8
男子と女子の思考は著しく相違する。何故だかは分からないが、とにかく一致することがないのだ。別の生き物と言っても良い程に。
「なんでだと思う?」
この休み時間に男女差についての理解を深めるよう提案したのは俺である。
こと、女子については男子高校生一倍分かってますよ、みたいな腹立つ顔をしている勘違いちゃんの賢司がここぞとばかりに話に乗ってきた。
「そりゃ女子ってアレだ。男と違う生き物だからやろ?」
ドヤ顔でそんなことを言ってきた。そんなことは知っている。問題は何故違う生き物に成り得たか、ということだ。本当に会話に時間がかかる男だ。
少し考えた様子で竹田も参加してきた。
「でも本当になんであんなに考え方合わねーのかな?前に女子と『恋人と仕事、どっちが大事か?』って話をしたことあったじゃん?」
こちらに顔を向けて記憶の照合を求めてきた。確かに覚えている。一年生の頃、ある日の放課後のことだ。俺もそれに答えた。
「あぁ、あったな。そんでお前が仕事って答えたら滅茶苦茶に文句つけられたよな」
言わなかったが、そのとき竹田の答えに同調した俺も滅茶苦茶に非難の対象にされたものだ。彼女たちのお説教を黙って聞き続けた後、俺たちは無言のまま帰宅した。
「全く分かんねぇ。普通に考えて彼女はいなくても生きていけるけど仕事は無かったら生きていけねーじゃん?なんで俺あんなにボロッカスにされたの?」
竹田の声が震えている。こいつは意外と打たれ弱いのかもしれない。そっくりそのまま、この言葉を女子に告げたら返ってきたのが「サイテー」だった。何がいけないのか。思い出すと俺まで辛くなってきた。
「だよな。そのときの女子ときたら『彼女のことどうでも良いって思ってるんでしょ?』とか言ってきたもんな。俺らがいつそんなこと言ったよ?」
女子の理解できないところ、まず一つ。優先順位の概念がないという点だ。一番大事なものが唯一つでそれ以外、二番目、三番目に大事なものは全て「どうでもいい」というカテゴリーに集約されてしまう。どうでもいいとか誰も言ってなくない?順序ってのが分からないの?
肩を落とす俺たちを見てマイケルは笑った。
「苦労したんだなー。同情しちゃうよ」
君、他人事みたいに笑ってるけど絶対男なら一度は通るからね?この道。
「男の俺たちじゃ理解出来ないままだな。ここは重要参考人でも呼ぶか」
「誰だよ重要参考人」
賢司は首を傾げた。
男だけでこんな話をしても進まない。ならば女子本人に聞いてみればいい。女子の訳が分からない部分をふんだんに詰め込んだ、手頃なのが一人いる。
「詩織さーん。ちょっとこっち来なさーい」
「なにー?」
女子の輪から離れた一人、春日詩織さんがこちらにトコトコと歩いてきた。彼女が一歩進む度に僅かに茶色がかったショートヘアの毛先が揺れる。ちなみに俺は陰でTHE女子と呼んでいる。彼女は男子には理解出来ない女子の要素を集め、固めて作り上げられた女子と言って良い。それだけ分からない人間。俺たちと最も違う人種なのだ。
「君は一体何人だ?」
「いきなりなんだし!日本人に決まってるでしょ!」
小柄な身体で怒りをアピールしているらしいが、小さいので全く怖くない。
「まー抑えて抑えて。ところで君は恋人と仕事、どっちが大事だ?」
男女の見解の違い、取りあえず同じ質問をすることでそれを見極めるとしよう。返答によって女子の価値基準が明らかになるはずだ。
「え?絶対恋人。彼氏捨ててまで仕事優先したくないし」
俺たちは顔を見合わせ、嘲笑混じりにため息を吐いた。両手を広げて首を傾げる欧米スタイルのアクション付きだ。
「ハァ。これだから」
「ちょ、それなんか失礼じゃない!?」
