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8day 迷走ライスシャワー

 ここは王城の居室、その中でも王族の人間が個人的に利用する一室。

「それで?」

 アンジェリカちゃんの声だけが静かに響く。如何にも「私は怒っています」という空気が彼女の背中からジワリと立ち上る。

「私には申し開きの言葉もありません。ですが、もし許されるのならば事に至った原因を説明させていただきたい」

 床に額をこすりつけた状態で勇者が口を開く。その表情を見ることは出来ないが、大凡その雰囲気から青ざめていることは間違いないであろう。その横にはなぜか正座させられたヴラドが胡散臭い笑みを浮かべている。

「ヴラドさん、あなたがそこに座らされている意味は分かりますか?」

「アンジェリカちゃんのおっぱいを見たから」

「朱人さん、この人に罰を与えてください」

 うむ、委細承知。俺が腕を一振りすると、ヴラドが光に包まれ消えた。

「あるかも分からん男色の世界に吹っ飛ばしておいた。2時間は魔法も使えないようにしたから帰ってくる頃には妊娠してるかもしれん」

「ちょ、ちょっとまってくれ!それって俺も同じことされるのか!?」

 焦りと恐怖で顔が赤青点滅する勇者はこちらにおびえた表情をを向ける。知らん知らん、俺は知らん。男に生まれたことを恨め。

「あなたには別にやってもらうことがあります」

 アンジェリカちゃんは勇者の台詞をぴしゃりとはねのけると、顔を赤くしてキッと勇者を睨む。

「あ、あなたには私の夫となることを私の誕生パーティーで発表してもらいます!」

 それは罰ではなくご褒美ではないだろうか。



「朱人さん、僕が愛しているのは君だけだよ」

「おまえのケツの穴になにがあったかしらんが、イカ臭いまま俺に近寄ったら殺す」

 予定よりも1時間ほど早く帰ってきたヴラドは尻をかばうようにして風呂場へ向かった。一方、勇者の方はというと。

「ですから、私の裸を見た以上、私の夫として責任をとってもらう必要があるのです!」

「そんなこといったら私なんて裸で一緒に寝たことがあるもん!」

「私はお風呂に一緒に入ったことがある」

 勇者パーティとアンジェリカちゃんの取り合いに巻き込まれていた。彼女裸のつきあいが会ったかを競い合い、最終的に誰が一番勇者の嫁にふさわしいかの話まで発展していく。

「ですから、私と結婚すれば一国の王として将来も約束されています!」

「それをいったら、私だって同じだもん!」

「私と結婚すればしがらみのない生活ができる。毎日ネチョいこともできる」

 おまえら言うに事欠いてお家自慢じゃ、そこの男は靡かねえんじゃないかな。あと、おまえ等さっきから本音以上に漏れちゃいけない秘密ダダ漏れだぞ。ネチョいことってのには興味あるけど、それ以上引っ張ると勇者の腕がもげるからな。

「ストップ!ストーップ!なんだかよく分からない状況だから説明してほしいんだけど、そこのにやにやしている吸血鬼ぃぃぃいいい!」

「ふん、人様を呼びつけるなんて何時から其処まで偉くなったのか教えてほしいもんだが。まあいい、よく分かる解説!『お前が感じている感情は精神疾患の一種だ。しずめる方法は俺が知っているを。俺に任せろ』」

「任せたから早く何とかしてくれ!」

「これ、おまえが彼女たちに直接言わんといかんのよな」

「退路を一つ塞いだだけかよぉぉおお!」

 残念ながらその通り。さて、次はどうしたものかと謀を脳内に巡らせていると、バスローブを羽織り湯気が立ち上らせながらヴラドが戻ってきた。胸元に顔を近づけて匂いを嗅ぐが、雄々しい匂いは石鹸の香料に取って代わったようだ。

