悪夢
ろうそくの炎がゆらゆらと揺れると、暗闇の中、白い紙でできている障子に俺の影が揺れて映る。俺の前には母親がにこにこした表情で、座っている。
警護に狩り出されてからは、家に帰って来ていない。とは言っても、ほんの何日か程度だと言うのに、母親は嬉しそうで、色々と話しかけてきている。俺はぐったりと眠りこけた希未ちゃんを抱きかかえ、希未ちゃんの家まで送り届けたせいで疲れ切っていて、一刻も早く眠りたいのが本音である。ただ惰性で母親の話に相槌を打つだけだ。それでも、母親はにこにこと話を続けていた。
でもまあ、ありふれた普通の生活ができると言う事は、幸せな事なんだと感じずにはいられない。希未ちゃんを抱きかかえ、あの場所を後にしてここに着くまでにどれだけの破壊された家々を見たことか。先生たちが炎を消したため、火は広がらず被害を最小限に抑えられてはいたが、それでも大勢の人たちの普通の生活は踏みにじられ、大切な人を失うと言う悲しみに突き落とされてしまった。
そんな人たちの事を思うと、胸が痛むと共に、自分の今に幸せを感じずにいられない。
「ふぁー」
そんな気持ちと眠気から、大きな欠伸をしてしまった。
「眠いの?
布団は敷いてあるわよ」
「ごめん。ちょっと、今日は疲れたから、寝るわ。
おやすみ」
「おやすみ」
俺はもっと話したかったかも知れない母親に、少し悪い気はしたが、眠気と疲れに勝てず、布団のある部屋に向かって行った。
その部屋と廊下を仕切るふすまを開けると、部屋の真ん中に布団が敷かれていた。部屋の中のろうそく立てに立てられているろうそくの炎は消されていて、部屋の中に明かりは無い。俺は部屋の中に入ると、後ろ手でふすまを閉じた。部屋を包み込む闇。俺は記憶を頼りに闇の中、布団の場所を目指す。足に触れた柔らかい感触。そこでしゃがみ込むと、着布団をめくりあげ、布団の中に潜り込んだ。
黒く澱んだ空、世界を闇が包もうとしている。その澱んだ空に大きな翼をはためかせ、悠々と巨大な竜が浮遊していた。大きく開いた口から、真っ赤に燃える炎の玉が街に向かって吐き出された。
炎の玉が地上に激突した。
巨大な爆風と爆音。そして、燃え盛るような熱気が俺の五感を襲った。
「止めろぅ」
俺の叫び声が竜に届いたのか、俺の方に顔を向けた。
薄暗く陽光も満足に届いていないと言うのに、竜の体だけが異様に輝いている。
竜の力か何かが、溢れているのか?
竜に俺は気押されている。
俺は一度、ぶるぶるっと体をゆすって、心の中の恐怖を振るい落とした。
気合を入れなおして、攻撃だ。
「氷撃槍」
体を一度横に向け、右手を胸のあたりにつけた後、呪文を唱えながら、右手を振りだして、竜に向けた。
炎を得意とする敵には、当然水か氷系の呪文で攻める。基本中の基本だ。
俺の手から飛びだした尖った氷が竜に向かって行く。
だが、その氷の槍は竜に届くことも無く、空気の中に消えて行った。
「やっぱ、氷系だよね。私に任せて」
俺の背後で希未ちゃんの声がした。
希未ちゃんが俺の横を駆け抜け、竜に近づきながら、呪文をとなえた。
「氷撃槍」
俺のとは違って、希未ちゃんの放った槍状に尖った氷は勢いよく竜に向かって行った。
「ゲェアー」
初めて聞いた竜の声。
それが竜の悲鳴だった。
竜の首に突き刺さった槍状の氷。そこから、竜の真っ赤な血しぶきが噴き出している。
「竜の血も赤いんだ」
俺がそう思った時、希未ちゃんが俺に振り返って、にこりとした。
竜はその視線を希未ちゃんに向けたかと思うと、大きく口を開いて、あの火の玉を吐き出した。
「危ない。希未ちゃん」
俺はそう言って、希未ちゃんを目指して駆けだした。
俺の言葉に希未ちゃんは振り返って、竜に目をやった。
まるでスローモーションのように、ゆっくりと時が流れる。
希未ちゃんに近づき、大きくなって行く火の玉。
希未ちゃんは自分に近づいてく火の玉に、目を見開き恐怖で動けなくなっている。
その希未ちゃんを救おうと、駆け出しているが、俺との距離は全く縮まっていない。
恐怖。
焦燥。
無力感。
俺の心の中を駆け巡る感情に、高鳴る鼓動が俺の体を破裂させそうなまで、揺さぶっている。
やがて、俺の目の前で、希未ちゃんの小さな体に火の玉が激突した。
真っ赤に包まれ、一瞬の内に焼き尽くされる希未ちゃんの服。
激突の衝撃に耐えきれない希未ちゃんの体は両手足が吹き飛ばされ、胴体と頭だけになった希未ちゃんがそのまま地面に激突した。
その瞬間、巨大な爆風と爆音と熱気が俺の体を包んだ。
「うわぁー」
喪失感?
怒り?
悲しみ?
ごちゃまぜになった感情に耐えきれず、叫び声を上げて、俺は起き上がった。
「はあ、はあ、はあ」
荒い息がおさまらない。
辺りの空間は冷たく、暗い。
まわりを見渡してみた。
「夢か」
大きく安堵した。希未ちゃんは殺されてなんかいない。
「よかったぁ」
そう言って、俺はうなだれた。でも、これが現実にならないと言う保証はない。そう思うと、夢の恐怖を心の底から消し去ることなんかできそうになかった。




