1day 開花予想日
俺がまだ善良な一般市民だった頃のお話。
気まぐれに「何かお菓子とドリンクが欲しい」何て不純な思いで血液を提供するため駅前の献血カーに足を向けた。
予定通りにスポーツドリンクを頂き、「今日はお酒とか控えてくださいねー」なんて受付のお姉さんに言われながらその場をあとにする。さっさと帰って惰眠を貪ろうと近所の公園を抜けようとしたところで世界に異変が起きた。
身体中に激痛が走る、しかしそれは一瞬の出来事だった。問題は顔をあげ、見えた世界の方だ。まず、あたりが暗くなった。周りの遊具なんかが心なしか大きくなった。そして最後に一番の異変。服が所謂ゴスロリ服になっていた。
「これは、まさかの憑依!?」
声も高え!心なしか俺のお気に入りの声優の声に似てる気もするけどそれは考えると萎えるわ。ゲームプレイ中に収録現場のことを想像して途中で投げたことがある俺からすると割と地獄に近い。
「いや、あたりが暗くなったのは僕のせいで、君の周りのものが大きくなったのは君が縮んでるだけで、服は僕の趣味だ」
唐突に現れるわけでもなく、この金髪優男が俺の目の前で片手をかざしてイマイチ聴き取り辛い感じの呪文を唱えた途端こうなれば、黒の組織に薬を飲まされてなかったとしても犯人はお前だ!
「あ?知ってるぜ?こういうパターンは大体俺に特殊な力が宿ってて、体が目当てだけど男だと不都合があるからとりあえず女の体にしちゃったパターンだろ?」
知ってたわー、全部まるっとお見通しだわー。大体、声が明らかに高くなってる時点で気づくわー。
「で、なんだ?お前の正体は神か?悪魔か?俺は無神論者だが、お前が神様っていうなら今日から『空飛ぶスパゲッティモンスター教』に宗旨替えするぞ。悪魔だっていうならアーメン、ハレルヤ、ピーナッツバターやるからさっさとお引き取り願えるか」
「ふーん、なんていうか、こういうことを本人の前にしていうのもなかなか無いけど、随分と都合のいい思考回路してるね」
「おまえのそのスカしたツラを見てると、ことごとくお前の想像を裏切ってやろうって気にもなるわな。まあいい、話せ。事と次第によっては貴様の性奴隷になる事もやぶさかではないぞ」
そう言って顎で公園内のベンチを示す。立ち話で人様の体をぶち壊しといて説明もなしとは言わせん。と言う体で。
「うーん、何かもっとこう慌ててくれてると、たたみかけて騙して囚われのお姫様にするのが本来の僕の予定だったんだけどねえ」
この年になってもままならないことって存在するんだねえ、などと言いながら『ベンチと逆方向にいる俺に向かって』歩き始める優男。
「な、なんでこっちにくるんだ!?」
「いや、君に素直に従ったら逃げ出しそうだし」
「そんなことはない、だからさっさとあっちに向かって全力で走れ!」
ジリジリと距離を詰めるのは、そういうプレイが好きだということの反証でしかないぞ、この暗黒微笑使いめ!
「はい捕まえた」
「解せぬ」
身長差、というよりも体格差の領域まで体が縮められている。なんだこれは、だっこちゃんか、だっこちゃんなのか。
「離せ!俺にはパートボイスゲームをセルフでフルボイスにする仕事があるんだ!」
「そういうことは後で好きなだけさせてあげるから、今は僕の家に行きますよ」
そしてまた再び歩き出す優男。抱きかかえらながら振り向くとそこには古めかしい洋館が立っていた。
「解せぬ」
本日二度目の怪奇現象、THEワープ。気がつくとそこは見知らぬ場所でした。
「汚ねえぞ!普通なら一回ぐらい逃げ出すパートが在るだろ!そこで見たことがない魔物とかが襲ってきて俺をかばってお前が弱ったところを逃げ出すつもりだったのに!」
「正直なのはいいけど、後で覚えててね」
やっべ、墓穴ほったかこれ?
