もう戻ろうよ
俺の放った風撃渦は勢いを増しながら、敵の風撃渦に向かっていく。天を高く貫く俺の渦に比べると、敵の渦の何と矮小な事か。ぶつかる前から、すでに結果は見えている。
二つの渦がぶつかった。その瞬間、俺の渦が敵の小さな渦を飲み込んで、消し去った。それはほんの一瞬の出来事だった。
俺の放った風撃渦はさらに速度をまして、進んで行く。
俺の針路の建物だけじゃない。俺を狙おうと家々の陰に潜んでいた敵の魔法使いたちも飲み込んで、まっすぐに進んで行く。
がれき、人。
地平線から姿を現しはじめた陽光が、巻き込まれて舞い上がって行くものの姿をはっきりと浮かび上がらせ始めた。
「あーあ。厄介な事になったわよ」
俺の背後で神山先生が、低いトーンの声を少しビブラート気味にして言った。
「何がですか?」
その言葉が意外だったので、俺は振り返りながら、逆に高いトーンの声で聞いた。
「まわりに家があればこそ、雷撃を打てない訳だけど、君がこんな広い幅で家を破壊しちゃったから、雷撃もありになっちゃったじゃない」
神山先生が細めた目で冷たく俺を見ている。
「てへっ」って、言って、頭をこつんとしてもかわいくないし、ここは一つ、どうすべきかを考えるしかないじゃないか。そして、その答えはすぐに見つかった。
巨大な空気の渦が、俺たちのために邪魔なものを排除しながら、王宮を目指している。風撃渦が通過した跡の何もない空間は、まさに俺たちを王宮に導くための道だ。その道を俺たちは進んでいく。
行く先々で魔法による攻撃が、俺を襲ってくる。
俺の背後で地面を弾き飛ばす赤い炎の弾。
炎撃弾が俺の姿を突き抜け、背後の地面に着弾した。
天空より舞い降りる雷光。
狙った俺ではなく、少し離れた地面に雷撃槍が吸い込まれていく。
敵の攻撃をあざ笑うかのように、俺たちは進んで行き、見つけた敵の魔法使いを殺害して行く。おそらく奴らも、もっと冷静だったなら、俺たちの真の姿に気付いたはずだ。だが、今、奴らは焦燥と恐怖の虜になっていて、偏った考えから抜け出せていない。
そう、奴らは俺の力に恐怖し、なぜ自分たちの攻撃が効かないのか?
なぜ、狙った場所に攻撃できないのか?
どうやって、俺たちは自分たちの魔法を逸らしているのか?
と、誤った解けるはずのない問題を自分たちに課している。それがただの幻だと気付かず。
ここまでの道のり、多くの敵の魔法使いや戦士と言った兵力を削いできた。視界の向こうには王宮の姿をとらえるのも、もう近いはずだ。
だが、ここまでの道のりは長かった。
俺がずっとコントロールし続けている風撃渦が破壊した家々の横を通るたびに、俺の耳に悲嘆の声が届き続けていた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「陽菜、陽菜」
ちらりと目を向けると、破壊された残骸から愛すべき人を救い出そうとする人々の姿がそこにはあった。最初、俺は自分の母親を殺したアカサカが憎く、この国の人間全てを抹殺することに躊躇さえ無かった。
しかし、ここまでの道のりに費やした時間が、俺の心に冷静さを取り戻させていた。そこに襲い掛かる人々の悲劇の姿。
もしも、俺が命の駆け引きの場にいたなら、そんな事にかまう余裕は無かったはずだ。今もきっと敵殲滅に専念していたはずだ。それが自分が生き残る道なんだから。
だが、今は違う。俺の力の前に敵は脅威ではなく、自分が狙われるなんて事は考えていない。そんな余裕が俺の心の闇に光を届けはじめていた。
「お母さん、お母さん」
俺はその言葉の方向に視線向けた。小さな女の子が、崩れた家の残骸と思われる場所でしゃがみ込み、大きながれきをのけようとしていた。そのがれきの下から伸びる細く白い手。きっと、その女の子のお母さんなんだろう。
その子の悲しみは何時間か前の俺と同じじゃないか。
この子は何か悪い事をしたのか?
そんな訳は無い。
だったら、どうしてこんな悲しい目に遭わなければならないのか。
俺が憎しみと怒りに任せて、力を使ったからだ。
俺がこの子をこんな悲しい目に遭わせたんだ。
そう思った瞬間、俺の怒りも憎しみも消し飛び、闘志は微塵も無く消し飛んだ。
アカサカを滅ぼしてやる。アカサカの奴らに恐怖を教えてやる。
そんな思いは無くなり、自分が破壊した人々の生活、命への悔いが代わって湧き上がって来ている。
立ち尽くしてしまった俺。
横で神山先生が俺の異変に驚いた表情で見つめている。そんな二人の背後には俺の国から攻め込んで来た兵士たちが続いている。俺たちが立ち止まった事で、兵士たちも進軍を止めた。
「どうしたの?」
「先生、俺、これでは奴らと同じじゃないか。
何の罪も無い人々の生活を壊し、命を奪い。
この人たちには何の罪もないのに」
俺は右腕をぐるっと振って、がれきに埋もれた人たちが横たわっているまわりを差した。何を言っているの? そう言って、叱咤激励するのかと思っていたが、神山先生の反応は全く違っていた。俺の両肩に自分の手をおいて、にこりと頷いた。
「それでこそ、東山君だと私は思うよ。
もう、きみは十分働いた。もう戻ろうよ」
その言葉にうなずいた俺の頬に涙が流れた。




