#100 1回戦(1)
「それでは、これより霧ヶ原高校対柳高校の試合を始めます。礼!」
『よろしくお願いします!』
審判の先生の号令で試合がスタートする。
ジャンプボールを跳ぶのはもちろん白山先輩だ。
「負けたら承知しないからね」
「当たり前だ。光こそ、私からのパスを取られるなよ」
対するはスタメンの中では一番身長のある6番。
相手の実力は未知数だが、白山先輩なら負けないだろう。
「光!」
「ナイス! まずは1本、確実に取るわよ!」
予想通り、ジャンプボールは白山先輩が取り、ボールはそのまま天王寺先輩へ。
最初の攻撃、天王寺先輩言う通りここはじっくり時間を使っても確実に取っていきたい。
何事もスタートダッシュは大切だ。
「へッ?」
「なッ?!」
相手もすぐに動く。
攻撃が来たら守る。
それは当然の話だ。
でも、これは――
「――トライアングル、ツー…」
試合前の話では、昨日はスタンダードな2-3ゾーンだったはず。
それを、今回はずいぶんと特殊な形から入ったものだ。
トライアングルツーとは、ゾーンディフェンスの形の1つ。
ディフェンスに自信のある選手2人が特定の選手にマンツーマンでつき、残りの3人で三角形をつくるようにゴール下を守るディフェンスだ。
トライアングルツーの形になった時、俺の頭をかすめたのは文香へのマーク。
高校の公式戦では初出場だが、中学からあいつのシュートを知っていればそういう対策もある。
「……?」
だが、その予想はすぐに良い意味で裏切られた。
マンツーマンに出てきた2人は、そのままボールを持っている天王寺先輩へのダブルチームに動いたからだ。
「なるほどね…」
思い出すのは、先月の楓高校との練習試合。
あの時も、先輩へのトリプルチームでうちを潰そうとしてきた。
そして、まんまとその作戦に引っかかった先輩を俺は確かに目撃している。
つまり、この地区にいる学校はどこも知っているのだ。
このチームが、天王寺先輩のワンマンだと。
他のメンバーにパスも出さず、独りよがりなプレイしか出来ないのだ、と。
――そんな1ヶ月以上も前の情報しか持たず今の霧ヶ原に挑むとは、あまり舐めないでもらいたい!
「先輩!」
「くッ?!」
「あ、あれ?」
さすがの天王寺先輩も突然のダブルチームで意表をつかれたのか、パスを出す前に相手にボールを奪われてしまった。
すぐにディフェンスに戻り、攻守が逆転。
相手は情報通り4番を起点に細かいパスを繋ぎながらチャンスをつくっていくパターンで攻めてくる。
先輩の言う通り爆発力は無いが、カットされない丁寧なパス捌きで時間をかけての攻めは、決まった相手を追いかけまわすマンツーマンディフェンスとは相性が悪い。
ディフェンスの時間が長ければ長いほど、こちらの体力はじわじわと削られて行ってしまう。
だが、それで焦って動きが散漫になってしまってはそれこそ相手の思う壺だ。
ここは集中して、チャンスが来るまで我慢するしかない。
結局その攻撃は24秒のショットクロックぎりぎりに放たれたシュートを白山先輩がリバウンドをきっちり奪った所で終了となった。
「光!」
続いてのこちらの攻撃も、先ほどと同じように天王寺先輩がボールを持った状態から始まる。
相手のディフェンスも変わりは無いようだ。
相手のやり口が分かれば、今の先輩なら次は確実に点が取れるはずだ。
「嘘でしょ…?」
そう安心しきっていた俺だったが、その目の前でまたしても先輩はたやすくボールをカットされてしまう。
次の攻撃も、その次の攻撃も同じだ。
向こうの攻撃もぎりぎりの所で止めているので、試合開始からおよそ2分が経った所で、互いに得点は無し。
これは何かがおかしい。
もしかしたら、どこか調子でも悪いのだろうか。
心配になって立ち上がりかけた瞬間、不意に先輩と目が合ったような気がした。
「……」
「………?」
俺の反応に気づいたのか、先輩はすぐにスッと横に視線をずらす。
俺もその動きにつられて横を見ると、その先にいたのは……
「ん? どうしたの、ハル?」
「ま、まさかあの人……」
首を傾げる風花を見て、俺の中で何かの歯車が噛み合った音がした。
つまりは、こういう事か。
この会場にいる学校は、まだこのチームが天王寺先輩のワンマンチームだと思い込んでいる。
ここで先輩を引っ込めれば、このチームは去年と何も変わっていないと思い込ませたままに出来る。
今日ばらして明日までに対策を取られてしまうリスクと、ここで温存して明日一気に爆発させるメリット、どちらが大きいかという話だ。
特に、最終日である明日は勝ち残れば準決勝と決勝の2連戦になる。
せっかく相手が勝手に思い込んでくれているのなら、わざわざここで手の内を晒す事はないという判断か。
「……風花、準備してくれ。天王寺先輩と交代する」
「えッ? …えぇッ?!」
「ほら、早く。何か今日の先輩調子悪いみたいだから、ベンチに引っ込めてお説教してやる」
「う、うん…」
俺の言葉に慌てて風花が準備を始める。
その様子を横目で見ながら、俺は改めてコートに顔を向ける。
「こういうやり方、俺は好きじゃありませんからね……」
勝つための最善策。
言ってしまえばそうなのかもしれないが、やはりどこか引っかかる。
どこか煮え切らない気分のまま、俺はオフィシャルに交代を申請した。