Chapter 12 少女と闇の休日
「ねぇ、千里ちゃん」
帰り道。あかりは千里へ聞きたいことがあった。
今日彼女が闇の力と戦っていると黄の神が現れ、その正体が千里であったためだ。
「なぁに、あかり?」
「千里ちゃんが四つ目の輝石の持ち主ってことでいいんだよね?」
「そりゃそうだよ、ジェセの声が聞こえたんだしっ」
千里は誇らしげである、今まであかりたちの戦いを見てきただけに自分がこの中に入るということは嬉しい他ないようだった。
「じゃあ今日ああやって派手にやったのはどうして?」
「えっ? それは……」
『――俺が答えよう!』
突然待ってましたと言わんばかりに、黄の輝石ジェセが二人の会話に割って入った。
『――だって、久しぶりに戦いが出来るんだぜ? 目立たなきゃと思ってね』
「えっ?」
『――俺は輝石といえど目立ちたいんだ。だから今回はチサトへ“俺を目立つように戦ってくれ”って条件付けたんだ』
続けてふふんと笑う、まるで正義の味方を気取っているようだった。
『――ジェセは昔からそうだった。我も何度注意したことか……』
これを聞いてヴェルガは深くため息をついた。
「あれ?」
ふとあかりが何かを見つける、それは自動販売機を前にウロウロしている葉子だった。
「葉子じゃん。何やってんの? あれ」
「さぁ? 声かけてみよ、葉子ちゃん!」
「ひやっ!」
不意に声をかけられて葉子は勢いあまって自動販売機のボタンを押した、その直後取り出し口にスポーツドリンクが出てくる。
「あ、あかりさんに千里さん。ど、どうも……」
「ごめんね葉子、声かけてまずかった?」
「いえ、大丈夫です……」
葉子は寂しげな表情を浮かべながらスポーツドリンクを取り出した。
「葉子ちゃん、実はね……」
「やっほーっ」
突然の凛々しい声に三人は振り向く、それは深緑のブレザー服に赤のネクタイ姿の優希だった。
「輝石の持ち主が揃うって奇遇だねぇ、何か闇の力でも現れた?」
「ううん、あたしとあかりが下校中に葉子を見つけて声かけただけ」
「そっか」
「そうそう。ゆうちゃんにも話しておかないと……」
あかりは葉子と優希へ今日あったことを話した。
黄の輝石が現れたことやその輝石の持ち主が千里であること、これからは輝石の持ち主が四人集まったということなどである。
「まぁ! 千里さんが!?」
「うん。これからは輝石を持つ者同士になったんだ」
「そうなんだ! 以後よろしく、千里!」
優希は仲間が増えたことを知ると、すぐに千里へ握手を交わした。
「それならさ。今度の日曜、記念にどっか行こう!」
「いいね! ボク、賛成!」
『――何の記念だ?』
「何って、四色の輝石が全部集まった記念!」
こうしてあかりたち四人は日曜日に街中へ出かけることとなる、待ち合わせ場所は市内にある駅近くの花時計前に決まった。
その頃闇の城ではリーヴェッドが一人、バルコニーで外を眺めていた。
「フィリア・ロッサは闇の力を持たせてはいけない存在であった。手駒は減ってしまったのは惜しいが、我々漆黒の闇にはまだまだ刺客は残っている……」
リーヴェッドは仮面越しに笑みを浮かべる、同時に今は闇を休めようとも思った。
日は過ぎて日曜日、千里たちが花時計の前に集まっていた。
あとはあかりが来るのを待つだけだが、待ち合わせの時間が迫ってきている。
「――あかりったら、この前もこんなだった気が……」
「そうなのですか?」
「うん、あたしが水族館行く約束して当日は待ち合わせ時間ギリギリだったんだよ」
「あらあら……」
葉子は苦笑いを浮かべると、もしかしたら事故か何かに巻きこまれたのではないかと一人心配し始めた。
「あかりと千里は昔から知り合いだったの?」
「ううん。中学二年になった時あたしがこっちへ引っ越してきて、初めて登校した時あかりと出会ったんだ」
いきさつを話していて千里はあかりと初めて出会った時に一年生と見間違えたことを思い返し、小さくクスッと笑った。
「みんなお待たせ!」
そこへあかりが駆け足でやってきた、待ち合わせの時間ギリギリの到着である。
「ごめんね、目覚ましのアラームかけ忘れてて」
「まあ。あかりさん、心配しました」
「ふふん、葉子は心配性だな。それじゃどこ行く?」
「そういえば考えてなかったや、どうしよう?」
四人は悩むがすぐに千里はひらめいた。
「じゃあさ。これあたしの案なんだけど、葉子が行ったことないとこへ行くってどう?」
「わたくしがですか?」
葉子はお嬢様育ちである、もしかしたら世間一般が知っていても彼女にとっては知らない場所があるかもしれないというのが千里の考えだった。
「じゃあ葉子ちゃん、ゲーセンは行ったことある?」
「ゲー、セン……?」
突然知らない単語が出てきて、彼女の頭上にハテナマークが浮かび上がった。
「その顔は知らないみたいだね。よぉし、葉子をゲーセンに連れて行こう!」
