魔法陣
あの日、俺に続いて攻め込んだ部隊以外にも、多くの部隊がアカサカに攻め込んだ。迎え撃つアカサカ側の兵力は、最初に攻め込み、快進撃を続けた俺たちに集中したらしい。それを俺が叩いた。つまり、俺が戦闘から離脱した頃には、アカサカ側には大した戦力は残存しておらず、それからしばらくして、王宮は落ちた。
俺はもしかすると、アカサカがイズモを裏で操っている可能性も考えていたが、それは外れていたようだ。イズモの態度に変化は全くなかった。
ただ、予想外な事が二つあった。
一つは王宮に攻め込んだ際、王家の者達が激しく抵抗したため、殺害してしまった事。
もう一つは神の矢の謎がまったく解けなかった事だ。
あの国の北端のはるか先の海から飛来したらしいが、その正体はおろか真偽さえ定かにならなかった。詳しい話を知っているはずの王家の者を問いただそうにも、あの世まで行って、問いただす訳にもいかなかった。
カマクラは今、アカサカを併合した事で国力を増大させることができたと共に、敵対すべき勢力はイズモ一国に絞られた。そのイズモとの交渉は暗礁に乗り上げたらしかった。
そして、俺は母親を亡くした悲しみから完全に解放された訳ではなかったが、普通の日常を取り戻していた。
今日は天気が怪しい。空を覆うどんよりとした灰色の雲が勢いよく流されていくほど風が吹いていて、校庭の土が時折激しく舞い上がって行く。
そんな中、神山先生は右手に持った木の棒で、せっせと地面に魔法陣を書いている。俺たち生徒はその周囲で、神山先生が魔法陣を書き終えるのをじっと見つめていた。
大きな円、星のような模様。古代文字。
いくつもの紋様が組み合わさって、魔法陣が出来上がって行く。魔力を流し込んだその紋様は空から吹き付ける強風にも乱されることはなく、虹色の輝きを放っている。
「さて、出来上がったわよ。
これが束縛の陣。
誰に入ってもらおうかしら。やっぱり、ここは一番能力の高い人かな?」
神山先生の言葉に、みんなの視線が俺に向いた。それはかつての馬鹿にした視線なんかじゃない。俺の真の力はすでに公になっていて、その視線の奥には俺への尊敬、畏怖が映っている。
「ぜひ、東山さんに」
あの山田が俺に向いて、にこやかな表情で言った。俺の力が公になってからと言うもの、あの山田は俺の前では卑屈なまでに従順な態度だ。
「そうね。東山君」
俺は山田の態度は気に入らないのだが、神山先生に言われれば拒否する気はない。俺は魔法陣に向かって歩いて行く。
神山先生が手にしていた枝で、軽く地面を叩いた。その瞬間、虹色に輝いていた魔法陣がすーっと消え、ただの地面に戻って行った。
俺が魔法陣が描かれていたであろう場所に足を踏み入れた。
一歩、二歩。
俺が魔法陣の中に進んで行く。
神山先生が軽く再び地面を手にしていた枝で叩いた。
俺の視界の中に、再び虹色に輝く魔法陣が浮かび上がった。
それと同時に、足が地面に吸いつけられているかのようになって、動かす事ができなくなった。
「どう?動けるかな?」
「いいえ。だめです」
俺が完全に動けない事に、周りで見ていた生徒たちの顔に驚きが浮かんだ。
「まじかよ?」
「神山先生もすごいけど、東山君は神レベルなんでしょ?」
生徒たちの間に、俺でさえ拘束できると言う事実に驚嘆の声が沸き起こっている。そのざわざわ感はこの強い風に木の葉が激しく揺らされているみたいじゃないか。
しかしなんだ。こんな事ができるんなら、俺がいくらとんでもない魔法を持っていても、危ないんじゃね?
「どうする?東山君」
そう言いながら、神山先生がにこりとしている。俺に向けた視線を再び周りの生徒たちに向けた。
「風撃孔」
俺はかなり弱い風撃孔を魔法陣に向けて放った。俺を包む自然の強い風と入り混じって、一瞬辺りを激しく空気が動いて、神山先生の魔法陣を削り飛ばした。
途切れた魔法陣は虹色の輝きを徐々に失い始めている。
俺はすでに足を動かせることを知っていた。俺が足を一歩動かすと、神山先生が残念そうな表情で、ちょっと小首をかしげて見せた。周りのみんなは大拍手と歓声を上げだした。
「やられちゃったわね」
先生は俺にそう言った後、みんなの方を指さして見せた。俺にみんなのところに行け。そう言うことだろう。俺はそのまま先生の横を通り抜けて、みんなの所に行った。
「東山君、すごいね」
なんて声が俺を包みこんだ。
「今見てのとおり、魔法陣はある程度のレベル差がある相手にも効果があるのよ。
でも、力があれば今見てのとおり、魔法陣自身をぶっ壊してしまう事もできるのよ」
「なるほど、そう言うものなのか」
思わず口に出した一言に、横に来ていた希未ちゃんが俺の腕をつんつんした。
「何が?」
「あん?ああ。魔法陣と言うものに納得しただけさ」
にこりとしながら、軽く答えた。
「でも、一つだけ気をつけなさい」
さっきまでとは打って変わった厳しい顔つきで俺を見つめながら、神山先生が言った。その真剣さが伝わってくる。なんだ? 思わず息をのみながら、次の言葉を待つ。みんなの視線も神山先生にくぎ付けだ。
「封印の陣。これは異空間に封印してしまうので、自分で魔法陣を破壊して脱出する事はできないわよ」
その魔法陣が存在することは知っているが、それがどんなものなのかは俺たちは知らないし、教えてもくれない。噂では王家にのみ代々伝えられているらしいと言う事だけだ。それだけ危険なものだからなんだろう。
俺も真剣な顔をして、頷き返した。分かりました。そう伝わったはずだ。
「じゃあ、今日の授業はここまで」
「ありがとうございました」
神山先生の言葉に、一礼した。辺りを吹き付ける強風に飛ばされた訳ではないが、みんなは教室を目指して、その場から立ち去り始めた。
「まーくんは今から行くんだよね?」
希未ちゃんが俺の横で言った。
「ああ。神山先生と」
「気を付けてね」
しばしの別れを惜しむ恋人同士。そう感じ取ったのか、神山先生が黙って、腕組みしたまま、にやにやと俺たちを見ている。それに気付いて、俺の顔が熱くなった。
「うん?」
あ。すみませんでした」
俺の異変を感じ取った希未ちゃんが、神山先生に気付き、そう言って走り去る。
「青春よねぇ。いいわねぇ」
「そ、そ、そんなんじゃないですよ」
「ま。行こうか」
神山先生が俺の肩にぽんと手をおいて、そう言った。その顔はまだにやついていた。
俺たちは王宮に呼び出されていて、そのまま王宮に向かった。