@
「まずは自己紹介からかな」
優男は俺をベッドに放り投げると、向かい合うようにどこからともなく現れた椅子に座った。
「僕の名前は佐藤 拓郎」
「その西洋風のナリでそんな和名かよ!?」
「うそうそ、冗談。本当はウラジミール=ロドリゲス。日本生まれ日本育ちの純日本人。ヴラドが愛称だよ」
やーねぇ、なんてご近所のおばさんよろしく手をひらひらさせる優男。
「俺はバカだがその情報の6割は嘘だってことくらい分かるぞ」
「まあ、僕のことは気軽に『ご主人様』と呼んでくれて構わないよ」
ワー、ゴシュジンサマー。早いとこ俺をこの場から開放して下さい。
「君はひょっとしなくても僕のことをバカにしていないかい?」
「そんなことはない。ただちょっぴり、頭が足りてないし、だいぶ迷惑かけられてるし、家に返してくれないかなあとは思っている」
「6割はバカにされているということはわかったよ」
そいつはよござんした。優男のスカした面が渋い顔になったことに満足した俺は、辺りの家具を眺める。が、分からん。
おそらく、価値が高いものだろうということはわかる。ホストみたいな男4人で切り盛りする洋菓子店においてありそうな、女の子受けしそうな家具ばっかりだ。これらの素晴らしさは女になっても一生理解できないと思っていたが、こんなところで証明することになるとは思っていなかった。
「掃除とか大変そうだな」
「おや、もう掃除の心配かい?安心してくれていいよハウスキーパーのアテはあるし、いざとなったら魔法で片付ける」
「魔法?今魔法とか言ったか?」
「何だか妙に食いつくね。そうだよ魔法、魔の法則、魔の力。僕にはすごい魔法を使うマホーパワーがあるんだ」
「いやさー、ここまで明らかに不思議体験させられてるから今更疑う余地もないんだけどよ、そこまで猛烈にプッシュされるとこっちもこれから怪しいツボを買わされるんじゃないかと不安になるわけだが」
魔法、マホーか。俺にも使えんのかな?使えるといいな。
「魔法の技術はね、僕も長らく研究してここ最近やっと安定してきたところなんだ。秘訣はやっぱり魔力を通しやすい血液と体が不可欠でね。それには吸血鬼の体が一番最適だったんだよ……」
優男が長々説明しているのを聞き流し、妄想に浸る。
やっぱり炎とかいいよなあ。燃やす対象もいないけど。……よくよく考えればこの目の前の優男とか燃えていい存在だよなあ。
「『燃えろ』」
俺がそう唱えるとごう、という音と共に優男が燃えた。
「燃えたよ!?」
「燃えたな」
そして俺は魔法使いになった。スイーツ。
「解せぬ」
手を顎に当てて悩む姿も、イケメンだと様になるなあ。死んじゃえよもう。
「どうした、ご主人様」
それでも一応声をかけるのは、この不思議現象を説明できるのはこいつしかいないからだ。べつに、このイケメンが悩む姿が妙にどきどきしたとかそういうわけではない。誰がおホモさんだ。
「あ、呼び方はそれでいいの?うれしいなあ、昔から女の子にご主人様って言われて傅かれるのが夢だったんだあ」
トリップしてないで質問に答えろ。
「僕はね、魔法使いの体を手に入れるために500年の研究と200年の修行を要したんだけどね」
「それを一発でおれがやってしまったと」
そりゃあ、そんな反応にもなるわな。俺だって割と驚いてる。というか、これ魔法で逃げられるんじゃね?
「魔法で逃げたら語尾に『にゃん』がつく呪いを掛ける」
「やれるもんならやってみにゃん!」
おい、ちょっとまてやこら。なんでそこのお前はしてやったりみたいな顔してんだおい。
「お前絶対早漏だろ。いや、わかってるぞ。それ以上言わなくてもこんな格好にされた時点でお前は残念イケメンだってことはわかってる」
あ、にゃんの呪いが解けた。もしかして一発しか使えないのか?呪いってこええ。
「どうしてだろう、こんなにもバカにされているのに僕の胸は高まりっぱなしだよ」
何でお前が『ご褒美です』見たいな反応してんだ、そうじゃないだろ。状況的には逆上して俺に襲いかかるシーンだろ!
俺の気持ちを知ってか知らずか、ヴラドがその手を俺の足にのばす。
「お前の変態性癖はよくわかった。よく分かったから足に絡みつくな、舐めるな、下着を脱がそうとするな!」
「ふふふ、この国にはいい言葉があるんだよ」
こいつはこちらのひらひらしたその先の薄い防御力を削ろうと必死だ。
「それは、本当に、おまえの行動を、正当化、できるものなんだろう、なっ」
「『嫌よ、嫌よも好きのうち』」
なんとか会話で誘導を試みるが、どうにもならない。頭を押さえても、股を閉じようとしても如何せん地力に違いがありすぎる。
「それがまかり通るなら女性専用車両なんて存在してねえんだよ!」
両腕を押さえつけられ、下着なんてとっくのとうにひざ下だ。優男は俺の両腕を片手で押さえ直すと、空いた手を俺の体に這わせる。
「君の体を作ったのは僕だよ。つまり、その体の感度をエロ漫画的に高めることだって簡単さ!」
やめて、嫌らしい事するつもりでしょ!エロマンガみたいに!
