血に染まる神官
俺の心の中に怒りと後悔が込み上げてきた。あの時、俺はこいつを見誤っていた。私利私欲ではなく、この国を守るためにアカサカと戦うんだと。俺の心の奥底にそう思いたいと言う気持ちが見させた幻影だったのかも知れない。
こんな男と俺の未熟な精神が引き起こした怒りと憎しみと言う闇のために、何の罪も無いアカサカの人々を俺は数えきれないほど、殺してしまった。こいつなんかよりも、アカサカの人々の方が生きる価値がある。
「ふざけんなよ。
お前のために、この国の民があるんじゃない」
「調子に乗るな、小僧」
「炎撃鎧」
王の言葉と同時に、俺は炎撃の一つを放った。俺の体を炎の鎧が包み込む。当然、俺を押さえつけていた奴は瞬く間に炎に包まれ、俺から飛びのき、炎の中で死の踊りを興じて、真っ黒に炭化してその生命機能を終えた。
王を警護していた者達が異変に気づき、駆けつけてきた。
王はまだ余裕で俺を睨み付けている。
神山先生は俺を止めるでもなく、そそのかすでもなく、部屋の片隅に移動して、事の成り行きを見守っている。
「惜しい少年だったが、余に刃向うのでは致し方なし。
死を与えてくれよう」
「は? お前に俺が殺せると?」
炎の鎧を身にまとった俺が駆け寄っただけで、殺せる男の言葉に俺は嘲笑いながら返した。
「余に殺せる訳はなかろう。それに、そんな事を余が直々にする必要もない。
何しろ、余はこの世界の王になる者ぞ。
お前の処分など、神官に任せるまで。
お前は自分が一番強いと思っておったのだろうが、それは自惚れと言うものじゃ。
余は最も強い者を余の近くに置いておったのじゃ。
それっ」
王は掛け声と共に、俺に向けて腕を振った。
「水撃牢」
そんな声と共に、俺の炎の鎧を大量の水が包み込み、じゅわじゅわと言う音共に、謁見の間を白い水蒸気が満たした。
王を警護していた者たちが、窓やドアを慌てて開いて、水蒸気を放出した。
水撃と俺の炎撃が消え、水蒸気も消えた空間。俺の前に白い装束に身を包んだ中年の男が立っていた。細身で長身。鋭い眼光が、その精神力を映し出している。
「お前の炎撃など、我が力の前には意味をなさん」
俺を睨み付けるように言い放ったかと思うと、すぐ攻撃を仕掛けてきた。
「炎撃弾」
素早い炎撃弾だ。目で追える速さなんかじゃない。
俺の体を通り抜け、背後の壁を打ち砕いた。
だが、それは貫通していない。速さは十分だが硬度と耐久力が弱い。
これが王の言う最強の者とは。
こんな者より下だと思われているとは情けないじゃないか。
「幻か?」
その場に立っている俺が幻でしかない事を見抜いた。
「俺はここだよ。
風集鎧」
俺は幻をといて、姿を現した。謁見の間。神官と王の間に立つ俺に、王が慌てて部屋の片隅に移動を始めた。
「炎撃弾」
謁見の間の壁の片隅に炎撃弾が着弾した。
奴の炎撃弾は、俺の周りを取り巻く風の渦を貫くことができず、その流れにはじかれて、全く別の場所に着弾していた。
「ぬぅ」
「いや。悪いけど、俺全然本気出してないし」
「氷撃牢」
ば、ば、ばっと低く乾いた音が謁見の間に響き渡った。
俺を包みこむはずただった水滴と冷気が、俺の周りの渦に弾き飛ばされ、指先くらいの大きさの氷の塊になって、謁見の間の中に飛び散った。
「だから、その程度じゃ、勝てないし。
今から、俺、攻撃するからさ。
風集壁かなんかで、防御しててよ。
あ、全力でしてないと、命無くなるからね。いや、たぶんだけど、全力でしていても無くなると思うんだけどね」
「風集壁。
調子乗るな。お前の攻撃など、防いでみせる」
そう言ったくせに、声は少し震え気味で、顔色も悪い。
「炎撃弾」
俺の放った炎撃弾が、奴の腹部を貫いた。白い装束に真っ赤な血が広がって行く。
命を奪う必要も無い。そんな気がしなかった訳ではなかったが、生かしておいて後々で何かあってもならない。何しろ、それなりの魔法使いなのだから。俺はそう思って、非情になった。
「さてと」
俺がそう言って、王がいたはずの場所に振り返った。そこには王の姿は無かった。
逃げたのか? そう思った時、自分に近づいてくるものを俺は視界の片隅に捉えた。
それは杖を持った王だった。
一瞬の内に、王が杖で床を叩いた。
辺りをまばゆい光が包み込み始めた。
それは床から発せられている。
円、直線、古代文字。魔法陣じゃないか。
俺の頭の片隅に、神山先生の嫌な言葉が浮かび上がってきた。
「封印の陣。これは異空間に封印してしまうので、自分で魔法陣を破壊して脱出する事はできないわよ」
足を動かして、脱出しようにも、体が動かない。
呪文を唱えようにも、口が動かない。
視界はますます白一色になって行ったかと思うと、突然真っ黒になった。