「ふん、これに懲りたら俺に触るんじゃないぞ」

「これで懲りるような僕だったら朱人をさらってないよ」

 そいつはごもっとも、だが許さん。ヴラドはさわやかな笑顔で頭をグシャグシャと撫でる。すると、ヴラド以外の4人が俺をまじまじと見ていた。

「なんだなんだ、見せ物じゃねえぞ。おまえ等はかしまし男女関係でも続けてろ」

「なんだい?あんた達はひょっとしなくても、そう言う関係なのかい?」

 勇者の取り合いに参加せずに黙りこくっていたグリンダが興味深そうに口を開いた。

「そう言う関係って言うのは、愛だの恋だのを囁き合うような関係のことを指しているならそれは間違っているとだけ言っておこう」

「いや、それにしたってずいぶんと親しそうだったけど」

「憎さ余って殺意百倍ってだけだ」

 食い下がるピネアの台詞にかぶせるように否定する。俺は強く否定するぞ。

「其処の勇者君は分かると思うけど、朱人はツンデレなんだ。デレデレツンツンデレツンツン」

「ツンデレって言うか、ツンドラって感じだけど、吸血鬼界隈じゃよくある話なのか?」

「勇者、っあーユウジとか言ったか?お前は突然女にされて体の自由を奪われたことはあるか?」

「ほかでもないあんたにそれをやられたんだけど」

 そういうこともあったな。いや、そういうことが言いたい訳じゃないんだ。俺は女にされたあげく一日中体を弄ばれて、着せかえ人形にされて今に至るんだぞ。そういってこれまでの経緯を4人に説明すると、ヴラドに非難めいた視線が集まっていく。

「ヴラド様は父のお知り合いとのことですが、それは人としてやってはいけないことだと思います」

「朱人さんって男の方だったんですか?」

「男同士……ソレもアリ」

「道理で言葉遣いが荒っぽいというか、私と違った男っぽさがあるわけだよ」

「っていうか、自分がやられて嫌なことを俺にするなよ!」

 だから、ピーチクパーチク同時にしゃべるんじゃないよ。聞き分ける方は4人がしゃべってるのが分かっても、誰が喋ってるかわかりゃしないんだぞ!

「まあ、俺の出自なんてどうでもいいだろ。目下の問題は其処の勇者(笑)ユウジが誰を選ぶかという話で」

「あ!せっかくごまかせたと思ったのに、なんで話を戻すんですか!」

 そう簡単にうまくいく話なんて世の中ないんだよ。

「とりあえずパーティーまであと2時間てところだ。誰を選んでもいいが、後悔しない選択をしろよ」

「その台詞はこの状況をにやにやしながら見てなければかっこいい台詞なんですけど」

 そう言ってユウジは肩を落とした。

 そう簡単にうまくいく話なんて世の中にはないんだな……。

 おれは斬り返された台詞にわずかに顔をしかめ、窓から外を見る。日も暮れて、鈴虫が鳴く宵闇が広がっていた。



「これより我が娘、アンジェリカの誕生披露宴を行う!お集まりいただいた皆には存分に楽しんでもらい、娘の誕生日を祝ってほしい!」

 王様の堂々たる開会宣言とともに、パーティーは始まった。この世界の要人など全く分からない俺だが、この場にいる人間がそれぞれ護衛を引き連れているところをみると、そうそうたる面子がこの場に集まっていることは伺えた。

「なあ、ヴラド。もしかしてこの国って大分影響力があるのか?」

 ぐるりと当たりを見渡してもざっと数えて100人はいる大広間で、そろって壁の花をしている俺とヴラド。そもそもがこの世界の人間ではない時点で世間話をする相手は勇者パーティの面々と今日の主賓しかいない。世界の情勢にしたって先日倒した竜が居なくなったことぐらいしか話す話題もない。

