Chapter 11 少女と黄色く光る地
「ふぅ。満腹満腹」
お腹をぽんぽんと叩きながら千里が部屋に入ってきた、いつものことと言えど夕食は満足な美味しさである。
「さぁて、整理の続きっと……」
イスに座ってアルバムの一冊に手をかけたその時、何かが手に当たり床に落ちた。
その物音に気付いた千里はそれを拾い上げる。
「何これ? こんなのうちにあったっけ……」
それは黄色い石で机上のライトに当てると光り輝き、まるでビー玉のようだった。
形は丸く、覗きこむと黄色く透き通っていて向こう側を見ることが出来る。
「きれい……」
じっと眺め見入っていると机に置いてある携帯が鳴った、どうやらメールが来たようだ。
「あかりだ。なんだろう?」
千里はメールに夢中でさっき持っていた石をポケットに入れる、直後に石は黄色く輝きを放つが今の彼女にそれは気付きもしなかった。
場は変わって、闇の城ではアディートによる輝石の神との戦いの行方を聞いて苛立ちを隠せなかった。
「――アディートの闇の力は輝石の神だけでなく、異世界の者にまで……」
「リーヴェッド様ぁ、落ち着いてくださいぃ」
そこへやってきたフィリア・ロッサが手をかけようとすると、すぐさまそれを振り払った。
「えぇい、うるさい!」
「うぅ、リーヴェッド様怖ぁい……!」
女帝のいつも以上の怒りにフィリア・ロッサは怯えた表情を浮かべた。
「フィリアよ!」
「だぁかぁらぁっ、私のことはロッサって……」
「ロッサでもトッサでも何でもよい、そなたへ最後の機会を与える!」
リーヴェッドにとってそれは出任せで出た言葉だった。
この世界に馴染んでいる彼女へ、神との戦いにもっと力を出してほしいという思いもある。
この時フィリア・ロッサは、最後の機会となればもう街へ遊びに行くことが出来なくなってしまうと思った。
「答えは聞かぬ。行ってまいれ」
「は、はぁい……」
後ろ髪を引かれる思いではあるものの、フィリア・ロッサは影となって消えた。
翌朝、千里はベッドの上で寝息を立てて眠っていた。
お気に入りであるイルカ型の抱き枕を抱きしめ、夢の世界を旅しているように見える。
寝返りを打ったその時、部屋に置いてある携帯のアラームがけたたましく鳴った。
千里は手を伸ばそうとしないまま依然として夢の世界にいる。
すると突然アラームの音が止む、時間が経過して自動で止まった訳でも千里が止めた訳でもなかった。
その直後、部屋の机上に置かれている黄色く輝く石が一度瞬いた。
「千里ちゃーん、起きなさーい!」
下の階から母親の呼ぶ声がする、しかし千里は依然として起きない。
それは五分経っても十分経っても同じで、母親はただの寝坊だと思い放っておいた。
三十分後、さすがにおかしいと思った母親は台所での作業を止めて階段を上がる。
「んもう! 千里ちゃんったら……」
やがてノックもせず、部屋に入ってきた。
「こら! 朝だって言ってるでしょ!」
毛布を奪い取ると千里はその弾みでベッドから落ちる、その衝撃で目が覚めた。
「……あ。ママ、おふぁよう……」
「何時だと思ってるの、遅刻しちゃうでしょ?」
“チコク”その三文字を聞いて一瞬にして眠気がすっ飛んでいく、千里は携帯の時計を見た。
「げっ! ギリギリじゃん!」
慌てて彼女は制服に着替えると適当に教科書やノートをカバンへ詰めこんでいく、同時に黄色く輝く石もその中へ入れていたが無我夢中なせいか気にも留めなかった。
「千里ちゃん、パンと牛乳は?」
「いらない! 行ってきまっす!」
千里は玄関から飛び出すように学校へ走って向かう、髪のセットは出来ていても制服のボタンが一段掛け間違っていて慌てぶりがよくわかった。
「んあーもう! 昨日は携帯のアラームを時間通りセットしたはずなのになんで鳴らなかったの!?」
登校中、怒りを込めて叫んでいた。
『――へぇ、アレってキミが起きるためだったの?』
するとそれに応えるように陽気な声が聞こえてきた、千里は誰とも思わず話を続ける。
「そうよ! あたしのちょうどいい時間に起きれるはずだったのに……!」
怒った表情の千里は声に立ち止まって答えるが、どこにも声の主はいなかった。
「あれ? 今あたしに答えたの誰!?」
周りを確かめるが声がする物は何もない、千里は小首を傾げた。
『――あっはっはっは! あんなでっかい音、俺にとっちゃ妨げだから術で止めてやった』
「な、なんですってー!」
千里が怒りで体を震わせていると、遠くから学校の予鈴が聞こえてきた。
「やばっ、急がないと……!」
再び慌てふためいて走り出す、同時に今の学校へ転校してきて初めての遅刻かもしれないと思った。
