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ボーイズ365!  作者: 淳平
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3

 扉の向こうは、熾烈な闘いの舞台でした。


「ジャンケンポン!あっち向いてホイ!オラァァアア!」


「ギャァァァアア!」


 叩いて被ってジャンケンポンの。

 男子高校生に遊びを与えることは重要です。それが無くなってしまうと彼らはきっと死んでしまうでしょう。あとちょっと広いスペースも。

 二人の勇猛な男子高校生は教室の中心に近い席で向かい合って鞄を盾に、そして鞄を剣にして戦場の武士の如く激闘を繰り広げていた。丸めた教科書とかありがちな武器は選ばないところに俺は漢気を感じる。しかし教室内の他の生徒たちはチラチラと横目で見ながら笑っていた。微笑ましいとかそんなんではない。アホだあいつら、と。

 廊下側、最後尾の自分の席に鞄を置くと、俺は彼らに近寄った。


「月曜日の朝なのにお前ら気合い入ってんなー。もしかしてゴミなの?」


「ゴミとかゆーな。おはよーハル」


 鞄を剣にしていた方のマイケルが振り返って答えた。本名は井上正弘だが俺たちはマイケルと呼んでいる。理由はない。ワックスで髪の毛ビンビンだ。


「おっす」


 続いて鞄を盾にしていた方の竹田も答えてくれた。本名は竹田幸平だが俺たちは竹田と呼んでいる。きっと竹田っぽい顔をしているからだろう。


「で、この闘いの原因は何だ?竹田、お前ちゃんと謝れよ」


「えぇ!いやお前何も知らないよな!?なんで俺が悪いこと前提!?」


 竹田っぽい顔の竹田は驚いた竹田っぽい顔をして言った。こいつは本当に竹田っぽい顔するの上手いよな。きっと笑った竹田っぽい顔とか泣きそうな竹田っぽい顔をするのも得意に違いない。よし決めた。こいつのことを竹田と呼ぶことにしよう。


「そんな驚くようことじゃないだろう。社会ってのは犠牲を求めるのが常だ。世知辛いよな全く。俺たちはそんな残酷な世界で生きていかなきゃならないんだぜ?」


「なんでその犠牲が俺!?そもそも誰が悪いで始めたことじゃねーよ!」


「世の中の犠牲者ってのは大概理由なんて無いんだよ。例えば小学生の頃に給食当番だったのに俺だけ忘れられて給食を他の子に用意してもらえなかったことだって特に理由なんて無いんだから」


「そういうこと平然と言うなよ。辛くなるだろ……」


 竹田はどうやら申し訳なさそうな竹田っぽい顔の物まねをしているようだ。しかし、そろそろ17になろうというのに、こいつは社会における犠牲の必要性について全く考えが甘い。確かに理不尽な犠牲、というのは納得のいくものではないが、どれだけ心が否定したところで現実とはいつもそこにある。一つの椅子に二人は座れないのだ。そして、人間の記憶に残る人物にも限りがあり、綺麗さっぱり忘れ去られてしまう者がいる。つまり小学生時代の俺がその犠牲となったのだ。


「本当、なんで皆すぐ俺のこと忘れてしまうん?」


竹田は慌てた竹田っぽい顔の物まねをしながらすかさずフォローしてくれた。


「大丈夫だって!俺たちちゃんと覚えててやるから!一生友達だから!」


 こいつは良いやつなのだろう。いや、それは一年生の頃から知っていたことだった。どんなことでも、文句を言いながらも、なんだかんだで最後まで付き合ってくれるような。だから今回もきっとそうなのだろう。試しに聞いてみるとしよう。こいつはきっと俺の期待に応えてくれるだろうから。


「それってつまり一生彼女作らないってことか?」


「なんでだよ!んなわけあるか!」


 すげなく拒否された!酷い!信じていたのに!

