はどうする事も出来ず,ボールは再び4番へと戻る。
次のパスは逆サイドの7番から,間髪入れずすぐに8番へ。
待っていましたとばかりに神崎先輩を抜きに来るが,先輩もそう簡単には抜かれない。
だが,技術はあちらの方が上なのか,数回のフェイントを織り交ぜられた攻めに先輩は突破を許してしまい,白山先輩のカバーも空しくそのままシュートを決められてしまう。
「気にするな。取り返せば良い」
「はい!」
普段はゴール下に近い所にいるし,先程の6番はドリブル突破を多用してこなかった事もあってか,神崎先輩がドリブルであんな綺麗に抜かれた所は初めて見たような気がする。
白山先輩に声をかけられながら戻るその背中は,悔しさで溢れていた。
「美空さん!」
「はい!」
その気持ちの表れなのか,続く攻撃のチャンスでボールを受け取った神崎先輩は,目の前の8番の裏をかくミドルシュートを意地で決め,点差を戻す。
「次も私によこせ雫!」
「分かってるわ! やられたらやり返す!!」
かと思うと,またすぐに8番が神崎先輩を躱してシュートを決める。
「先輩!」
「えぇ! こっちだって負けてないわ!」
そして,またすぐに神崎先輩もシュートを決める。
そんな2人の意地の張り合いがしばらく続く。
トップの2人も,まるでそれを応援しているかのようにパスを集めていた。
…でも,こんな展開はそう長く続かない。
天王寺先輩も相手の4番も,同じようにパスを集めながらも,どこで動くべきかを計っている。
ここで2人を消耗させすぎる訳にはいかないのだから,2人の勢いを止めないように,どこかで別の攻撃にシフトするタイミングを。
「…忍!」
先に動いたのは相手だった。
8番に投げるのとほとんど変わらないモーションで,その手前にいる7番へパス。
もちろん火野先輩だって油断していた訳ではないのだが,今までと同じ流れで投げられたボールに思わず反応が遅れた。
その上ボールを手にしてからの7番の動きは素晴らしく,忍者と言われるのも思わず納得してしまうスピードを持ってあっという間にシュートを決めた。
「す,すみません!」
ドンマイ,と声をかけながらも天王寺先輩は唇を噛む。
でも,その表情は抜かれた火野先輩に対してじゃない。先手を取られた自分に対しての物だろう。
どんな場合でも,こういうのは後手に回った方が不利になるというのを知っているのだ。
「きっちり返すわよ!」
それまでの流れが切れたこの攻撃,どこを起点に攻めていくのかはとても重要になってくる。
今やられたような奇襲はもう出来ない。
全員がきっちり構えているこの状況で,どこから相手を崩すか…
「…任せたわよ!」
ここで王寺先輩が選んだのは,第2クォーターから出て,まだ1度も攻撃に参加していない大久保先輩。
確かに,ずっと出ている他のメンバーよりは対策もなく攻めやすいのかもしれない。
それに,彼女の武器は……
「全く,無茶を言ってくれるんだから…!」
「ッ?!」
ボールを貰ってすぐに大久保先輩が動く。
先輩がいるのはスリーポイントラインよりも1歩分外の位置。
この位置で貰ってもシュートはないと踏んだのだろう,6番がドリブルを意識してほんの少し下がったのが間違いだ。
先輩の手から放たれたシュートは,寸分の狂いなくリングの中心を打ち抜いた。