校門を抜け、昇降口で上靴に履き替えると教室へ走った。
「――あちゃー……」
扉の窓越しに見える教室では先生が出席を取り、生徒一人一人の名前を読み上げていた。
千里は誰にも気付かれないように後方の扉を開けるとハイハイの体制で自分の席を目指す、前の席にはあかりが座っていた。
(……あとちょっと、あとちょっとであたしの席……)
『――わっ!!』
どこからかの声が千里を驚かした、声に反応した彼女はその場で立ち上がる。
「どうした龍丘、カバン持ってどこかへ出かけるのか?」
「あ、えと、その……」
答えが出ず、何を言ったらいいのかわからなかった。
結局千里の遅刻は見逃されることとなったが、彼女にとってはなぜこうなったのかという思いである。
その頃、街へ出向いたフィリア・ロッサは暗い表情を浮かべていた。
「今回、輝石の神に負けちゃったら……もう、この異世界ともお別れなのねぇ……」
リーヴェッドから告げられた“最後”という言葉、彼女にとってそれはこの異世界で遊ぶことが出来なくなってしまうのだと思った。
「――はぁ……」
ため息を一つついてこれまでを振り返ってみた。
初めてこの街を歩いた時は見るものすべて新鮮で、今着ているフリフリのロリータファッションはこの街へ出向いてからである。
エステラ・トゥエ・ルーヴにはなかった食感にもすぐ気に入り、遊びへ行くたび買いに出るほどだ。
その後輝石を持つ少女あかりと出会う、最初はただの子供だと思って安心しきっていた。
転生した後の神と彼女が操る初級や中級の術とでは力に差があった訳ではない、そう信じたいが敗れたことにより事実なのだと受け止めた。
「――あ、そっか……」
ここでフィリア・ロッサはひらめいた、今まで軽い術で戦ってきたのだから敗れたのも当然だと思う。
それならば最も強い術で対すれば良いのではないか、そう考えると彼女は左手人差し指を口の端に当てながらニヤニヤとした表情を浮かべた。
「――ふふっ。見てなさい……このフィリア・ロッサがきっつぅいお仕置きしてあ・げ・る」
そうつぶやいた瞬間、彼女のお腹が鳴った。
「あぁんもう、お腹空いた……いつもの“くれぇぷ”売ってるお店行こっと」
フィリア・ロッサは一瞬拍子抜けしたが、クレープのことを考えて気分は明るくなっていった。
再びあかりの通う学校。時刻は昼休みだった。
「今日千里ちゃん学校来るの遅かったよね、なんで?」
あかりは千里へ尋ねた、いつも千里は学校へ早く来ていて今日のようなことは今までなかったからである。
「なんでもかんでもないよ、いつも通り目覚ましのセットしてたのに今日に限って……」
「今日は忘れてたとか?」
「いや、それはない! いつもの時間に起きて、パン食べて牛乳飲んで“おめざめ占い”見るのがあたしにとってお馴染みの朝なんだから! 見逃して今日の星座見忘れちゃったし、サイアクったらないよ」
千里は今朝のことを思い出し、その場でうな垂れた。
『――もしや……』
「え、何? ヴェルガ」
ヴェルガが何か話すと聞いて、いつものように千里はあかりの手を握った。
『――チサトよ、そなたは今までの疲れが出たのではないか? アカリやヨーコ、ユウキを追い続け、これまで我も言葉を失うほどつきまとっていたであろう?』
「ヴェルガ、つきまとうだなんて……」
あかりは制止するがヴェルガの話は続く。
『――アカリはチサトへやさしすぎるのだ。後になって闇との戦いにさらなる妨げが生まれたら、どうしてくれるのだ!?』
「うぅ……」
言われてみればそうかもしれない。
これまで千里は闇の力による罠にかかったり、闇の力により操られたりと大変な思いをしただけになおさらだった。
「そっか……あたし、じゃま者だよね。もう今日からあかりたちの写真撮っていくの、やめにする」
自分の中で思い直し、立場を考えてみた結果だった。
千里はそっとあかりの手を離し、立ち上がった。
「千里ちゃん……」
「あかり、今度からあたしいないからね」
あかりの顔を見ないままで千里は手を振ると、屋上の階段を降りていった。
「…………」
『――わかってくれればそれで良い。チサトは――』
「ヴェルガのバカっ!」
ヴェルガが何か言いかけたところであかりは叫んだ、一瞬のことになぜそのようなことを言われたのかわからなかった。
『――そなた、輝石に向かってなんということを……!』
「ヴェルガはわかってない、千里ちゃんにとって私は友達なんだよ!? 一緒にお喋りしたり、どこかへ出かけたり。ここに転校してきて初めての友達なのに……ひどいよヴェルガ!」
あかりに言われてヴェルガは返す言葉が見つからなかった。