「おー!」
四人は駅の近くにあるゲームセンターへ足を運んだ、ここはゲームの種類が豊富で世代を問わず遊ぶことが出来る内容となっている。
葉子は初めて訪れる施設に目をパチクリさせている、メガネを通して見る世界に驚く他なかった。
『――ここは異世界の遊技場ですね?』
蒼の輝石ファレーゼが尋ねた、聞くところによると輝石が以前まであった異世界エステラ・トゥエ・ルーヴにもこのゲームセンターと似た雰囲気を持つ場所があったと言う。
「葉子ちゃん、どれかやってみたいのある?」
「わたくしがですか? それでは……あれを」
葉子が指差す先はクレーンゲームだった、中には動物のぬいぐるみが多数積まれている。
「これはどのようにして遊ぶのですか? 窓の向こうに二つの杓子が見えますが……」
「これはね、ちょっとしたコツがいるんだ! あたしがお手本見せてあげる」
そう言うと千里は自身の財布から百円玉を取り出した。
「これはあのアームでつかんで取るゲームなんだ、どれか欲しいのある?」
「えっ、そうですね……ではあの、クマさんを……」
中央の手前寄りに笑みを浮かべたクマのぬいぐるみが一体あった、自信満々な千里は早速百円玉を入れると慣れた手つきで操作を始める。
クレーンゲームのアームはすぐに目的のクマのぬいぐるみの真上までやってきた。
「よしっ」
うまく狙いが定まったのか、千里は小さく頷く。
アームが徐々にクマのぬいぐるみへ迫ってくると、いざつかもうと広がった。
「すごぉい、クマさんが持ち上がっていく……」
葉子はただただそれを食い入るように見つめる、ガラスの向こうで一体のクマのぬいぐるみがアームによって持ち上げられていた。
やがてアームが元の位置に戻ると、大きな穴の中に入った。
「ぬいぐるみ取ったどー、はい葉子」
千里は取り出し口からクマのぬいぐるみを取り出すと、すぐさま葉子へ手渡した。
「ありがとうございます。大事にしますね」
「千里ちゃんすごいねっ、もしかしてクレーンゲームの天才?」
「いやぁ、ないない」
と言いつつもまんざらでもない様子で、頭をかきながら笑顔を浮かべた。
「それじゃ次、どれにする?」
「あ、あのさ……これ、ボクの提案なんだけど……」
今まで黙って様子を見ていた優希が照れくさそうに口を出した。
「どうしたの?」
「ボク、今までゲーセンに来ててやったことないのがあるんだ……」
「ゆうちゃん、それって何?」
「ぷ、ぷ、ぷ……!」
優希の顔が徐々に赤くなっていく、何か言いたげだが言い出せないようだった。
『――ユウキ?』
「ぷ……アレしよう!」
その固有名詞が言えない恥ずかしさのあまりに優希はある機械を指差す、それはプリントシールを撮ることが出来る機械だった。
「なぁんだ、それならはっきり言ってよぉ」
あかりはすぐに慣れた手つきでプリントシール機を操作し始める、フレームの選択や写真の設定などすべて彼女に任せた。
「慣れてるね、あかり。写真撮ってる時とは大違い」
「むーっ、千里ちゃんったらっ!」
『さぁさ、笑ってー!』
プリントシール機の機械音声の指示に四人は一斉に笑みを浮かべた、初めての経験だけに優希は顔が引きつっている。
数分後に完成したシールはあかりの手によって三人それぞれに渡された。
しばらくして四人はゲームセンターを満喫すると店から出てきた、中でも葉子は先ほど千里から取ってもらったクマのぬいぐるみを両手で大事そうに抱えている。
「皆さん、今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「どういたしまして。さて、そろそろお昼か……」
千里は携帯の時計を見ながら言った。
「私お腹空いたー」
「ボクも。体動かすとお腹の空き具合が違うからね」
「あっ、いいの見っけ!」
あかりはすぐさま見つけたお店へ駆け足で走る、そこはピンクの外観で彩られたクレープ屋だった。
千里たち三人も後をついていく、店の中は静かで誰もいないようにも思えた。
「誰もいないのかな? すいませーん」
「はぁい」
奥からゆっくりとした女性の声が聞こえた、このお店の店員だろうと四人は思う。
「いらっしゃいませぇー」
出てきた店員は白のゴシック・ロリータ・ファッションにフリフリのカチューシャを頭に乗せ、店のロゴが印刷されたオフホワイトのエプロンを着ていた。
その店員を一目見たあかりは首を傾げた、どこかで見たことがある顔だったからである。
店員も同様に四人を見て首を傾げていた。
「あーっ!」
あかりと店員は互いに指差す、思っていたことは確信に変わった。
「どうしたの? あかり」
「あ、あ、あ、あなたは……漆黒の闇の……!」
「何ぃ!? それならあたしの力で……!」
「ちょっと待ってぇ、今ロッサは闇とは関わりない普通の女の子よぉ!」
千里が転生の構えに入ったその時、店員がそれを止める。
