#121 木下先生との再会(3)
「すみません,突然押しかけてきて」
「いや,学園長からも話があってね。そろそろ来る頃じゃないかと思っていたよ」
練習の合間を見て先生と話をする。
最初は,また逃げられたらどうしようとか色々と心配していたのだが,学園長の根回しもあったようで,実際に話し始めると何とも普通に会話が続いた。
まず話したのは俺が入ってからの女子バスケ部の変化と,県大会に向けての不安要素。
そんな俺の言葉にしっかりと耳を傾けてくれる木下先生を見ていると,みんなから信頼されているのがよく分かる。
高校になると,要領を得ない部分も多い生徒の話をきちんと聞いてくれる先生は意外と少なくなる。
そういう先生の多くは話半分でこちらの言い分を聞き,結局最後は自論を押し付けてくるだけなのであまり好感は持てないのだが,木下先生は違った。
まだ数分しか話していないのにも関わらず,こちらに対し親身に接してくれていると分かるくらいで,きっといつも生徒を第一に考えているのだろう。
「そうか,天王寺さんが…」
先生の真意はまだ見えないが,俺の話を聞き終えて呟いた言葉にはどこか迷いのような物を感じる。
前に学校で会った時にははっきりとした拒絶しかなかった事を考えると,先生もあれから色々と考えてくれていたのかもしれない。
「先輩は,必死に前を向いて進んでいます。だから先生も,部活の為に,何より先輩の為に戻ってきてくれませんか?」
ここで押せば折れてくれるかもしれないと淡い期待を持ってみたが,先生は残念そうに首を横に振った。
「…それでも,今の私では彼女たちの力にはなれないよ。弱い人間だと笑ってくれて構わないが,私はもうあそこに戻る事は出来そうにないんだ…」
そう言ってポツリポツリと話してくれたのは,先生が学校から出ていく直前の出来事。
顧問をしている部活の女子生徒に手を出した先生として,日に日に増えていく自分を奇異の目で見る生徒。
それが終わったと思えば,今度は「一部の生徒を特別扱いするな」と鳴り止まない保護者からの講義の電話。
水瀬先生や学園長の話を聞いて,なんとなくは分かっていた事だが,実際に木下先生本人から聞く話はまるで別物だった。
先生は自分を「弱い人間だ」なんて言っていたが,そこまでやられたら誰だって辞めたくもなるだろう。
「……もしまたアレが繰り返されるような事になれば,もう耐えられない。だから,私は学校には戻れない」
「…先生……」
それどころか,先生は本当に強い人だ。
もし今の言葉通り,自分が耐えられないと思っているのなら,いくら小学生といえども子どもと関わるのも嫌なはず。
でも,こうして小学生に慕われながらバスケを教えているという事は,先生が本当に気にしているのは恐らく自分の事ではない。
きっと,かつて大きな問題を起こした自分が戻った時,学校が,学園長が周囲からどういう目で見られるのかを気にしているのだ。
「……でも,俺は諦めませんよ。天王寺先輩たちにとって一番良いのは,先生が戻って来る事だっていう考えは間違ってないと思っていますから」
そう言い切った俺に苦笑しつつ,木下先生は肩をすくめた。
そんな先生に「また来ます」と頭を下げて,俺は小学校を後にする。
実際に話してみると,今までのイメージとはまた違う先生の姿が見えてくる。
そしてそれは,俺の気持ちをより強くするのには十分過ぎる物だった。
県大会まで残り2週間弱。
まだまだやれる事はあるはずだ。