「まあ、この世界では一応最大国家なんじゃないかな。そうでもなかったらこんなに人を集めて娘の誕生日を祝うなんて国庫を枯らしてしまうだろうからね」

「ふーん。あ、そこの給仕。俺とこいつに何か酒を。あとツマミを適当に見繕って持ってきてくれ」

 畏まりました、と給仕が一礼するのを見て蒼子をだぶらせてしまう。

「蒼子、今頃なにしてるのかなあ」

「ホームシックになるのはちょっと早すぎると思うよ」

「そんなこと言ったって、今俺のおもちゃといったらあそこで貴族の娘に囲まれてる奴しか居ないし……」

 横にべったりアンジェリカとパーティメンバーが居るにも関わらず、ユウジの周りから貴族の娘がとぎれることはない。日本にいれば特別イケメンというわけでもないのに異世界に来たとたんモテモテになると言う設定は、古今東西揺るぎない鉄板ネタなのだろうか。

 暫くして給仕がお盆にツマミとワインのような酒を持ってきた。色とりどり肉と野菜がバランスよく乗っているあたり、教育が行き届いているのだろう。

「なあ、こういうときってチップは出すもんなのか」

「それは彼が盆を運んでくる前に聞くべきだったね」

 そういってヴラドは懐から硬貨を取り出し、給仕も苦笑いをしながらそれを受け取る。二人の視線は完全に背伸びをしたがる少女を見るそれだ。

「なんだなんだ、おまえ等そろいもそろって人を子供扱いか?いいだろう、其処までいうなら特大級のチップを見せてやる!」

 俺は一番近くにあるテーブルに向かって右手を伸ばし、まほーぱわーを放出した。

「『来い』」

 どろり、と身体から力が抜けるとテーブルの上の空気がミシリとゆがむ。周囲にいた人間も異常を感じ取ったのか護衛の後ろに隠れるようにテーブルから離れていく。ぎしぎしときしむ音が限界まで達すると、ポンッとコミカルな音ともに特大級のシュークリームの山が其処にはあった。たしか、クロカンブッシュとかいったか。

「うむ、丁度シュークリームが食べたいと思ったところだったんだ。給仕、あれを崩さないように一人前とってきてくれ」

「朱人、君って時々暴走するときがあるよね」

 常に暴走してるおまえからそれをいわれるのだけは許せん。給仕はというと、この事態を引き起こしてしまったことに耐えられなかったのか、呆然と立ち尽くしている。

 そこに、あわただしく近づいてくる一団が見えた。今日の主賓のアンジェリカ達だ。

「ポール、なにがあった」

 王様は、険しい表情で給仕に問いたてる。ポールと呼ばれた方はというと呆然としていたのが嘘のようにスラスラと事情を説明していった。

「ポール、俺のシュークリームはまだか」

「ああ、すいません。今給仕のものを呼びますので」

 おまえがその給仕だろうが。ポールが手をたたくとまたどこからともなく給仕が現れる。

「あちらのお嬢様に、あそこの山から一人前頼んだ」

 おいおい、給仕のくせに自分の仕事を放棄かよ。いい身分だな。おまえはなんだ、レジェンドオブ給仕かなにかか。

「朱人、おそらく彼はただの給仕じゃないよ」

「知らねえよ、エクストリーム給仕だろうと、自分の仕事を自分でやらん奴はただの馬鹿だ」

「あー、お嬢様?一応俺も仕事中なんだけど」

「ほう、それは自分の仕事を他人に押しつけてまでする仕事か」

 別の給仕が運んできた皿を受け取ると、シュークリームにかぶりつく。なんだコレ、クリームが入ってないぞ。

「朱人殿、彼は私が……」

「待て、俺はこのクリームのはいっていないシュークリームをどうやって処分するか考えている」

 どうやらポールは王様の仕込みのようだったらしい。ぐぬぬ、シュークリームじゃなくてコレじゃただのシューではないか。

「王、どうやらお嬢様はあちらの食べ物にご執心のようなので説明を続けさせていただきます」

「む、頼む」

「あちらの食べ物はどうやら彼女が転移させたものですが、彼女自身口を付けているところを見ると食べ物で間違いないようです」

「ふむ、そうか」

「いちおー、祝いの席の食い物らしいんだけどな。しかしクリームが……」

 王様はくるりと背を向ける。どうやら説明をするようだ。

「お集まりいただいた皆様、お騒がせして申し訳ない!こちらの食べ物は異国で祝いの席にてもてなされるもので、危険なものではない!此方のお嬢様が転移させたもので、良ければ皆様もお一ついかがだろうか!」