彼女はまたアングリーし始める。賑やかなガールだぜ。
俺と惨めな思い出を共有している竹田が口を開いた。
「いやー、その考えがないわ。なんで片方を優先することが片方を捨てることに繋がるんだよ?」
そうだそうだ、と周囲の俺たちも頷く。男子の疑問は全くもってこの一言で簡潔に表されていた。女子は何故だか常に恋人が一番大事であることを求める。しかし時に仕事を優先することの何がいけないのだろうか。確かに恋人は大事ではあるが、仕事だって当然大事だ。自身の生活、将来、家族に関わるのだから、ないがしろにして良いものであるはずがない。にも関わらず、女子は男子のこの理屈を理解しない。というより理解しようとしない。
そしてこのアングリーガールは紛れもなくその女子だ。それでこそ俺が見込んだ女だ。
「えー?だってそういうことでしょ?」
女子の理解出来ないところ、もう一つ。何故か話題によっては賢司レベルの会話スキルを発揮する。だから理解出来ない話が尚更こじれてしまうのだ。
しかし今この場は女子を理解するための場だ。なんとかコミュニケーションを成立させねば。
「あのな、君は仕事よりも恋人を優先するって言ったけど仕事も大事ってことには変わりないだろ?場合によっては仕事を優先しなきゃいけないときってあると思うぞ?」
「でもあたし結婚したら専業主婦になりたいし」
おぉっとぉ、そう来ましたかこの子!これですよ、男女共同参画だとかなんとか言っても実態はこれですよ!大して働く気がない!
しかしこの考えこそが、男と女の差を生み出しているのかもしれない。女子は働かずとも家庭に入れば良いという認識が根底にあるからこそ、仕事よりも恋人を優先する、と迷いなく答えることが出来るのだ。
これについては賢司も苦い顔をする。
「俺嫌やわー。結婚する前から働かない気満々とか」
「別に良いじゃん。男子ってエプロンとかに弱いんでしょ?」
詩織さん、なんだその取って付けたような知識。そりゃ確かにエプロンは良いものではあるが、エプロン着ときゃ100点満点って訳じゃない。一応忠告しておこう。
「エプロンだけじゃダメだぞ。それにポニーテールを加えることをお勧めする。むしろ24時間ポニーテールでいるべきだ」
「えっ何ハル、いつになくキモい」
うっわ!すごい退かれた!傷付いた!でも良いと思うんですよポニーテール。最高の髪型だと思うんですよ。
「ハルってポニーテール本当に好きだよな。なんでそんなに?」
マイケルがニヤつきながら問いかけてきた。おいチラチラと綾目さんのこと見てんじゃねぇよ。そんなんじゃねぇよ。
「なんとなく健康的なイメージがあるんだよな。あと賢そう。お前らもなんだかんだで本当は好きだろ?ポニーテール」
「ふーん。男子ってポニーテールが好きなんだ」
詩織さんは思案顔で何事か考え出した。しかし彼女の髪の長さではかの最強のポニーテールにはなり得ない。長さだ。そう、まず第一に長さが重要だ。ポニーテールに結った際、肩に届く程度。これは外せない。彼女の長さでは髪を結っても首元でほとんど隠れてしまう。
マイケルから伝染したらしいニヤけ顔を浮かべながら、賢司は彼女に告げた。
「賢そうだってよ。お前もやったら?見た目だけでもうえぁ!」
「アンタに言われたくないわ!アホの癖に!」
最後まで言い切る前に胸倉を掴まれた。まぁそうなるだろうな。相手が賢司なのだから。俺が女子でも掴んでいる。胸倉じゃなくて鎖骨の方。
随分と話が脱線してしまった。気が利く男、この俺が元のレールに戻してやろう。
「何の話してたんだっけな。そうだ、君って何人?」
「だから日本人!なんでそこまで戻るの!」
女の子がそう大声で怒鳴るもんじゃないよ、はしたない。あと賢司がタップしてるよ。
