#114 『天才』への挑戦
タイムアウト明け、天王寺先輩の代わりに入ってきたのが風花だと分かった相手チームの表情が明らかに変わる。
練習試合の時の風花はまだフォワードで、文香とは違って試合ではほとんど活躍していないからだ。
昨日の試合を見ていたかどうかは分からないが、明らかに天王寺先輩よりも格下だと思われているのだろう。
でも、今はそれが好都合。
そうして出来た隙はそのままこちらのチャンスに変わる。
「…初めて見る顔ですね。でも光さんの代わりだという事は、こうなる事も分かっていたと判断しますよ」
「……えぇ、望む所よ」
風花に代わった事で相手のディフェンスの形も少しは変わってくれると嬉しかったのだが、そう上手くはいかないらしい。
さすがにダブルチームで押さえられはしないが、風花には上月さんがぴったりと張り付いてきた。
「先輩!」
「おう!」
そんな相手に対してのこちらの作戦は、とにかく細かいパスを回す事。
恐らく風花のドリブルでは彼女にはとても敵わない。
だから、風花にはパス回しに専念してもらい、他のメンバーがチャンスを見つけて得点を決める作戦をとった。
風花の負担を減らし、かつ上月さんにカットされないための選択だ。
それが功を奏したのか、まずは火野先輩のシュートが危なげなく決まり、点差は再び10点に開く。
「…問題は、ここからだ………」
そう、こちらのシュートが決まるのは先ほどまでと変わらない。
本当の問題は、風花がどれだけ上月さんの攻撃を止められるかにかかっている。
「集中しろ風花!」
「はい!」
後ろでカバーをする白山先輩からの声に威勢よく返事をする風花。
ここでの攻防がそのまま勝敗に関わってくるのは明白。
だから風花、奇跡を起こしてくれ――
「――大丈夫に、決まっているじゃない。あの子は、誰が育てと思っているの…?」
「えッ…?」
コートに集中しなければいけないのに、隣から聞こえてきた微かな声に思わず顔を向けてしまった。
そこにいるのは、苦しそうな表情を浮かべながらもどこか嬉しそうな天王寺先輩。
その視線の先にいたのは――
「――ッ?!」
きっとその場にいる全員がその光景を信じられなかっただろう。
本当に、時が止まったかのような錯覚すら覚える静寂がコートを包んでいた。
その中で動いていたのはたった2人。
小さくガッツポーズをする天王寺先輩と、そして――
「――カウンターだ!!」
上月さんのドリブルを見極め、その手からボールを奪った風花だけだ。