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好みのタイプは何か、というのは中々難しい議題と言える。顔の造形、スタイル、そして性格。単純な問いに思えるが、その問いの内には様々な要素を含んでおり、一言で答えるのは意外と困難を極めるものだ。しかも好きになった人が必ずしも好みのタイプと合致するとは限らないのも不思議な話である。それだけ難しい話、ということで休み時間の話のネタとしては上出来だ。
「お前らって好きなタイプどんなん?」
今回この議題を提示したのはマイケルだった。しかしやはり難しい問いだ。ここは的を絞って要素を細分化するのが賢明だろう。
「好きなタイプっつっても幅が広過ぎるだろ。取りあえず、そうだな。どんな性格が良い?」
性格。おそらくは大多数の人間が最も重視するであろう要素だ。何せ「お前絶対顔しか見てないだろ」感が丸出しなやつでも「いや性格が大事っしょ?」と答えるくらいだ。性格を重視することが世間体として受けが良い風潮が世の中にはある。
「俺は……エロいのが良い」
正直な男だマイケル。それでこそ男子高校生と言える。偽らない、覆わない、曝け出す。俺はそんなこいつに漢気を、感じない。
呆れた竹田が声を挟んだ。
「エロいって、他に何か無いのかよ?」
「んー、…………」
「……」
「本当に何も無いのかよ!?」
そこまでだと男ですら退いちゃうよ!女子もチラチラ見てるし!この場にいることがすごく恥ずかしい!
性格から話を進めようとした俺の責任だ。仕方ないのでターゲットを変えるとしよう。
「お前はどんな性格が良いんだ?竹田」
「俺か?俺は、そうだなー。エ、」
「エロ禁止な」
「えぇーダメ?」
当然だ。同じことを繰り返して受けが取れるボケというのは数が限られる。それにこれ以上恥の上塗りは禁止に決まっている。綾目さんがチラッと見ていた瞬間だって目に入ってしまった。
恋愛云々の話になるとこれでもかと下ネタに走ろうとするのが男子高校生の悪いところだろう。男子に受けたからと、勘違いして女子の前でもそれを繰り返した結果どん退かれた男子を今まで何人見たことか。巻き込み事故はご免被る。
「で、実際のところどうなんだ?」
「んー、強いて言えば、引っ張ってくれる人?」
「あぁー」
俺とマイケルは同時に頷きながらそんな感じの声を出した。
「え、何かそのリアクション傷付く……」
対して竹田の方はどうやらへこんでいる。予想していた反応と違っていたのだろうか。しかしこちらとしては妙に納得してしまう答えだったのだ。俺とマイケルは何も悪くない。不服らしい竹田のためにも納得させてやろう。
「だってお前基本的にイジられる側だもんな。なんつーか、お前が人を引っ張るとこ全く想像できねぇ。想像しようとしたらなんか気持ち悪い」
「そこまで言うか!」
概してイジられる人間とはおよそ自己主張が弱い人間である場合が多い。自己主張が弱いばかりに人をイジることが出来ない。人をイジることが出来ないために会話の方向性を決定できない。故に人に引っ張られることになりがち、というわけだ。別にそれが悪いことではないとは思うが、そういう人間はいざ引っ張らなければならない立場になると、上手くこなすことは難しいだろう。
「一応言っとくけど引っ張ってくれる子ってのは少ないぞ?引っ張って欲しい派がダントツ多数派だからな」
「そりゃまぁ分かっちゃいるけどさぁ」
引っ張ってくれること、そこにいわゆる男らしさを感じるという女子は多い。ただ、男子としてはあまりそれを強く要求されると困ってしまうものだ。俺だって特別引っ張ることが得意というわけでもない。引っ張ること、とは自己主張の強さに加えて計画性という要素も必要になってくる。あるいは真逆に考え無しなやつは引っ張ることが、結果の良し悪しは別として得意だったりする。その中間辺りに位置するのが俺のような男だ。正直、たまには女子にも引っ張ってもらえたら俺もちょっと嬉しい。だというのに何かにつけて男子に意思決定を一任しようとする女子の多いこと。君たち、それ自分たちが単に面倒くさがってるだけなんじゃないの?