「てめえのテクのなさを大声で自慢するんじゃねえよこの卑怯者!」
「何とでもいえばいい。ちなみに君の体と一番始めにつながった生物をご主人様と認識するインプリンティング機能もついている」
「てめえ、そんなに俺をダッチワイフにしたいっていうのかよ!」
目の前の犯罪者予備軍は逡巡した。ソレもほんの一瞬。
「したいね」
見境なしかよクソ童貞。そもそも、俺は男だぞ。……そうだ、俺は男だ!さっきから這い回る手に敏感に反応する身体が恨めしいばかりだが、そうも言ってられん。状況は乾坤一擲を求めている。ふぁいえるっ!
「おい、俺はこのなりでも男だぞ!お前はいいのか男で童貞を卒業しても!」
「ははは、またおかしなことを言うね。人間は内面じゃない、外見だよ」
こいつ、自分の外見がいいからってこんなクズな発言を堂々としやがって!
「まずい、このままでは本当に開幕で開膜なんてお茶の間をドン引きさせる展開に!」
何か、何かないか。無駄に豪華な家具しかねえ!例えあれを使えたとしても、俺にはもったいなくてできん!
そうこうしているあいだに優男は自身のズボンに手をかけている。ぱおーん。
「まて、落ち着け!よしんばお前がことに至ろうとしてもそのサイズは無理だ!」
何だよあれ、アルトリコーダーかよ!
「挿入るか、挿入らないかじゃない。挿入れるんだ」
ドヤ顔やめろ。くそ、イケメンはなにやっても絵になるからむかつくな!お前は鬼畜エロマンガスキーかよ!
「…イケメン『もげろ』」
ヴラドの瞳に写る俺の目から光が失われていく。ナニもかもあきらめたつぶやきとともに、身体からすうっと力が抜ける感覚と。
そして世界に変化が起こる。
「ぎゃあああああ」
急に優男が股間を押さえベッドの上をのたうちまわる。あ、もしかして……。
「魔法で…もげた、のか?」
ありがとう神様!こんな状況でなかったらアンタのケツを四六時中舐め回したいくらい感謝してる!
「き、君にも味合わせてあげたいよ、ムスコがアルトリコーダーのように取れるなんて。……生まれて始めてだよ」
「元が男だっただけに、その痛みはちょっと想像したくない。というか、俺だったら気絶してる」
「これでも吸血鬼だから。……昔は胸を杭で打たれたり川に流されたり、色々やられたからね」
それ所謂吸血鬼の弱点じゃねえのか。それで死なないとかどういうことだよ。
「昔の僕たちはサービス精神旺盛だったということだよ。ほら、小学生の甥っ子と遊んで怪獣役を引き受けた時のような」
「……お前らってひょっとしなくてもやっぱり馬鹿なんだよな」
「誰にだって若気の至りはあるだろう?」
普通胸を杭で打たれるのを『若気の至り」で済ますやつはいない。
「それじゃあ、お前たちってやられて困ることはないのか?」
「ニンニクを投げつけるのだけは勘弁して欲しいね」
ほう、それはいいことを聞いた。
「あの軽い痛みが、投げてくる人の真剣さと反比例しちゃって心が痛むというか、駄々っ子パンチされてる感じ?」
「そんなこったろうとは思ったよ」
「あと料理にニンニクまぜたりとかね。これからデートって時にニンニク料理。当時は今みたいに口臭スプレーなんてないしさー」
「ふーん、じゃあ十字架はどうなんだ?」
優男は胸に手を突っ込むと十字がかたどられたアクセサリーを取り出した。
「これでもクリスチャンなんだ」
キリスト教を真っ向否定しそうな存在が信仰するのはどうなんだろうか。
「嘘だけどね」
「嘘かよ!」
「僕が信じてるのはこのアクセサリをくれた人さ」
「女か」
「うん。妬いてくれる?」
イケメンは信仰もゆがめるのかと思うと、世の中の男子のためにもおまえ消さないといといけないとは思った。
「ふう、やっと治ったよ。腕だったら五秒で治るのに」
「げ、本当に治ってる」
サイズこそ縮んだが、脅威は目の前にまだ在る。
「これ、ずっと生えないようにすることできないかなあ」
「恐ろしいことを言いながらつつくのはやめてくれないかい?おふぅ、そこを刺激するのはダメだ!」
これ以上刺激するとまた襲われそうなのでやめておく。しかし、自分についていた頃はあんなに可愛かったムスコもあそこまで大きくなれば恐怖を感じさせるんだな。
「ふう、もう疲れたよ。今日のところは諦めるからそろそろ寝ないかい?」
「絶対嘘だな。寝てる間に痛い思いするなんて絶対やだ」
「ほんとほんと、ちゃんと体は拭いておくから絶対気づかないって」
「『微塵切りになれ』」
「ぎゃあああああ、僕のムスコが猫缶の中身みたいに!」
猫だってもうちょい上等なもん食ってるだろ。