#103 準決勝
「さぁ,今日も勝つわよ!」
『はい!』
大会最終日である今日は、昨日までとは違うもっと大きな会場で、午前中に準決勝を2つと,午後に3位決定戦と決勝の4試合が行われる。
地区予選から県予選に進める学校は推薦枠が1校と,地区予選の上位3校の計4校。
つまり,午前中の準決勝で勝つか,万が一負けてしまっても午後の3位決定戦に勝てば県予選には進めるという事だ。
まぁ準決勝で負ける気など微塵も無いし,それは目の前のみんなだって同じはずだ。
全部勝って,県大会に行く。
そして,もちろん県大会だって優勝して,その先の全国大会まで行くのだ。
「それでは,準決勝第1試合。霧ヶ原高校対柊高校の試合を始めます」
『よろしくお願いします!』
号令の後,センターサークルに入るのは白山先輩。
相手のセンターも大柄だが,ただ大きいだけの相手に先輩が負ける姿は想像できない。
「よし!」
予想通り,楽々と相手の上を取った先輩がボールを弾き,まっすぐ天王寺先輩の元へ。
それを見た柊高校の選手もすぐにディフェンスへと戻る。
柊高校は2-1-2のゾーンディフェンスで,昨日の柳高校ほど極端なディフェンスを敷いてはいないが,トップの2人が天王寺先輩をチェックしつつ周りを固めるという動きは変わらない。
昨日の試合を受け,天王寺先輩相手にはこれで対応出来ると踏んでいるのだろう。
――だが,今日の先輩はもう昨日とは違う。
思い出すのは、試合前のウォームアップでのやり取り。
『先輩、昨日は先輩の事も考えないであんな風に言ってすみませんでした』
『別に良いわよ。あなたに言われた事も一理あるし、私も反省する所が無かった訳じゃないから』
『先輩…』
『でも、もう安心して。今日の準決勝からは私も全力で行くわ』
『はい! よろしくお願いします!』
「文香ちゃん!」
「えッ?!」
天王寺先輩のチェックに来ようとする相手ディフェンスを嘲笑うように文香へパス。
そのパスを受け取った文香がすぐに危なげなくスリーを決める。
「ナイスシュート!」
シュートを決めた文香とハイタッチをする天王寺先輩を見て、柊の選手は戸惑いの表情を浮かべている。
今までの天王寺先輩を知っていればそんな反応になってしまうのも分かるが、それに影響されたのかオフェンスもどこか散漫で穴だらけになってしまっている。
「さぁ、1本止めるわよ!」
そんなオフェンスで得点が入れられるほど、今の霧ヶ原は甘くない。
不用意なパスを確実にカットし、すぐに攻守交代。
一応まだ柊のディフェンスの形は変わらないが、これで良いのかという迷いがベンチからでも見て取れる。
トップの2人は変わらず天王寺先輩をチェックに。
だが、本来であればゴール下への侵入を防ぐ立場であるはずの真ん中の1人が、先ほどのシュートを警戒したのか自分の持ち場を離れて文香のチェックに行く。
しかし、そこに空いた穴を見逃す天王寺先輩ではない。
鮮やかな動きで相手を躱す先輩から、今度はフリーになっている逆サイドの火野先輩へとボールが渡る。
「よっしゃ!」
火野先輩は迷わず空いたスペースにドライブイン。
慌ててゴール下にいた1人がカバーに入り先輩を止めようとするが、そうすると今度は残った1人が白山先輩と神崎先輩の2人を押さえないといけなくなる。
そのミスマッチを狙わない手はもちろん無い。
火野先輩から神崎先輩、そして白山先輩へと流れるようにパスが回り、シュートが決まる。
「ナイスパス!」
「ナイスシュート!」
「…こっちも1本、決めるわよ!」
『はい!』
笑顔で声を掛け合うチームを見て、柊の方もようやくそれまでの考えでは今の霧ヶ原を止められないと悟ったらしく、改めて気合を入れる。
だが、気合だけでは本気を出した天王寺先輩は止められず、結局第2クォーター終了時点でのスコアは79対26で霧ヶ原がリード。
午後の試合の事も考え、後半戦はメンバーを風花、海野先輩、北川先輩、東堂先輩、大久保先輩へとガラリと変える。
さすがに前半と同じとは行かなかったものの最終スコアは104対61、霧ヶ原の勝利で準決勝第1試合は幕を閉じた。
『ありがとうございました!』
号令の後は、コートを離れて入念にストレッチを行い、午後の決勝戦までに出来る限り体力を回復させる。
俺は天王寺先輩に昨日作っておいた差し入れを渡し、観客席へと急ぐ。
「ハル君、こっち」
観客席でベンチ入りしていないメンバーと合流し、最前列からコートへと目を向ける。
コートでは、間もなく始まる準決勝第2試合のアップが終わった所のようだ。
この試合の勝者が午後の決勝戦で戦う相手となるので、どちらのチームも良く見ておいて対策を立てないといけない。
「どっちが勝つかな」
「…どうだろうね」
隣に座る宮下さんが俺に耳打ちしてくるが、正直な所、俺にはまだ女子の順位は良く分からない。
「…でも、さっきからこっちをやたら気にしている人はいるみたいだね」
明らかな敵意の籠った視線。
これから準決勝だというのに、もうこちらに気持ちを向けているとは、よほど自信があるのか、それともよほど恨みでもあるのか。
…あの人の事だから、きっと両方なんだろうな……
苦笑交じりにそんな事を考えながら、俺はその視線から逃れるように掲示板へと目を向ける。
「そんなにやりたいのなら、受けて立ちますよ」
俺が呟くと同時に選手が呼ばれる。
そして準決勝第2試合、楓高校と松代高校の試合が始まる――