取り囲まれた!
陽はまだ空のてっぺんで輝いている。普段なら、まだ午後の授業だ。空の上から突き刺すような日差しの中、俺たちは集団でそれぞれの家を目指して下校している。
最初は30人ほどで校門を出たが、街の角にたどり着くたびに、一人減り、二人減りして、今は10人ほどになっていた。街のあちこちには、まだ竜の襲撃による爪痕が残っている。その光景が今日は今まで以上に、威圧感を俺たちに与えていて、みんな緊張した面持ちで、ほとんど無言のまま歩いている。
広い通りに面したひときわ大きな土壁で囲まれた邸宅。その先の角で、俺はみんなと別れることになる。俺と共にその角を曲がるのは西川まどか先輩だけである。
西川まどか先輩。
あの北野先輩と肩を並べる能力を持っている。女子の中でも背は高く、俺の目の位置あたりまで身長があって、そのすらりとした背中の中ほどまで伸びた黒く真っ直ぐな髪。ふくよかなほっぺをそう感じさせない通った高い鼻筋とその両横に配置された大きな瞳が、誰からも西川先輩はかわいいと言わしめている。
刻一刻と別れの時が近づいてくる。別れた先で、希未ちゃんが襲われないだろうか。そんな不安が心の奥底に湧いて出てくる。
「先輩」
俺は少し前を歩いていた西川先輩に走り寄り、声をかけた。「うん?」そんな表情で、俺に視線を向けた。その時の少し小首を傾げた仕草が、とてもかわいい。この人が北野先輩に肩を並べる力を持っているなんて、パッと見からは想像できやしない。
「あの。南原さんが心配なんで、俺、南原さんを送ってから、一人で帰ります」
その言葉に、西川先輩はにやっとした。
「ははぁん。そう言う関係なんだ」
「そ、それは誤解です。ただの幼馴染で、あの、その」
俺は自分の言った事が少し恥ずかしくて、どう言っていいのか分からなくなってしまっていた。頬だって熱い気がする。
「でもね。私だって、先輩としてあなたを一人で行かせるわけにはいかないんだからね。
あなたがそう言うのなら、彼女の家のところまでは付いていくわ」
「えっ。いえ、そんな迷惑をおかけする訳には」
「迷惑じゃないけど、お邪魔かな?」
にこりとしながらそう言われて、ますます俺の頬は熱くなっている気がした。二人の会話と雰囲気に、今までずっと緊張していたみんなの表情が崩れた。
「へぇ。そうなんだぁ」
「希未ちゃん。いいなぁ。守ってもらえて」
みんなの反応に、希未ちゃんが一気に顔を赤くして反論し始めた。
「な、な、何言ってるのよ、みんな。
送ってもらわなくて、いいわよ」
そして、俺に視線向けて、少しほっぺをふくらませて見せた。希未ちゃんの横にいた女の子なんか、肘でそんな希未ちゃんの脇腹あたりをつんつんしている。みんなの表情は笑顔でいっぱいである。西川先輩の俺への反応はもしかしたら、これを狙っての事だったのかも知れない。照れくさくて、真っ赤になっていた俺だったが、そう思うと何だかこれでよかったような気がした。
俺たちはすでに角にたどり着いた。希未ちゃんは俺の横に寄って来て、耳元でささやいた。
「ありがとう。でも、大丈夫。ここでね」
それだけ言うと、俺から離れて手を振った。
「おやおやぁ。何言ったのかな?」
「愛しの王子様のほっぺにキスするのかと思ったんだけどなぁ」
みんなの冷やかしは収まらない。
「で、どうするの?」
西川先輩が笑顔で言った。辺りには人通りは多く、とてもじゃないが、何者かが襲ってくるなんて考えられない。俺はそんな気がして、西川先輩に頷き返した。
「一緒に、ここでみんなと別れましょう」
俺はそう言って、軽く片手を上げて手を振った。明るい笑顔で手を振りあうみんな。そこにはいつもの俺たちが戻っていた。
広い通りから曲がった先も住宅が軒を連ねている。人通りはめっきり減って、俺の視界に歩いている人は数人程度。住宅の中から時折感じる人の気配を除けば、西川先輩と俺の足音だけが聞こえていた。
「さっきは悪かったわね」
そう言った西川先輩の表情は、さっきまでとは打って変わって真剣だ。
「みんな緊張してたからさ」
「はい。分かっています」
すごい力を持っているのに、みんなに気を使う優しさ。そんな西川先輩に、にこりと笑顔で返した。二人で歩く通り。西川先輩の家はこの通りに沿って建っている。俺の家はその家からいくつかの角を通り過ぎたところで、再び曲がる事になる。
「緊張してる?」
黙りこくっていると、西川先輩が話しかけてきた。先輩だし、俺には希未ちゃんがいるしするので、一応恋愛対象ではないはずとは言え、こんなかわいい西川先輩と二人っきりだと緊張しない訳がない。
「ま、ま、まあ」
少し照れながら、そんな反応を返す。そんな俺の肩にぽんと、西川先輩は手を置いた。
「大丈夫。
みんなで力を合わせば、何とかなるって」
「えっ?」
俺は目が一瞬、点になった。そっちか。俺は別の意味に勘違いしていた。男女関係に気を回すなんて、よけい恥ずかしいじゃないか。俺の顔がますます上気したのを感じた。
「は、は、はは。そうっすよね。ははは」
かと言って、俺の緊張の意味を話す訳にはいかない。俺はとりあえず、笑ってごまかした。しかし、この人はいい人だ。
大丈夫なんて、気休めでしかない事は俺にも分かっている。でも、自信ありげな表情で、そう言ってもらえば、少しは気分も落ち着いてくる。
俺がにこりとした瞬間、視界に動くものを感じた。
何だ?
一瞬のことだった。俺と西川先輩は三人の見知らぬ男たちに取り囲まれていた。




