#10 ゲーム(1)
声をあげた人物は、コートから出て俺たちの前に来ると、もう一度口を開いた。
「俺はキャプテンで3年の柏木。そこに座っているだけじゃ退屈だろうし、少しの間でも一緒にやらないか?」
キャプテンと名乗った人物の突然の申し出に混乱する俺と大地。
そんな俺たちを知ってか知らずか、柏木先輩はどんどん話を進めてしまう。
「ちょうど今3対3が終わって、次は5対5をやろうと思っていたんだ。君たちはそこから入れば良い。なに、気にすることはないさ。今は顧問の先生もいないし、ばれなきゃオッケーだよ」
「は、はぁ…」
柔和な笑みを浮かべる柏木先輩は,さすがキャプテンというべきか,初対面なのにとても感じの良い印象を受ける。
でも、この先輩はこれが全てではないような気がする。
その笑顔の下で、何かを探っているような嫌な感じがする。
俺がどうするか迷っていると、大地はすぐに答えた。
「いえ、お気持ちは嬉しいですが、練習の邪魔をする訳にはいきませんので。ちょうど今帰ろうとしていた所ですし、今日はこれで失礼します」
きっぱりと言い切り、踵を返す大地。
そんな大地に驚きながらも、俺も大地の後を追う。
「し、失礼します」
「――実は僕のポジションも君と同じポイントガードでね、ぜひとも天才と謳われた君の実力を見せて欲しいんだが」
「………」
柏木先輩の言葉に俺の足がぴたりと止まる。
頭の中で警戒信号が鳴っている。
このまま話していてはダメだ、すぐに大地と一緒に帰るんだ。
それなのに、俺の口は勝手に動いた。
「きっと人違いですよ。俺はそんなに言ってもらえるような選手じゃないんで」
「そう謙遜するなよ。あんな弱小メンバーであそこまで勝ち上がってこれたんだ。十分な才能じゃないか」
「………」
表情一つ変えずに続ける先輩に、最初に感じた嫌な空気の正体が分かったような気がした。
この先輩は、初めから俺を知っていたのだ。
知っていて、俺を挑発してきたのだ。
自分が絶対的に優位にあると知りながらこんな話をして、俺も昔のチームメイトも馬鹿にしている。
「あの弱小メンバー」の中には、今は自分のチームメイトであるはずの武も含まれているはずなのに。
だからやめておけばよかったのだ。
すぐに帰ればこんなに不愉快な会話はしなくてすんだのだ。
「…俺は別に、あのチームが弱かったなんて思っていません。みんなの力があったから俺も頑張れた。その結果が何であれ、不満はありませんから。今日は練習を見学させてもらってありがとうございました。そろそろ学校に戻ります」
「まぁまぁ、そう言わずに」
早口でそれだけ言って今度こそ立ち去ろうとした俺を、先輩はまだ引き止める。
「一緒にやろうよバスケ。どれくらいのレベルがあれば、霧ヶ原なんて落ちぶれた弱小チームを全国に連れて行こうなんて考えられるのか見せてくれよ」
「―――ッ!?」
我慢できたのはそこまでだった。
昔のチームだけじゃなく、今のチームまでコケにされ黙っていられる俺じゃない。
「分か――」
「良いですよ、やりましょう先輩」
俺が返事をする前に後ろから返事がきた。
大地も俺と同じだ。
仲間を馬鹿にされて平静でいられる訳ない。
「そうこなくちゃ…」
挑発に乗った俺たちを見て、先輩の目が薄く笑う。
この人の実力は未知数だが、やれるだけやってやる。
「残りの3人はこちらで用意しよう。君たちはアップでも始めていてくれ」
そう言って先輩はコートに戻り,近くにいる部員に声をかけ始めた。
残された俺たちは、しばらく押し黙っていたが、ややあって大地がゆっくりと口を開いた。
「悪かったな、勝手に返事して」
「良いよ。俺の方こそ、すぐに帰れば良かったんだ」
「……でも」
「……まぁ」
顔を見合わせた俺たちの顔は笑顔だ。
だってそうだろ?
結果はどうあれ、理由はどうあれ、久しぶりのバスケなんだ。
『いっちょ、暴れてやりますか』
俺たちが柔軟をしていると、数人の部員を引き連れて柏木先輩が戻ってきた。
「お待たせしたね。メンバーを集めてきたよ」
この学校はジャージの色で学年が分かれているらしく、柏木先輩が3年で青、武が1年で赤なので、緑は2年生か。
「実力も考慮して,チーム分けはもうしてあるから。作戦会議も含めて、10分後にゲーム開始でどうかな?」
「わかりました」
「じゃあ、楽しみにしてるよ」
そう言うと、先輩は部員の半分を引き連れて行く。
となると、ここに残った3人が俺のチームメイトということか。
その中には武の姿もある。
ここに俺と大地を加えて5人。
そうすると、チーム構成は俺と大地を含めた1年生が4人と、3年生が1人。
ずいぶんと偏ってないかこれ。
「じゃあとりあえず自己紹介から。僕は霧ヶ原高校1年の木嶋遥斗です。中学時代はガードやってました」
「同じく霧ヶ原高校1年、新巻大地です。中学時代はセンターでした」
「みなさん知っていると思いますが、楓高校1年の山口武です。中学時代はフォワードやってました」
と、ここまでは全員知り合い。
肝心なのは、後の二人なのだが…
「よ,よろしくお願いします。楓高校1年の佐藤健太です。中学時代は卓球部で、バスケットは高校から始めました」
楓の1年生は初心者でしたか。
まぁ、バッシュじゃなくて体育館シューズを履いている時点でそうじゃないかとは思っていたけど。
「楓高校3年の吉田慎吾です。俺もバスケは高校からで、ポジションは……一応フォワード、かな」
最後の3年生は、身長のあるメガネ君。
真面目で温和そうな印象で,プレイヤーというよりもマネージャーの方がしっくりくるぐらいだ。
ポジションが決まってないあたり、補欠の人なのだろうか。
「まずは適当にシュートでもしながら今日の調子を確かめましょうか」
各自適当に散らばり、シュートを始める。
「……」
初心者の1年生は予想通り、ほとんどシュートは入らない。
――と、思ったら3年生もそう確率が高くなかった。
ちらりと先輩の方を見ると、軽快にパスを捌くガードの柏木先輩に対してフォワード2人にセンター1人、そしておそらく残る1人はシューターだろう。
そんな俺に武が耳打ちしてきた。
「おいハル、あれ全員スタメンだよ…」
「……なるほどね」
どこまでも俺をコケにしたいらしい。
全くいい根性してるよ。
他の部員もこんなので満足なのか、とギャラリーに目をやると、全員ニヤついてこちらの様子を観察している。
キャプテンを中心によくまとまっている、こりゃ良いチームだよ全く。
「……武」
「ん?」
「勝てると思うか?」
俺の質問に、武は肩をすくめる。
「ま、普通じゃ勝てないよな」
「…だよな」
でも、と同時に二人でにやりと笑う。
「こんな状況、中学じゃ当たり前だったな」
「あぁ、そこで勝ってこその霧崎バスケ部だ」
2人で満面の笑みをつくりみんなを呼ぶ。
ここからは作戦会議だ。
俺は最初に何と声をかけるか少し迷い、結局いつも通りに口を開いた。
――さぁ、勝ちに行きましょう!