 おお、そういう体で行くのか。そう言うことならやぶさかではないぞ。

「『もっと来い』」

 今度は派手なエフェクトもなく、各テーブルに同じものが並ぶ。あわただしく給仕がそれを取り分けると、それぞれの手に行き渡ったようだ。

「むう、これはうまい」

「甘くて、生地がふわふわして」

 どうやら好評のようだが、俺は未だに納得していないぞ。

「なあ、朱人さん。これってクリームは入ってないのか?」

「ユウジ、おまえだけが同志だ」

 日本から来たユウジもどうやら同じ感想のようで、クリームが入っていないシュークリームには違和感を覚えるようだ。

「朱人、クリームを入れないクロカンブッシュも存在するんだよ」

「はあ!?ヴラド、そのクロカンブッシュを考えた奴のいる時代は何時だ。その頭の悪い思考回路を修正してやらねばならん」

「さすがに僕も其処までは知らないよ。そう言うものだとあきらめたら?」

 納得できるか!おいヴラド、今からコンビニ行ってこい!セブン○レブンのプレミアムな奴な!



 一波乱あったが、宴は続く。あのあとも壁の花を続けていた俺の周りには男女問わずの人だかりが出来ていた。

「可愛いお嬢さん、あんなお菓子初めて食べましたわ。是非今度我が家に来てもう一度振る舞っていただけないかしら」

「うーん、そろそろ帰るつもりだから当分先の話になるし、確約も出来ないが」

「そんなことよりお嬢さん、うちの息子と今度会ってはくれないかい」

「会うだけなら会ってやらんこともないが、気分次第だな」

「それよりもすてきなお嬢さん、私と一曲踊っていただけませんか?」

「身長差を考えろ、俺より一回り以上丈がある奴とどうやって踊るんだ」

 さっきから一事が万事この有様だ。純粋に菓子を楽しみたい奴もいるが、下心の透けている奴の多いこと。

「ヴラド、俺帰りたい」

「そうだね、僕も同じ気持ちだよ」

 ヴラドの周りには女しかいない。どうやら俺を連れているので、子供が居ると遠慮していたが先ほどの騒ぎで堰を切ったように女性陣が群がってきたのだ。

「この世界では魔法が使えれば一人前、独り立ちの証なんだ」

 子供が独り立ちしていれば、二人っきりになる機会も出来る。そうすれば、相手がどれほど美人でもだろうと寝取る自信があると彼女たちは思っているのだろうか。

「そもそも、一夫多妻認められてるしね」

 この世界の最大国家の王と近しい関係を持つ人物となら多少のリスクや二番手三番手の地位でも彼女たちにとっては魅力的な物件に見えるのかもしれない。こいつビジュアルは最高クラスだしな。

