国境の丘
俺は今、カマクラとイズモの国境に来ている。俺は少し小高い丘に立っていて、見下ろした先には広い草原が広がっている。さらにその先に大河が流れて、この大河の真ん中に見えない国境線が引かれている。大河の向こうの岸も草原になっていて、そこはもうイズモの領土である。草原の向こうには、いくつかの建物が点在しているのが見て取れる。それこそがイズモの国境警備の部隊の拠点と言う事だ。
国境。
言わば、隣国との力の押し合いをする見えない壁であるが、イズモ側に武装した兵力は存在せず、普段は存在するであろう張りつめた緊張感は皆無である。
風がそよげば、草の葉が心地よいざわめきをたて、空には小鳥たちが飛び交う楽園。戦争。その言葉の持つ恐怖に凍らせていた心を、のどかな時間の流れが融かしてくれる。
「ねぇ。この戦争はどうなるのかな?」
突然背後から聞こえてきたその言葉に振り向くと、希未ちゃんがやって来ていた。
どうなるのか?
落ち着いて考えてみれば、イズモへの侵攻は無謀としか思えない。
この国の指導者はあの竜の力を知っていないのか?
それとも、アカサカに後れを取りたくないと言うばかな理由だけで行動を決めたんだろうか?
いずれにしても、俺はあの竜に勝てるとは思えない。
「希未ちゃんはあの竜をどう思う?」
「イズモの精鋭が手も足も出なかった。私はそう感じたわ。
だとしたら、勝てないんじゃないかしら。
まーくんはどう思うの?」
彼女は俺の横で、はるか先まで広がるイズモの国土に目を向けながら言った。
「俺もだ。あの竜には勝てないんじゃないかな。あいつらの目的は分からないが、この国まで攻めてこないでくれ。そう祈るしかなさそうだ」
「だよね」
そう言った時、彼女は背後に人の気配を感じて、振り返った。彼女の動きに、俺も背後に目を向けた。そこには俺の嫌いな山田が立っていた。
「おやおや。天才君の持ち場はここではないのに、率先して最前線で偵察ですか?
俺たちには任せておけないと。さすが、天才君」
俺を見下した目つきで言った。確かに俺の持ち場はここではない。国境線はいくつかのブロックに分割され、俺たちは我が国の第5戦士団と共に、校区と隣接するここを中心に南北50Kmの警護を担当している。とは言え、その警備に就くのは3年生を中心にした成績優秀者であって、俺のような不出来な生徒は後方でさらなる修練をつむことになっていた。
「いや、俺はただ休憩時間に、国境と言うものを見に来ていただけで」
そう言うと、俺は希未ちゃんに目も合わすことなく、走り出した。目指す先は俺たちが宿泊している本来は国境を守備している部隊の基地である。国境の向こう側から直接見えないように、その間には広葉樹が植えられ、自然の壁になっている。そこを抜けると見えてくる少し高くなった石垣の上につくられた3階建ての建物。さらに、その前に広がる広場は修練場。そこには俺と同じく、警備に就くには力不足と判断された生徒たちが、いくつかのグループに分かれて、私語を交わしながら固まっていた。そんな生徒たちの塊から外れたところに、神山先生が立っていて、走って来る俺に気付いて、視線を向けた。
「さてと、休憩終わり。
私の前に整列して」
神山先生が手を叩きながら、そう言ったので、生徒たちが整列を始めた。みんなが並び終わる前に、俺もたどり着き、列の中に並んだ。
「次は風系の魔法だよ」
神山先生は炎、雷、氷系、どんな魔法でも得意で、俺からすれば、どうすれば魔法があんなにうまく使えるんだと思うのだが、特に風系は並ぶ者が無いほどの使い手だと言う事だ。
「風集壁。これは身の回りにある空気を魔力によって、目の前に集め、圧縮することで、どんな攻撃も通さない壁を作りあげます。これから、ここでの任務中に身に危険が訪れる可能性だってあるわけで、そんな時に必要な魔法よ。
必ず、身につけてほしい。
では」
神山先生はそう言って、視線を横に向けた。そこには地面に突き刺さった木の棒の周りにわらを巻きつけて作った、等身大の俗にいうわら人形が何体も立っていた。その横には俺たちと共に、このあたりの警護についている第5戦士団の戦士一人が、大きな剣を手にして立っていた。
その場所に向かって、神山先生が歩き始めると、俺たちもその後を追って歩き始めた。
「いい。見本を見せるわね」
神山先生が一体のわら人形の後ろに立って、呪文をとなえた。
「風集壁」
神山先生の長い髪が大きく揺れた。俺も大きな風の動きを感じた。周囲の風は神山先生の前に向かったようである。神山先生の前の景色は何か歪んで見える。
歪んで見える空間の向こうで、神山先生が頷くと、戦士が大きな剣を振り上げた。陽光を反射し、まぶしくきらめく剣。天を指して、一旦静止したかと思うと、目も止まらぬ速さで、振り下ろされた。
目指す先は神山先生の前にあるわら人形。
一刀両断。
そう思った時、周期的に繰り返される甲高い音が俺の耳に届いた。それは細く長い金属が硬い物にはじかれた時の音だ。実際、戦士の剣は神山先生の前のわら人形には届くことなく、弾き返されていた。