「すまんすまん。男女共同参画社会において男女の労働意欲の差が家庭環境にもたらす弊害についてだったな」
「えっと、ん?そうなの?」
小さな身体に乗っかった小さな頭が傾く。それにしても女子という生き物は何故だか少し小難しい単語を使うとすぐ訳が分からないという顔をする。これも今一理解できない点だが、推測は出来る。男子は難しい言葉が好きな生き物なのだ。そんな言葉を使う自分がカッコよさげとかそんな感じの認識を持っている。正しく意味を理解しているかどうかは別問題だ。
「元々女子の考えが理解出来ねぇって話だったんだけどな。女の子ってなんでそんなに男に理解出来ない考え方するんだ?」
「いや、あたしに訊かれても……」
言われた詩織さんは狼狽え始めたが、無理もない。そもそも女子は自身の思考こそ正常であると認識しているのだから。しかし男子とは大いに異なる思考ルートを有しているのは間違いない。例えば、
「女の子ってなんで爪にワックスがけするの?男はそんなのいちいち見てないよ?」
「ワックスじゃないわ!ネイル!」
女子の爪がやたらとテカテカしているのが理解出来ない。アレは宗教的行為か何かなの?アマテラスは爪まで照らしちゃってるの?
続いて竹田も攻撃に加わる。
「女子ってプリクラ好きだよな。でもなんであんなにプリクラ撮りまくってんだ?似たようなのばっかだよな?」
「その日の思い出とかそんなんを大事にしてるから!」
女子はプリクラを撮りまくり、果てはそのプリクラをベタベタ貼り付けたプリ帳などをお持ちらしい。でも思い出とか言ってもさ、顔変わってんじゃん。
女子を理解出来ないところはまだあるらしい。マイケルも疑問を呈した。
「女子ってさ、友達が髪型変えたりしたときとかやたら『可愛いー』って連呼するけど似合ってないときも言うよな。あれなんで?」
「やめてよ、答えづらい!」
どう見ても似合っていない。似合っていないとは言わないまでも、大して変わり映えしないときですら「可愛い」が飛び交う場面を見ることは多い。男女の美観は必ずしも一致しないことは分かっているが、リップサービスが僅かでも含まれていないなどとは、とても思えない。
そして最後にリップサービスの概念を持っていなさそうな男、賢司が口を開いた。
「女子ってこっちが言ってること、偶に理解してないときあるよなー?バカなんじゃへぁ!」
「だからアンタが言うな!」
ついに彼女の掌底が賢司の腹部に叩き込まれた。でもそれは分かる。賢司じゃなくて詩織さんの言い分の方が。
矢継ぎ早に質問を投げたが彼女の答えはやはり男子には理解しかねるものだ。美意識、思い出、コミュニケーション。理解力はさて置き、男子とはそれらに対する考え方が決定的に違う。男女とは、違うことを受け入れて共存しなければならない間柄なのだろう。それってなんて多文化共生?
ところで、今回は流石に女子一人に対し、男子四人、いや三人がかりで問い詰めるというのはやはり不公平だろう。俺は気が利く男なのだ。
「それじゃ、女子にとってはどうだ?男子の理解出来ないこととか無いか?」
男子から見た女子は既に知っている。ならば女子から見た男子はどう映るのか。興味が湧くが、同時に余裕もまた感じる。どんな疑問もこの俺たちが論破してやろう。そして証明するのだ。男子よりも女子の方が圧倒的に訳が分からないということを!
腹を押さえて拗ねる賢司を放置して、彼女は「んー」と宙を見上げ、暫し考えてから答えてくれた。
「男子ってなんで仲間内でバカなことやるのを有難がってんの?もっと健全に楽しめることって他に見つからないの?」
「…………」
女子の理解出来ない部分を凝縮した知り合いがいる実話。