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ボーイズ365!  作者: 淳平
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 月曜日の朝は辛い。週末の金曜日の夜は高校生なら誰だって夜更かしするし、土曜の朝は昼から始まるのはもちろん、この愚かな行いは日曜にかけても継続する。こんなことをしていれば月曜日の朝は休日のサイクルから抜け出せずに脳は次なる休日を欲するに決まっている。

 現状のテンションで持ち上げるには重すぎる布団を、のしかかった瓦礫をどけるかの如く身体から跳ね除けると、ベッドから降りて自室から出た。


「身体が重い、気分が重い、空気が重い……」


 階段の一段一段を踏み外さないように歩こうとするが、ほとんど足を引きずっている。

 かつて、この月曜日が持つ奇妙な重力への作用について考えたことがある。火曜日から日曜日までの重力は正常であるのに、なぜ月曜日は普段の二割増しで重力が人体、空間、そして精神状態に強く影響するのかについてだ。確か宇宙空間には重力は均一に作用しているのではなく、所々に差があると本で読んだことがある。おそらく地球は七日周期で太陽系において特に重力が強い位置を通過するのだろう。もちろんそんなことはない。

 しかし月曜日による種々様々な重みというのは大きな問題だ。きっとこの日本社会にも多くの悪影響を及ぼしているに違いない。政府は早急に対策を講じるべきだろう。


「そうだ。月曜日も休みにする、とか良いんじゃね?」


「おはよう。何バカなこと言ってんの?」


 リビングに到着すると母親に出迎えられた。両手には大きく膨らんだゴミ袋を掴んでいる。


「おはよう。今日は燃えるゴミの日だったな。ゴミって月曜日の方が熱くなるタイプだったのか。羨ましい」


「それより晴人。母さん、ゴミ出したらそのまま仕事行くから。家の戸締りよろしくね」


 母さん、拾いもしないなんてまるで俺の冗談はゴミにすらならないみたいじゃないか。俺の心の嘆きは届かず、母親は玄関から出ていった。我が家の母は両親共働き率1位の福井県の家庭の例に漏れず、日中はパートで働いている。

 ゴミはゴミ捨て場に、冗談はなかったことにして、洗面所へと向かう。歯を磨き、顔を洗い、鏡越しに自分の顔を真正面から見据えた。伸び過ぎた髪が目にかかっているが、気にしない。チェックするのはいつも寝ぐせだけだ。今日は問題なし。

 洗面所を出ると朝食に取り掛かる。トーストと弁当の余りによって構成される非常に簡素な食卓だ。育ち盛りでも朝はいつも食欲が湧かない上に、元々少食なのでこれで十分と言って良い。

 テレビ画面の中で美人のキャスターが今日のお天気情報をお伝えしてくれている。どうやらこの福井県でも今日は晴れらしい。俺が生まれ育った我らが福井県は日本全国47都道府県で最も降水量が多い県の一つだ。小学生の頃、遠足や運動会が雨で延期になったことは少なくない。仮に開催されたところで前日の雨が乾かず、グラウンドがぬかるんでいることも多かった。もちろん開催中に降ってくることもあった。


「ていうか運動会が快晴だった記憶ねぇな……」


 そんな福井県に住む俺の名前は晴人だ。命名の際、両親はさぞかし福井の雨にうんざりしていたのだろう。俺もだ。

 時折画面に目を向けて、「大丈夫、BGMなんかじゃないから」とテレビを慰めつつ食事を終わらせたが、内容は覚えていない。自室に戻って準備を済ませ、玄関へと向かうと再びあの重力が襲い掛かってきた。重い!重すぎる!だがしかし行かねばならない。人間社会とは参加することを強要される檻なのです。人間とは檻の中の生き物なのです。

 玄関から外に出ると、からりと晴れた青空が広がっていた。地球の中心へと力強く引きずり込もうとしていた重力が不思議と軽くなったかのような感覚がする。周囲を漂う空気には春の香りがまとわりついている。


「じゃ、行くか」


 同じ高校に通う、同じ地域に住む友人は自転車で通っているが、俺は電車を交通手段として選んだ。理由はなんとなく高校生っぽいから。小学生の頃は徒歩、中学生の頃は自転車で通っており、交通手段もまた、次のステップへと進んだわけだ。ただし電車は30分毎に発着する。一本逃せば遅刻は確実だから駅まで歩いている間、時間は正しかったろうか、と不安に駆られることも少なくない。