「面倒だから、プレゼントさくっと渡してしまうか。おーい、アンジェリカ姫ー!」

 人だかりの向こうに叫ぶと、人の壁がザザザッと割れた。一方、突然名指しで呼ばれたアンジェリカ姫は驚いた顔で慌てて此方に駆け寄ってくる。

「朱人様、何でしょうか」

「いや、呼んだのは俺だけど、一応一国の姫様がどこの馬の骨か分からん奴のところに直接くるってのは、権威的に大丈夫なのか?」

「おそらく、この場において朱人様より立場の上の人間はおりません」

「冗談でもそう言うことをいうのはやめろ。周りとの距離感が2メートルは開いたぞ」

 まあいいや、開けて好都合だ。俺はアンジェリカ姫の服をじっと見つめると集中力を高める。

「あの、なにか」

 アンジェリカ姫が口を開こうとした瞬間に、俺の準備が整った。

「『コレは俺たちからの贈り物だ』」

 俺からあふれ出た魔力が光彩を放ちながら、アンジェリカ姫にまとわりついていく。

「『誕生日おめでとう』」

 光が形を持つと、純白のウェディングドレスに包まれたお姫様が其処に立っていた。

 周りから感嘆のため息がこぼれる。それだけ彼女は美しく、俺もそれに伴うだけの服を用意したつもりだ。

「うむ、思った通りアンジェリカ姫には白が似合うな」

「朱人様、これは……」

「俺の世界では結婚の際に着るドレスだが、祝いの席の服ってコレしか思いつかなくてな」

「ちなみに朱人、特定の相手がいない人が着ると行き遅れるってジンクスがあるよ」

 ヴラド、何でおまえはよけいなことしかいわないんだ。それだったら相手を見繕えばいいだろう。

「おーい、勇者ー!女たらしの三股勇者ー!」

「おおおおおおい!何であんたはよけいなことしかいわないんだ!今、完全に俺を見る目が180度逆転したぞ!」

「それは俺の都合じゃないから知らん。そんなことより勇者ユウジ、お前は誰を選ぶか決まったか?」

「またさらによけいなことを!俺はまだ誰かと結婚するつもりはない!」

 おいおい、そしたらアンジェリカ姫はどうするんだ。行き遅れたら誰が責任をとると思ってる?お前だろ。

「いいからサックリ選らんどけって。幸いこの世界はハーレムものを受け入れる土壌があるぞ」

「あんた絶対面白がってるだけだろって、アンジェリカ様?なぜ私の腕に抱きついているのでしょうか?」

「ユウジ様、いいえユウジ。私と結婚してください」

 おお、と周りがにわかに騒がしくなる。そりゃそうだ、なんせ最大国家の姫が求婚、それも美人。据え膳くわぬは男の恥だぞ、どうするユウジ?