笑いを浮かべながらマイケルは慰めた。
「まー良いんじゃねぇの?頑張って引っ張ってくれる人探せよ。付き合えるかどうかは別として」
「やめてくれよ。本当に一生彼女出来ない気がしてきただろ……」
自身のイジられ体質を思った以上に気にしているようだ。流石に少し可哀想になってきたな。俺も元気付けてやるか。
「そう自信なくすことねぇよ。少数派なのは確かだが、皆無ってわけじゃねぇし。お前も別に悪いやつじゃないから少なくとも嫌われることはないだろ」
「そもそも俺にイジられキャラが定着したの、ほとんどお前のせいだろ」
えっ?そうだっけ?てへっ。
「まぁそれは置いといて、お前はもう少しそこのアホの賢司を見習ったら良いんじゃねぇの?」
なんとなく蛇っぽい顔の飯田賢司とはこのクラスで国語の授業中に手紙を右から左に受け流す係の男子だ。頻繁に女子に話しかけようとしているが、ろくに相手にされていない辺り、やはり勘違いちゃんだったようだ。
しかしそんな女子の態度にめげず、果敢にアタックするとは度胸がある。というわけではない。ただ単に他者からの自身への評価に鈍感なのだ。
「俺のこと呼んだ!?」
その割りには自分が話題に上ることにはやたら敏感ときているのだから今一理解できない男である。悪いやつじゃないんだよ。アホなだけ。
俺たちは声を揃えて答えた。
「いや、一切呼んでねぇ」
「それなんか酷くねー!?」
俺たちがこいつをアホと評する理由はいくつかあるが、まず騒がしい。その声の騒がしさたるや数人足した女子にさえ比肩し得る。そんな彼の名前は賢司である。皮肉なのか。
「なんでお前が賢司なんだ。全国の賢司さんに失礼だと思わねぇのか?」
「ちょ、俺が賢司だとダメなん!?」
ただ、こいつの場合は考え無しの方向ではあるが、人を引っ張る素養があることを少し羨ましいとも思っている。アホと呼ばれたくはないが。
ところでこいつの場合はどんな答えをお持ちなのだろうか。
「なぁ賢司、こっち来たついでに聞くけどお前ってどんな性格の子がタイプ?」
「ついでとか言うなや!悲しーやろー!?なぁ酷くねー?」
アホと呼ばれるもう一つの理由、そして最大の理由。会話が著しく困難なのだ。なんで聞かれたことに素直に答えることが出来ないの。こいつと会話していると、なるほど高校でも国語の勉強をしなければならないのか、と納得しそうになるが、やはり小中で既に勉強している事実。九年間学んでこれなのたから最早手遅れだろう。そう、そんな彼の名前は賢司だ。
若干苛立ちながら重ねて質問した。こいつは最低二回同じことを言わないとキャッチボールが出来ない。二球投げて返ってくるのが一球だけとか生産性低過ぎるだろ。
「それは良いから、どんな性格が良いんだ?」
「明るいのが良いわ、絶対」
驚くほど普通な回答だ。いや、本当にビックリだ。こいつのことだから「そんなことより隠れ鬼しようぜ!」とか言うと思ったのに。
「お前、エセ賢司のくせに普通な答えだな」
「エセ賢司ってなんだよ!マジ賢司だよ!」
賢司がそもそも明るい、というかもう本当に騒がしいのだから、相手になる子も相応の明るさ、そして忍耐強さが要求される。あるいは同程度のアホになってしまった方がむしろ気が楽かもしれない。
しかし楽しく会話が出来ることとは実際、重要な要素だろう。女子にも男子に明るさを要求する子は少なくないし、元よりつまらない相手とは誰だって付き合いたがらない。これが出来なければ付き合う以前に異性と交流することすらままならないのだから、男子に要求されるハードルは上がるばかりだ。女子が好きなタイプとして明るさを提示することとは、そのままユーモアのセンスを要求されることと同義である。君たちさぁ要求多過ぎじゃない?ユーモアって一朝一夕で身に付くもんじゃないんだよ?
マジ賢司は「さっきから酷くねー?」と周囲に俺の悪評を広めた後、こちらに顔を向けた。
「お前はどうなん?ハル」
「そういやまだ聞いてなかったなー」
マイケルが頷きながら同調しながら振り返る。
俺か。俺は、どうなのだろうな。興味、というより参考に先に彼らの意見を聞いてみたが、やはりはっきりと答えられるような答えが浮かばない。引っ張ってくれる人は確かに気楽だが、引っ張ってもらうばかりの男は甲斐性無しに思える。それに引っ張るタイプの女子は意見がぶつかったときが厄介だ。
明るい人も魅力的ではある。ただ俺は一人でいることが割と好きだったりする。そういう人間は明るさが売りの人と上手く付き合うことは中々難しいのではないだろうか。あとアホの賢司と同意見というのも癪だ。
たまには引っ張ってくれて、明るいけどこちらの気分に合わせられる人、つまり物分かりの良い人がタイプ、ということになるのだろうか。そんなこと言ったら絶対こいつら「理想高過ぎ」とか言ってくるだろうな。それもなんだか気に入らない。
となると。
「……エロい人が良いな」
さぁ、暫し耐えろ俺。答えに困ったらとりあえずボケて済ませる。これも立派な処世術である。
最初に声を上げたのはアホの賢司だ。
「うわー、ないわー!」
「ここでエロとかないわー!」
笑ってんじゃねぇよ竹田。お前もつい先ほどエロで答えようとしてたろうに。
「だよな!?やっぱりエロい方が良いよな!?」
マイケル、お前は少しテンションがおかしい。なんでそんなに目が輝いてるの。
チャイムが鳴り、俺たちはそれぞれの席に戻った。難しいが、次の好きな性格会議ではもう少しまともな答えが出せるように考えておいた方が良いだろう。などと思っていたら隣のポニーテール綾目さんに話しかけられた。
「ねぇハルってさ」
「ん?」
彼女が笑う度にポニーテールが揺れる。
「ハルってエロい人がタイプなんだ?ちょっと意外」
ひゃぁぁぁああああ!巻き込み事故じゃない!単独事故!
ちなみに筆者はエロいのが良いと思います。