あかりが思っていたとおり、店員は漆黒の闇の一人として以前まで戦っていたフィリア・ロッサだった。
四人はそこでクレープを買い終えると彼女に話を聞いた。
「あなたたちに負けた後、私はリーヴェッド様から闇の力を余すところなく取られてコロっちとかの術は何も出来なくなったの。闇の城からも追い出されて途方に暮れていたら、ここの“くれぇぷ”のお店が目に留まったのぉ。そんな時思ったわぁ、今までの過ちを詫びようって。だからロッサ、ここで働いてるのぉ」
「そうだったんだ……」
「そしてぇ、あなたたちにも謝りたいのぉ。闇の刺客として戦ってきたけど、今になって普通の女の子に戻って悪いことをしたんだと思ってるわぁ……ごめんなさい」
ロッサは俯いたまま悲しげな表情を浮かべた。
この時あかりは彼女の話を聞いていて、漆黒の闇の中に悪い人はいないのかもしれないと思う。
「わかりました。許します!」
あかりを除いた三人は信じられないと言いたげな表情に変わる。
『――アカリ、それでいいのか?』
「そうだよ! この人はあたしたちを苦しめてきたんだ、そんな簡単に――」
「千里ちゃん、ロッサさんは悪い人じゃないよ。だからこれから一緒に仲良くしたい!」
千里はあ然とする。
今まで敵だったのに易々と許し、さらに彼女と仲良くしたいと願うあかりに。
「あなた……このロッサを許してくれるのぉ?」
「はい。これからは一緒です!」
この言葉を聞いてフィリア・ロッサは笑顔を浮かべた。
「嬉しいわぁ、この世界であなたのような存在に出会えるなんて。お名前聞かせてもらえるかしらぁ?」
「遠城あかりです」
「エンジョウ・アカリ? ……んもー、めんどくさいから今まで通り紅っちって呼ぶわ」
ロッサはその後千里たちにも同様のあだ名をつける、葉子は“蒼っち”、優希は“みどっち”、千里は“黄っち”という具合だ。
こうしてあかりたち輝石のを持つ者と、かつては漆黒の闇の刺客という不思議な友好が生まれた。
しばしの雑談を済ませ、四人は店を出るとロッサの話を始めた。
「ロッサさん、闇の力がなくなったせいか明るいお人に見えました」
「同じく。これまでボクたちへ敵意むき出しだったけど、今見るとやさしいお姉さんって感じがした」
「そうそう。輝石は持ってないけど、あたしたち四人の新しい仲間みたい」
次第に葉子と優希もフィリア・ロッサへ肯定的に受け止め始める、あかりが許さなかったらこうもならなかったのかもしれない。
「そうだ!」
突然千里は何かをひらめいた。
「輝石を持つ者が全員集まったんだし、改めてチーム名とか決めない?」
「チーム名?」
「ナントカレンジャーみたいに、私たち四人だけのチームだよ。そうなると“キセキレンジャー”なんてどう?」
それを聞いて千里を除いた三人はその場でこけかけた。
『――単純な発想だな……もっと言葉を使って名付けろよ』
「ぐっ、ジェセめ!」
「で、では……“クリスタル・フォース”というのはいかがでしょうか?」
「それいい! 四つの輝石を持ったモン同士だから。あたしもこの前あかりにそうやって付けたんだ」
それを聞いて葉子は静かに首を振った。
「千里さん、それぞれクリスタルは“輝石”フォースは“力”という英語です」
葉子が得意な英語を生かした発想に皆賛同した、同時に転生した後は本名ではなく色で呼び合おうということを決める。
『――我々はそのような名ではない、輝石の神であって漆黒の闇を――』
「ヴェルガったらカタイよー、私たちは魔法少女とレンジャーを足して二で割った存在なんだから!」
「そうそう! 漆黒の闇、どっからでもかかってこぉい!」
千里はファイティングポーズを取る、それを見て三人は笑った。
「そろそろ遅い時間だし、帰ろっか」
「そうですね。お爺様も心配してしまいます」
「今日は楽しかったよ、また四人でこうして集まろう!」
「うん! それじゃあバイバイ!」
四人はそれぞれ別々の道へ解散した。
「ただいまっ!」
楽しい時間を過ごし帰宅したあかりは玄関で見慣れない靴が置かれているのを見つける、お客さんだろうかと思いリビングへ足を運んだ。
「お母さん、誰かお客さん?」
「おかえりあかり、おばさんが来てるわよ?」
「おばさん? 誰それ……」
「やっほー、紅っちぃ」
そこにいたのは、母親と何事もなかったかのように茶菓子を囲んで談笑するフィリア・ロッサの姿だった。
「ろ、ロッサさん!?」
驚いているあかりへロッサが近付くと途端に耳打ちを始めた。
「……あなたのお母様へは軽く術をかけておいたわ。今の私はあなたの親戚よ、ふふっ。これからよろしくね、紅っち」
彼女はいたずらを仕掛けた子供のように笑う、これを聞いてあかりは苦笑するしか出来なかった。
「――漆黒の闇を追い出されたロッサさんが今日から私の家に住むことになった。これから先、大丈夫なのかな?」