「姫様、私には故郷に恋人を残しているのです」

「あ、それ嘘だから」

「あ、ん、たってやつはああああ」

 こすい手段で逃げをうとうとするからだ。そもそもなにが不満だというんだこいつは。

「難しいことを考えないで、全員嫁にしちゃえよ」

「いや、おれはそのっ」

「歯切れの悪い奴だな、誰ぞ想い人でもいるってのか?」

 胸ぐらをつかみ締め上げると、観念したように口を開く。

「グリンダと、将来の約束を……っ!」

「ええええええええええ!」

 かしまし三人娘の絶叫がホールに響いた。



 その後、別室に移った俺たちはそれぞれ思い思いの体勢でくつろいでいた。

「つまり、旅を始めた頃に水浴びを覗いてしまったことが発端で?」

「はい」

 ……ただし、三人に問いつめられる一人を除いて。

「それ以来ちょくちょく意識するようになり、お互いの距離が深まってきたと?」

 アンジェリカ姫の言葉を接ぐようにピネアがさらに圧力をかけていく。

「はい」

「そして、お互いの重いが通じ合ってきて告白したと?」

 そこに、名前も思い出せない寡黙娘がだめ押しの一言。

「んで、この間のドラゴン退治の前日に事に至ったというわけか」

「ユウジ!あんたそんなことまで言わなくても良いんだよ!?」

「言ってない、言ってない!あれは吸血鬼の固有スキルか何かで覗かれたんだ!」

 超当てずっぽうだったんだけど、困ったことになったな。ユウジが。

「つまり、ユウジはグリンダと結婚したい。4人はユウジと結婚したい。……あー、めんどいから全員と結婚すりゃ良いんじゃね」

 曰く、リア充死んじゃえばいいのに。何でこの世界一夫多妻制なんだろう。そうじゃなければ修羅場で今頃この勇者刺されて死んでるはずなのになあ。

「朱人さん、今、不穏なことを考えてませんでしたか?」

「ふん、お前のあだ名は今日からタンショーホーケーだ。オーケー?」

「ノオオオオウ!何でそんな不名誉なあだ名を付けられなくちゃいけないんだ!」

 お前がリア充だからだよクソ!むしゃくしゃしたので部屋の真ん中で正座をしているユウジの足を棒でつつく。

「ホレホレ、これで口答えできまい」

「あっ、やめ!おっあっあっあっあああ!すいません許してください!何でもしますから!」

 ん?いま何でもするって言ったよね?言質を取った俺がユウジをさらに攻めようとすると、後ろに立っていたヴラドにわきの下から持ち上げられてしまった。

「ほらほら、止めなさい。もうそろそろおうちに帰るんだから、玩具はそれまで我慢ですよ」

「なんだなんだ、まるで人を子供扱いして!訴訟もんだぞおら!」

「はいはい。まあ、朱人のことはあまり気にしないでいいとおもうけど、現状のユウジ君の状況から考えて、全員と結婚するのが一番良いとは思うよ」

「ヴラドさん、どういうことですかそれは」

「だって、君は仮にも勇者な訳だし一国のお姫様とだけ結婚するって選択肢は国とのつながりを邪推されてもおかしくない」

 ぐ、っと押し黙ったのはアンジェリカ姫。姫である以上自分の影響力というものの大きさは十分理解しているようだ。

「それは、勇者の国のお姫様でも同じだし」

 うっ、とピネアも押し黙り。

「そして、権力を持たない貴族と結婚すればもっと酷くなるし、貴族ですらない子と結婚すれば明日には彼女の死体が転がることになる」

「それじゃあ、俺はどうしたらいいんですか!」

「一番簡単なのは、僕たちと一緒に日本に帰るということ」

「彼女たちをおいて、ということですよね」

「僕としてはどっちでも良いけど、多分誰か一人だけ連れていったら、君だけ再び召喚されて監禁ルートが目に見えてるよね」

 ちらり、と女性陣に目をやると、スッと目を逸らされる。勇者って愛されてるなあ。

「第二案はしがらみのない別の世界で暮らすこと。コレは君だけでいってもらうことになるかな」

「なあヴラド、その案だとその世界で同じ状況になったらどうするんだ?」

「うーん、それは考えてなかった!廃案だね」

 結局のところノープラン。俺たちと帰るにしても、誰がついてくるのか。ついてきたとしても日本ではただの少年ユウジが最大4人も養うことが出来るのか。問題は山のようにある。