 駅に着くとブレザーのポケットから定期券を取り出し駅員に見せる。


「どうぞー」


 福井を巡る鉄道の駅には自動券売機や自動改札は導入されておらず、駅員から直接切符を買い、降りた駅で直接駅員に渡す。定期券の場合も同様、乗るときと降りるときに駅員に定期を見せるのがルールだ。これを知ったとき、「もしかして無賃乗車余裕じゃね?」と思わずにはいられなかったが、流石、プロの目は誤魔化せない。以前、有効期限が切れた定期券を見抜いた駅員が学生を呼び止めている場面を見たことがある。学生がその後どうなったかは知らない。

 駅員の目をクリアした俺はプラットフォームに向かうと、見慣れたはずが、今では目に入る機会が少なくなってしまった人物を見つけ、声をかけた。


「よ。久しぶり」


「おぉ、ハル。久しぶり」


 中学の同級生であり、現在は別の高校に通うクルクル天然パーマが特徴の友人だ。とりあえずお決まりの質問をすることにしよう。


「最近どうだ?彼女と」


「ねぇ、お前毎回それ聞いてくるけど喧嘩売ってんの?彼女出来たことねぇってあと何回言わせれば気が済むわけ?その度に抉られてる俺の気持ちに気づいて?」


 友人はジロリと俺を睨みながらそう言うと肩を落とした。なぜ学生というのはこうも異常に恋人を欲するのだろうか。そろそろ精神病の一つに加えるべきだと思う。


「そう怒るなよ。でも相変わらず彼女はいないんだな。良かった! 一生友達でいような!」


「縁切れるときが待ち遠しいわ!」


 思うに、学生にとって恋人の存在は一つのステータスでしかないのではないだろうか。恋人がいることとはつまり、他者に自身が好かれていること、認められていることを明白に証する証人であるということだ。そう考えると恋人というのは自己承認欲求を満たすための舞台役者のようで随分ともの悲しいではないか。しかし俺はそんなものに頼ろうとは思わない。証人となってもらうために彼女を得ようなど、あまりにも女の子に失礼だ。だから俺も彼女ができないところでそれは決して悲しいことではない。それを理解できないとはこいつもまだまだだ。仕方ないので元気付けてやるとしよう。


「そう寂しいことを言うな、女子を証人にしたい系男子。彼女いてもあれだぞ、高校で付き合った彼女なんてどうせ別れるから。男も女もこの電車の如く次から次と駅を経て、やがて終着へと辿り着くんだよ」


 いつからか対面式の座席となった福井の電車に乗り込むと、俺たちは端の方で立ったままでいることにした。この対面式がなぜだか好評らしく、今も継続しているようだが、知らない人と座ると気まずくて仕方ない。


「女子を証人にしたい系ってなんだオイ。それより俺の問題は各駅停車以前に乗車できねぇんだよ」


「そりゃお前、乗車するなら金払わないと」


「すげぇ寂しい!俺よりずっと寂しいこと言ってるだろ!」


 縁の切れ目が金の切れ目によってもたらされるのならば、縁の始まりも金によって始まるのだろう。


「バカ言ってんじゃねぇよ! あの子たちときたら二言目にはすぐ『ねぇコレ奢って~』とか言ってくるんだぞ? あぁやって男の財布の中身と紐の緩さ測ってんだ! あいつら悪魔か!」


「そんな怒るなよ、いきなり……」


 女子と出掛けることがあれば兎角、奢りを要求されることは多い。確かに、男女の関係において経済力は無視出来ない要素であることは認めざるを得ない。それは分かる。誰だって金を持っていない人とは付き合いたがらない。俺が女子でもそう思うだろう。

 でも俺たちまだ学生だよ?収入源は基本お小遣いなのに経済力とか言っても仕方なくない? そんな俺たちからなけなしのお小遣いを毟り取ろうとするとか何を考えているの? 桃太郎が倒した鬼ってもしかして女なんじゃないの?


