序章、あるいはいつかの続き
平凡な男子高校生の日常コメディです。
読者の方、特に男性には共感、そして青春を感じてほしいと思います。
日常系は女子高生にしか許されない風潮なんてぶっ壊せ!
BLなんぞ知るか!
あと日常系のラノベとか増えたらいいのにな。
そんなときが来たらあわ良くば乗っかれたら良いのにな。
事件の発端はうまく聞き取れない大きな怒声だった。
毎週日曜、あるいは土曜日には両親に連れられてデパートに買い物に出かけるのが習慣になっていた。
家から父親が運転する車に揺られておよそ20分。行きつけのデパートに着くと両親、というより母親は買い物を始め、息子である俺はその間見たいものを見る。ほとんどの場合は本屋か玩具屋と相場が決まっている。父親は知らない。
今回も俺は普段通り車を降りて解散した後、とりあえず玩具屋へと向かうことにした。といっても基本的に見るだけだ。怪獣のフィギュアもラジコン、プラモデルも興味はあるが、あくまで見るだけ。金は持っていないしどころか物欲の存在すら危うい。常日頃「ウチは貧乏だから」と言われ続けて生きてきたのだ。どんな幼い少年も親(の財布)への気遣い精神がすくすくと育ち、その精神は自然、自身の財布にも及ぶとても良い教育方法だ。俺も将来そんな教育をしようと思う。
しかし語るにはあまりにも悲しい事件は起きた。
「━━━!!」
どんな言葉を発したか分からなかったが、男性の声がデパート内に響き渡り、続いて大きな破裂音。
その時、俺は直感で悟った。デパートが銃を持った強盗に襲撃されている、と。
悟った俺はすぐに行動を開始することにした。幸いまだ声は遠い。強盗に見つかる前に出入り口に辿り着き脱出するのだ。腰を低く保ち、足音を殺し、周囲を警戒しつつ物陰に隠れながら移動を試みる。戦車のプラモデルも今は目に入らない。
声の発生源から離れるように移動し、出入り口までのルートを記憶から引っ張り出す。うまくいけば自由の身だ。両親の安否が気掛かりではあるが声が近い自分の方がよっぽど危険な場所にいることは確かだ。
玩具屋のコーナーは既に抜け出し、陳列棚には食器が並んでいる。脱出まであと少し。意を決して俺は駆け出した。
「動くな!」
駆け出したはずの足はピタリと動きを止めた。
ピタリと、食器棚の端から現れた男の手に差し出された銃口もまた、俺に向いている。
動くことはもちろん、言葉を発することもできず、俺はただ静かに両手を挙げた。普段ならBGMが騒がしい店内も今は沈黙が漂っている。俺の耳に届くのは内側から大きく響く鼓動の音だけだ。それは駆け出そうとしたからか、あるいは銃口を向けられているからか、俺自身にすら判別が付かなかった。
(まずい。ここからどうする……!?)
目の前の男は一言も発さず、ただ俺に銃を突きつけたまま動かない。この場を乗り切るには一体どうすればいい?動かずに強盗に従うか、背を向けて逃げるか、決死の覚悟で殴り掛かるか?
考えが脳内を巡るが答えは出ない。と、止まった時間が突然動いた。
男が現れた棚とは反対側の棚の間からもう一人の男が現れ、銃を向け、躊躇なく撃たれた。
(ちょ、えーーー!?)
え?ちょっと待って!俺の脳内プランだとアクションスターばりの機転を利かせて強盗から逃げるか倒すかして見事生還するはずだったのに!
(ていうか強盗もう一人いたの!?)
未だ収まらない動揺をよそに血は止めどなく流れ続ける。俺を撃った強盗は気が済んだのか、もう一人の男と共に姿を消した。
これが、俺の最期なのか。動くなって言うから動かなかったのに。もはや痛みすら感じられない。これが死ぬということなのだろうか?もっと痛々しく苦しいものだと想像していたから、ある意味死に方としては幸運なのかもしれない。そう思うと卑屈にも笑わずにはいられなかった。店内の蛍光灯の光が目に飛び込んで眩しい。
しかし俺はまだ高校生だ。悪くない死に方をしたいというのは誰しも思うことだが、当然、今死にたいわけではない。せめて、彼女ぐらい欲しかった。あともっと色んなゲームとかしたかった。かの貧乏ロジックに加えて「ゲームなんてあったら勉強しないでしょ?」の二段構えで同い年の友人と比べるとゲーム経験など皆無に等しかったからだ。友人のゲームは360度も動き回れるのに、俺がやったことのあるゲームなんて大概縦か横にしか動けない。最悪一方向にしか動けないものさえあった。
(もっとこう、グリグリ動きたかった!)
余りの悔しさに、思わず拳を握りしめた。アナログスティックは、俺にはとても魅力的な存在だったのだ。
やりたかったことはまだまだ他にもある。行きたい場所も、聞きたい音楽も、読みたい本もたくさんある。たった今、それら全てを諦めなければならないのだ。床に溜まった血に、苦痛ではない悲痛の涙が混じった。人生は辛い。何かを耐え忍ぶには長すぎるが、何かを成すには短すぎる。嫌なことを経験したことは少なくない。だがそれでも、生きることに希望をもって、今まで生きて、これから生きていくつもりだったのに。この歳で、こんな死に方をするなんてあんまりじゃないか。
この悔しさも、銃創を受けてはバネにもならず、どれだけ起き上がろうと力を込めても身体は重く床に押し付けられたままだった。俺は起きることを諦め、全身から力を抜いた。
両親はどうしているのだろうか?脱出できたなら良いが。高校の友人たちはどんな顔をするだろう?すごく気になる。俺の遺品はどう扱われるだろう?残していても仕方ないのだから全て処分して欲しい。それに、
(意外とまだ死なないな……)
腹を撃たれてしばらく経つが、意識が遠のく気配がない。痛みがないせいでむしろはっきりしているぐらいだ。なんて散々な日だろうか。手に入らない玩具を眺めていたら強盗事件に巻き込まれ、言うことに従ったら普通に撃たれ、そのまますんなり死ぬことも許されないとは。現実とはこんなにも非情なものなのか。
(……現実?)
待てよ、現実?デパートで?銃を持った強盗が?迷わず撃って?痛みもない?そして死なない?そもそも俺は毎週家族で買い物に来るのか?それは俺が小学生の頃までの習慣ではなかったか?これは、まさか。
俺は一旦まぶたを固く閉じて店内の蛍光灯の光を遮断すると、もう一度ゆっくりと開いて、そして見た。一切光を放っていない、自宅の丸い蛍光灯を。
「夢かよ」
俺はなんの取り柄もないただの高校生だ。だから俺の人生もなんの変哲もない。そして今日はそんな人生の内の一日であり、今はそれが始まった瞬間だ。
という筆者が実際に見た夢。