「俺としては、ユウジはこの世界で暮らすことをオススメする。一人を選んだとしても、向こうに戻ったらただの人のお前が女養いながら生活するのは不可能だろ?」

「そう、ですね……。戻ったところで学校に通い直さないといけないですし、そうするとバイトも始めないといけないです」

「そうだなあ、この世界で暮らすとして、問題は何だ?」

「国、ですね」

 アンジェリカ姫は深刻そうな表情でぽつりとつぶやいた。

「なにしろ、ユウジ様の属する国は勇者の国。我が国とつながりが出来れば他の国から攻められてしまいます」

「勇者の力で追い返せないのか?」

 そこに、ユウジが口を挟む。

「勇者の数は俺を入れて4人、俺を除く3人は俺よりも強いけど、それでも4人で守りきれるほどの国の広さじゃない」

「この国が勇者の国と同盟を結ぶことは出来ないのか?」

「其処は私にも分からないです。政策の場にはまだ立たせてもらえていないのが現状です」

 面倒だなあ、全部ぱっと消しちゃえばいいんじゃないかな。

「ちなみに朱人、面倒だから国ごと消しちゃうという選択は無しだから」

「それだ!」

「イヤイヤイヤイヤ!たった今釘刺された所でしょう?!」

「お前、あのヴラドの顔を見て見ろ。押すなよ、絶対押すなよ。のあれだぞ」

「誰かこの吸血鬼を止めてくれええ!」

 知らん知らん。国一つなくなったところで、困るのは偉い人間だけだろう。

「いくぜ!『消えてなくなれええええええ!』」

「うわああああああああ」

 体から力が抜けるとともに世界が暗転していく。

 その日、一つの国が消えた。



「今日は月がきれいだなあ」

「あんた、ことの大きさが分かってないでしょう!」

 勇者がほえる。そりゃそうか、自分の都合で国が一つ消えたのだから。

「まあ、ぶっちゃけこの世界のことなんて俺の知ったことじゃないしな」

 ヴラドに振り返ると、その表情はいつもの胡散臭いスマイルをうかべるだけで。

「安心しろよ、きっと大したことになってないから」

「そうだね、朱人の能力は大ざっぱだからせいぜい別の名前になった位のモノだよ」

 バタバタという足音とともに大きな音を立てて扉が開く。

「ヴラド!いま部下から土地が転移したという報告があったが、お前の仕業か!」

「うん、ちょっと予想外の方向だったね」

 聞くところによると、一国丸々が王国の各所にある直轄地に転移していたらしい。

 こうなると困るのはこの国と、転移させられた勇者の国だ。そもそも固有の領土を勇者の力でもって保っていたのが、それを無理矢理転移させられ、しかも其処は他国の直轄地。当然、土地の管理上の問題が出てくるが、王国としても自国の国防が下がることが予想されるためおいそれと明け渡すわけにもいかない。幸いにも転移した土地には人は住んでいなかったようで、転移の際に巻き込まれて死者が出ることもなかったようだが、勇者の国は混乱を極めているという。

「いいじゃん、王国で管理しちゃえば」

「そう言うわけにもいかん。なにしろ、国単位の土地に多くの人が住んでいる。そのまま管理と言うことになれば当然税収などの問題が出てくる」

「人口が増えて、収入が増えて、おまけに土地の管理者もいる。言うこと無いだろ」

「朱人殿、この世界のバランスは非常に危ういところで保っておるのだ。これ以上王国が大きくなるとなれば当然各国から不満が噴出し、戦争になる」

「あー?面倒だな。周りの国全部消すか?」

 本当に面倒きわまりない。再び力をふるおうとすると、ヴラドを除くその場の全員から取り押さえられてしまう。

「朱人様、その軽挙が今の混乱を引き起こしたことを自覚してくださいませ」

 アンジェリカ姫も、さすがに表情がマジだ。しかし、俺が解決する手段など持ち合わせているわけでもない。

「土地を元の場所に戻すと言うことは出来ないのだろうか」

 王様は懇願するように取り押さえられているおれに聞いてくる。

「うーん、王様が俺の尻をさりげなく触ってなければ考えもしたが」

「お父様!?」

「いや、アンジェリカ!コレは違うんだ!男の性というか、其処に尻があるとさわらずには居られないというか!」

 そんな性格で、よく今まで浮気がばれてなかったよな。あるいは天才なのかもしれんな、この王様は。

「まあ、彼の手癖の悪さは今に始まったことじゃないから、あとで罰を与えるとして。問題は朱人の魔法が大ざっぱということに尽きると思うよ」

 ヴラドの考察によると、俺は魔法を感覚で使っている。その通りだ。そして、その感覚のまま元の場所に戻そうとすれば、元の場所に戻す際にまた別の問題が起こることは想像に難くない。

