不安だらけの自習時間
すべてが終わり、目を開けた俺は人の心に潜む狂気を知った。普段の生活の中では姿を現す事のない狂気。それはまるで人の心の中で、姿を見せない闇である。あまりの衝撃に、呆然としている俺に神山先生が話しはじめた。
「分かった?
人は正義と言う言葉が欲しいのよ。自分が正義。その言葉に酔いしれたいのよ。
そして、敵は悪。自分と対等の同じ人間じゃないのよ。
悪は正義によって天誅を下され、滅ぶべきもの。
自分たち正義より下位的な存在。虫けらと変わりない存在でしかないの。
だから、何の躊躇も無く、敵を殺せるのよ。
そこには相手が軍人だろうと、民間人だろうと関係などないのよ。
すべてが自分たちの敵。悪。虫けら」
神山先生の言葉は正しいのか、行き過ぎた偏見なのか、俺には判断はできない。ただ、そう考えない限り、あれは人のできる所業とは思えない事だけは確かだった。
俺の心の中で、さっき教室で見た希未ちゃんの横顔がよみがえってきた。俺にもし、本当に人並み外れた力があるとしたら、俺は家族や希未ちゃんはもちろん、この平和な生活全てを守りたい。胸の奥底から込み上げてきたその思いに、俺は一人頷いた。
その日から、俺は神山先生と二人っきりの秘密の特訓を始めた。
高く細い金属の棒が大きく円を描くようにして、俺たちを取り囲んでいる。まるで、俺たちは牢獄の中に閉じ込められた囚人。俺たちはその金属の檻の中心に固まって座り、檻の外に立つ仲間の姿を見つめている。その仲間からはるか離れた先にやはり金属の棒が一本立っていた。
「雷撃槍」
仲間の呪文に反応して、一瞬空が暗くなったかと思うと、すぐにまばゆい光と空気を引き裂く音を放ち細く曲がりくねった雷撃が金属の棒を直撃した。
「おぉ」
俺の周りの生徒たちが歓声を上げた。しかし、それは非力な雷撃であって、決して先生たちのレベルのものでない事は誰にも分かっていた。それでも、歓声をあげずにいられない。そこには俺たちの心の奥底に、ついさっき生じた不安を一瞬でも忘れ去ろうと言う気持ちがあった。
雷撃の実習。
その時間に先生たちはいない。緊急の職員会議が開かれ、全授業は自習となっていた。
竜が現れる前だったなら、みんな心から自習を喜んだはずだ。でも、今は違う。先生たち全員が招集されるような会議。そこに戦争のにおいを感じずにいられない。それはそのまま俺たちを戦場に連れ戻す事につながりかねない。
竜の力を目の当たりにした俺たちの多くはすでに心で負けている。
あんな竜に勝てる訳がない。
自分たちがそこに向かっても、何もできない。
待っているのは死以外ありえない。
先生たちの招集が、自分たちを戦場に向かわせるものではありませんように。
そんな気持ちを心の奥底に秘め、少しでも気を紛らわそうとしている。
俺にもその気持ちは分かる。以前の俺だったら、そこで終わっていたはずだ。だが、今の俺は違う。戦いから逃げていても、死から逃げられるとは限らない。確実な生を掴むためには、戦うしかない。
俺が頷き、立ち上がろうとした時、横で希未ちゃんの声がした。
「まーくん。私がやるよ」
お尻についた砂を手で軽く払いながら、希未ちゃんが立ち上がった。
きりりとしまった表情。ぴんと伸びた背筋。こう言うのもなんだが、かっこいいじゃないか。