「別に奢ってやれば良いじゃねぇかよ。どうせお前って本買うぐらいしか金使わないんだろ?」


「ふざけるなこの野郎。本を読まないお前には分からないだろうが、特にハードカバーの本だとそれなりのお値段するぞ? しかも読み終わったら同じ作者の本だって気になっちゃうし、他にも読みたい本だって次々出てくる。地味な趣味に見えて意外とお小遣いのキャパシティ超えてんだよ」


 小説だって2000円以上、内容が密な教養本ともなれば3000円を上回ることだって少なくない。時には読みたい本が上下巻に分かれているときもあるのだから、月2000円程度のお小遣いでは俺の読書欲求を満たすことなど出来ないのだ。それに本以外の買い物だってしたいときはある。

 読書しない系男子は電車に揺られながら呆れた口調で俺を論破するつもりのようだ。全く、驕りにも程があるな。奢りだけに。


「でも男ってそういうもんだって言うじゃねぇか。女のためには男は趣味を捨てなきゃならない、とかさ」


「嫌になる風潮だな、そりゃ。そもそも、その風潮ってのは男性だけが仕事をして、女性は家庭にいるのが常識だった時代に出来上がった風潮なんだろ? 今の時代、女性も社会進出が進んでるんだ。男だけが金を持ってる時代は終わりつつあるんだから、自分の財布を開けることにも進出すべきだな」


「ケチな男は嫌われるぞ?」


 ケチという言葉には語弊がある、と聞くたびに感じてしまうものだ。必要以上に出費を制限することは確かにケチなのだろう。貯金することは悪いことではないが、あまり出費をしなさ過ぎる、というのは国家の経済的にも良くはない。しかし、あくまで俺は自分が使いたい額を確保するために、人に奢ることがないのだ。現状で必要以下の経済力だというのに、奢りを拒否した途端ケチ呼ばわりされる、というのは納得がいかない。とりあえずケチと言っておけば俺の財布をこじ開けられると思ったならば、それは大間違いである。どんだけ俺のお小遣いを虎視眈々と狙ってるの?


「下らねぇな。俺は『奢って』の一言で奢ってくれる男にすぐホイホイついていっちゃうような女子となんて付き合いたくないね。そんな女子になんて絶対奢ってなんかやらないんだからね!」


「お前は女子に恨みでもあるのか……」


 自称ケチじゃない系男子はそう言うが、これは案外、大事な点ではないかと思う。奢ってくれるかどうかで男を測る女子と同じように、俺は奢りを要求するかしないかで女子を測るのだ。男子への要求を強めれば強める程に男子は女子から離れていく。女子諸君には是非とも肝に銘じておいて頂きたいものだ。

 ついでに、女子にすぐ奢ってしまうような男は俺の目にはどこか軽薄に見えてしまう。お前、女子に良い恰好したいから奢ってるんじゃないの? と。まぁ男の俺が言っても意味のないことではあるのだが。


「大体な、お前は俺の数倍に値するお年玉貰ってるから奢っちゃえ、だなんて言えるんだよ」


 「そうか?」と彼は疑問符を浮かべるが、俺調べでは同年代の誰よりも俺のお年玉額は少ない。理由は俺の場合、母方の祖父からしかお年玉を貰えないからだ。ところが、友人たちに聞いてみると父母双方の祖父母に加えて、叔父や叔母までをも含め、複数の親戚からお年玉を貰えるのが実はスタンダードだったらしい。驚愕の事実を知った瞬間、幼い俺の頭脳は『格差』の二文字を理解した。


「俺はお前らのお年玉総額を聞いたときの衝撃を今でも覚えてるぞ? あぁ、俺って『世界の恵まれない子供たち』の一人だったんだなって思った」


「お前、『世界の恵まれない子供たち』に謝った方が良いんじゃね?」


 この経済力の強い日本ですら、むしろ日本だからこそ格差は存在するのだろう。それについては文句を言うつもりはない。経済など欠片も理解出来ていない俺に言えるはずもない。だから現状においても、将来においても、自分が経済的に弱い立場となってしまったところで、それを誰かのせいにするつもりは微塵もない。

 ただ、一言だけ言わせて欲しい。俺は女子に奢っちゃえば良い系男子に向けて満面の笑顔を向けて、この晴れの日に相応しい、とても元気な声で言い放った。


「いやー、もう本当羨ましいわー! 俺も沢山お年玉貰えちゃう系男子みたいにお年玉3万超えて欲しかったわー!」


「感じ悪いなお前!」


 大きく揺れる電車の中で、もしかしたら友情に亀裂が入ったかもしれない瞬間であった。でも別に良いよね。お年玉3万円以上貰えるなら友情なんて別に無くても良いよね。

女性諸君は覚えておいて欲しい。

男を「頼る」ことと、「使う」ことは全く別物なのだということを。

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