「要するに、戦争が起きないようにすればいいんだよな」

 俺は窓から見える大きな山を見た。



 俺は王様を引き連れ、パーティー会場だったホールに戻ってきていた。

「王様、ちょっとこっちの話を聞くように言ってくれ」

 ホール内も混乱しているようで、ざわざわと騒がしい。このままでは俺の話を聞いてもらうのは難しいと判断して王様に頼んだ。

「皆様、この事態について説明がある!しばし此方の話に耳を傾けていただきたい!」

 うむ、ばっちりだ王様。会場はわずかなざわめきを残しながらも、次第に静かになっていった。

「よし、では説明しよう」

「ま、まってくれ!王が説明をするのではないのか!?」

 まだ年若い貴族の青年が俺が口を開くと大声で遮った。おい、人の話をインターセプトとはいい度胸だな。

「今回の転移は全て彼女の起こしたことだ、直接本人の口からきくのがいいだろう」

 王様がそう言うと、また会場が騒がしくなる。

「うるさい奴らは黙らないと竜の口の中に転移するからな。……よし、静かになったな。ところで、今日は月がきれいなんだが」

 俺がそう話し始めると全員が窓を見るが、窓からは城の後ろにそびえ立つ山しか見えない。

「ここにいる皆様には是非、今宵の月を見ていただきたい」

 そう言って俺は腕を振り上げる。

「『邪魔だ』」

 俺が魔力を放つと全くの無音のまま窓から見えた山が消えた。窓からはきれいな満月が輝いて見える。

「どうだ、月がきれいだろう」

 会場の多くが我が目を疑うようにその目を見開き、月を見上げていた。

「簡単な話だ、今回の転移によって起こった出来事全てはこの国で管理する。この件についての異論は認めよう。ただし、その異論をもってして大きな災いを引き起こした国は、あの山のようになる」

 戦乱を予感させる事態に大きくざわめく会場が、水を打ったように静まりかえっていた。コレはいわば天災レベルの脅迫だ。

「あとのことに関しては、国の偉いもの同士で話し合ってくれ。俺は帰る」

 そういって会場をあとにした。ああ、蒼子が恋しいなあ。



「というわけで、解決してきたぞ」

「朱人、僕達もこの部屋で見ていたんだ」

 ヴラドは空中に浮かぶモニタのようなモノを指さす。其処には会場に向かって演説をする王様の姿が映っていた。

「ふん、コレ使って風呂を覗いていたりしないだろうな」

「はは、まさか。……シテナイヨ?」

 推定有罪!風呂場に結界でも張るか。

「おい、目下の問題は解決されたぞ。かしましラブコメの続きはどうした」

「いえ、あまりの出来事に私たちも開いた口がふさがりません」

 絞り出すようにアンジェリカ姫が話し出す。

「もはや、私の結婚など些細な問題です。混乱が収まるまでは今回の件は保留とするつもりです」

 ほかの3人娘も首を縦に大きく振る。勇者だけが少しほっとした表情でソファーに深く座り込んだ。

「ふーん、なんだつまんねーの。せっかく問題解決したからラブコメみられると思ったのに」

「俺たち人間は吸血鬼みたいに図太い神経持ち合わせてないんだよ」

 いや、4人の女に囲まれてどっちつかずの対応してるお前の図太さも大したもんだよ。

「んじゃまあ、俺たちは帰るわ。あと勇者の体質は元に戻しておいたから、なにをぶっかけようと女になることはないぞ」

「本当か!?」

 勇者はコップに入った紅茶と、水差しの水に交互に指をつっこむ。当然なにも起こらない。

「うそ言ってどうするんだよ、大体これから4人の相手するのにいちいち女になったりしてたら風呂場ぐらいじゃないとナニモデキナイダロ」

 ギラリ、という効果音と共に部屋の室温が上昇する。熱源は当然4人のかしまし娘たちだ。

「まあ、体の相性とかイロイロ試してから決めるのもいいと思うぞおれは」

 残った紅茶を飲み干し、席を立つ。勇者は慌てて逃げ出そうとするが、しっかりと女性陣に確保されていた。

「『来い』」

 そう言うと、俺の手には小さな小瓶が収まっていた。

「コレをおいていく、好きに使え」

「あの、コレは?」

 手渡されたピネアが不思議そうに中の液体をみる。

「男を強制的に元気にさせて、モノのついでに動きを鈍くする薬だ。どうせ其処の奴は縄で縛っても逃げ出そうとするだろうしな」

 それを聞くが早いか、勢いよく小瓶を受け取るとユウジに飲ませようとする。

「おい!最後の最後までよけいなまねしていくんじゃねえええええ!」

「おいおい、せめて俺たちが出て行くまで我慢できないのかよ。まあいいや、扉は中からしかあけられないようにしておくから。頑張れよ」

 そうして俺とヴラドはこの世界から完全に姿を消した。気がつけばいつもの屋敷の庭だ。

「ところで、朱人。あれって女の子にも効果有るの?」

「たとえあったとしても俺は飲まないし、お前に飲ませることもない」

 ただいま!蒼子、元気にしてたか!?

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