 その様子を傍観していたマイケルはニヤニヤ笑いながら言った。


「何?お前彼女出来るつもりでいるの?」


「え、えぇ?出来ないの?俺一生彼女出来ないの?」


 そんなことは知らない。女子が考える理想の男性像なんて男子に分かるはずがない。そのためにも各駅停車という経験が必要なのだ。そして一人の女子に二人の男子は付き合えない。やはり社会には犠牲が付き物である。


「まーそんなことより、ホレ、続けろ。俺が判定してやるよ」


「そんなことよりって……」


 男子高校生のお遊びは過熱しやすい。故に冷静な第三者を審判に据える必要に迫られる場合が少なくない。

 立ち上がっていた二人は机を挟んで、向き合って座ると鞄を膝に置き、構えた。あるよな、ジャンケンなのに今から空手やらカンフーか何かするみたいに構えるの。でもこういうのも大事だよな。しがない男子高校生の俺たちは剣と魔法のファンタジーに直面することなどあり得ない。時にこうして恥ずかしい構えをとることで、幼少期に見たアクションでファンタジックでヒーローな夢を疑似的に再現し、ささやかな充足感を得るのだ。


「ところで今んとこどっち勝ってたの?マイケル?」


「え?知らね」


 闘いの行方はどこに!?しかし分からなくもない。最初の内は勝敗を数えていたが途中からあやふやになり、結果どうでもよくなることはよくあることだ。彼らがどういった経緯で叩いて被ってジャンケンポンを始めたかは分からないが、竹田の言う通り、意見の衝突が呼んだ争いではないらしい。

 今日も平和な一日になりそうで何よりだが、ここは一つ、闘いの勝者に報酬を与えることで更なる熱いソウルのぶつかり合いを鑑賞しようじゃないか。傍観者というのは実に居心地の良いポジションだ。


「じゃあこの勝負、負けた方は今日のジュースとパン奢ることにしようぜ。俺の分も」


 恥ずかしい構えをしながら竹田は竹田っぽい顔をこちらに向けて反発してきた。何それ、恥ずかしい構えをする竹田っぽい顔の物まね?すごい上手いじゃん。


「オイ、しれっと自分も混ぜるな」


「俺はそれでも良いぞー」


 流石ノリが良いなマイケル。マイケルの名に恥じないマイケルっぷりだ。ところでこいつの本名なんだっけ。


「よーし、決まりだな。早速始めようぜ」


 闘う理由は明確なものとなった。共に学び、共に過ごし、共に笑い合うこの場所で、静かに、しかし速やかに炎は燃え上っていた。もはや勝敗が決する瞬間はすぐそこまできている。

教室はまるで静寂が支配しているかのようだったが、違う。静寂とはこの二人の男によって生み出されているのだ。つまり教室はたった二人の男子高校生の支配下にあるといっても過言ではない。雄々しく拳を振り上げたままの二人は微動だにせず、互いの目を鋭く睨みつけている。

この室内で動いているものは、青空を横切る雲によって床へ、壁へと投げ掛けられている影だけだ。

 周囲の者たちは思うだろう。どちらが勝つのか、と。今それを知る者がいるとすれば、それはきっと神と呼ばれている。

 誰かが息を飲み、窓の外で、烏が鳴いた。


「ジャンケンポン!」


 双方の拳は眼前で交わされるが、再び引き戻される。


「あいこでショ!」


 対面する敵を切り裂くようにチョキが振り下ろされる。

 

「あいこでショ!」


 二人の視線は相手の目ではなく、今や互いの手へと注がれている。


「あいこでショ!」


 鞄は激しく揺れ動く膝の上で辛うじて位置を保っている。


「あいこでショ!」


 そして、この熱く激しい闘いの行方を見守る俺は。


「あいこでショ!」


「あいこで、」


「長ぇよ!」


 俺が強制的に打ち切らせたところでHRの始まりを告げるチャイムが鳴った。今回の場合、犠牲になったのはおそらく時間だ。


痛いよね。鞄で殴られるの。

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