#99 地区予選,開幕
インターハイ地区予選,県南大会。
2日目の今日は2回戦となり,昨日勝ち上がってきたチームとシード校の試合が中心になってくる。
第1シードの霧ヶ原高校も,今日の第3試合が初試合となっていた。
「今日は柳高校との試合です。昨日の1回戦を見た限り,ディフェンスは一般的な2-3のゾーンで,要所でマンツーマンに切り替える形ね。オフェンスは4番のポイントガードを中心に連携で攻め込むタイプ。昨日のスコアは45対32のロースコアゲームで勝っているから,そこまで爆発力のあるチームじゃないわ」
試合前,天王寺先輩が前日の1回戦で得た情報を教えてくれる。
大事な初戦だ。話を聞くメンバーも集中している。
「落とす訳には行かない初戦だけど,それは相手だって同じ。全力で戦って,必ず勝ちましょう。
スターティングメンバ―は,私,千夏,美空さん,彩芽さん,文香ちゃんで行きます。でも,今後の事も考えて途中でバンバン交代していくから,ベンチにいる人も気は抜かないでね」
『はい!』
先輩の話が終わると,間もなく下に降りる時間になりそうなので,各々その準備を始める事にした。
「ねぇ,ちょっと良い?」
「はい?」
全員分のドリンクやタオルの準備をしていた俺だったが,天王寺先輩に声をかけられた。
真剣な表情を見るからと大事な話のようなので,俺はすぐに準備の手を止め。先輩の元へ。
そしてメンバーの元から少し離れた所で,先輩は小さく口を開いた。
「今日の試合なんだけれど,どこかで私と風花ちゃんを交代させて欲しいの」
「え?」
「今日の試合は,よっぽどの事が無い限り勝てる試合。だから,ある程度点差がついた所で風花ちゃんを出してあげたいのよ」
「は,はぁ…」
「私は自分の事で精一杯になっちゃうだろうから,タイミングはハル君に任せるわ。よろしくね」
それだけ言って,俺の返事も待たないまま先輩は足早に戻っていってしまう。
きっと勝てるから,点差がついた所で先輩と風花を交代させる。
ポジションは同じだし,特に問題がある訳ではないのだが,何だかしっくりしない。
「浮かない顔だな」
「あ,白山先輩…」
1人でもやもやしていると,今度は白山先輩がやってきた。
「光の言った事,納得できないか?」
「いえ,そういう訳では…」
ない,と断言できないのは,確かに俺自身が先輩の言葉にどこか引っ掛かりを覚えているからだ。
そうやって言葉を濁していると,先輩は納得したようにふっと笑った。
「お前の気持ちも,分からんでは無いよ。光の言い方じゃ仕方ない」
「…?」
「あぁ,光の事だ,どうせお前に伝えたい事の半分も伝わっていないだろう」
「そう,なんですかね…」
「そうだよ。全く中学時代からこういう所は変わっていないんだ。大事な試合に前になると特に,な。
今日竹内を出したいと言ったのは,別に相手を下に見ているからじゃない。今後,もしもっと上に行った先で光に何かあった時,代われるのは1年の竹内しかいない。そうなった時,今までどこかで試合に出ていたかどうかが動きの固さ判断力に大きく影響してくるんだ。
だから,光はなるべく早い段階で,少しでも安心できるタイミングであいつを試合に慣れさせてやろうと考えているのさ」
先輩はそこで一度言葉を区切り,最後に悔しそうに零す。
「…試合中は,何が起きるか分からない。もしそれが原因で負けるような事があれば,光はまた……」
「先輩…」
思い出すのは,先輩たちが1年生だった時の大会。
白山先輩の突然の退場と,それによって狂ってしまった歯車。
試合中には何が起こるか分からない。
先輩たちにとって,この言葉はとても重い言葉なのだ。
「…分かりました。最良のタイミングで交代させてみせます」
「よろしく頼むぞ。
……でもまぁ,今のお前の心配は,特に光には無用な物だよ。
アイツは,どんな場面でも,どんな相手でも,バスケに対しては常に全力全開だからな」
「はい,それもそうですね」
小さく笑いあい,白山先輩と一緒にみんなの所へと戻る。
それとほぼ同じタイミングで呼び出しがかかり,ベンチ入りメンバーが席を立つ。
「さぁ,行くわよ!」
そして,霧ヶ原高校のインターハイ地区予選大会が始まる。