そこへ昼休み終了を告げる予鈴が鳴る、あかりは静かに教室へ向かった。
『――“トモダチ”か。前にもそのようなことを言っていたな』
その後教室へ戻ったあかりは千里と何も話すことが出来なかった、二人の間にわだかまりが出来たようである。
同じ頃、満腹になってにこやかな表情を浮かべているフィリア・ロッサは街の中心部へ来ていた。
「この世界ともお別れならここへも行かなきゃねぇ、ふふっ」
次第に歩いているとあかりと千里が通う学校の裏門が目に留まる、侵入者が入って来れないように閉まっていた。
「あらあらぁ、こんな門ちょろいちょろい……えぇいっ」
フィリア・ロッサは下級術を唱える、その刹那まるで瞬間移動したかのように門の向こう側へ立っていた。
「こらっ!」
すると警備員に呼び止められる、彼女は何事かと思った。
「学校は侵入禁止だ!」
「あらあらぁ、そう言わないでぇ……ふふっ」
フィリア・ロッサは警備員と目を合わせると別の下級術を唱える、すぐに警備員はその場で力尽きるように倒れた。
「ごめんなさいねぇ、お仕置きとしてほんのちょっぴり眠ってもらったわぁ。さぁて、ここにはどんな面白いものがあるのかしら……?」
学校の校舎裏を真新しいものを見るような目で眺めていると何かを見つける、それは体育倉庫だった。
そこへ入ると跳び箱やボールが所狭しと置かれていた。
「ゴホッゴホッ、んもー……ここはなんて嫌な雰囲気を出しているのかしらぁ」
倉庫内のほこりにフィリア・ロッサは顔をしかめると、あることをひらめいた。
「決ぃめたっ。もう、ここで上級術唱えちゃお!」
これまでよりも強力な投げキッスをすると倉庫内の運動用具が揺れ動く、まるで生命が宿ったかのようだった。
直後に学校は全ての授業が終わりを告げる終礼の予鈴が鳴る。
その直後に部活動で生徒がここに来るはずだが、そうとも知らず闇の力は動き出していた。
「今日もみんなで練習がんばろう!」
バスケットボール部に所属している生徒の一人が体育倉庫を開ける、大量のボールが入った籠からボールを取り出そうとした時だった。
「えっ? キャーッ!」
まるで大砲から放たれたようにボールが勢いよく倉庫から飛び出す、その光景に生徒は逃げることしか出来なかった。
他にある倉庫内の器具も同様で生徒たちへ襲い掛かってきた。
同じ頃、あかりは教科書やノートを鞄に詰めこむと、家路へつこうとしていた。
「あかり、待って」
千里も一緒で、帰りがけどこかへ遊びに行こうかという話をしていた。
教室から廊下を経由して階段を降りると昇降口で上履きから靴に履き替えて、校舎の玄関を抜けた時だった。
『――!』
突然ヴェルガが瞬き始めた、黒い気配を感じ取ったためである。
『――アカリ、この中で気配を感じる……』
「えぇっ!? まさか、学校で?」
『――うむ。急ぐのだ、何か今までとは違う……』
「うんっ!」
あかりは頷くとヴェルガが感じた黒い気配のする場所へ走っていった。
「あ、あたしも……あ」
千里は後を追おうと思ったがその場で踏みとどまる、昼休みの時にあかりたちの戦いを追いかけ回さないことにしたのだから。
「あかりは輝石の神として戦ってる……そんな戦いを、今までじゃましてたんだよね。がんばってあかり、あたし先に帰ってるから」
急いでいるあかりを背に千里は手を振ると校門を抜けようとする、しかし彼女の右足が校門の外へ出したり戻したりを繰り返した。
行きたい、その場へ行ってどんな戦いをしているのか気になって仕方がない。
「ぬぬ……なんで? あたし、見に行かないって決心したのに……」
『――本当は行きたいんでしょ? あの子が行った場所へ……』
また千里へ謎の声が語りかけてきた。
朝にはアラームを勝手に止められたり、遅刻寸前の教室で驚かされたりしてきた声の主は依然わからないが再び彼女の耳に響いた。
『――行きたいなら行けば? 俺も見てみたいんだよね、なぁんで“黒い気配”がこの異世界でしたのか』
「えっ? あんた、あかりたちが持ってる輝石のこと知ってるの?」
『――ふふん、それはどうかな?』
「むーっ、教えてくれたっていいじゃん!」
千里は頬を膨らませた、謎の声は話を続ける。
『――俺もちょっとした関わりがあるんだ。でも、めんどくさいなぁ……』
「何よぉ? 答えなさい!」
『――やだ』
即答だった。
千里は問い詰めようと思ったがどこから声が発せられているのかわからないこともあって、すぐにそれをやめる。
「えぇいもう……あんたが何か知りたいからあたし、あかりんとこ行く!」
そう言って回れ右をすると、千里はあかりが向かった先へ走った。
あかりは体育館へ来ていた、着いてすぐ躊躇せずに重い扉を開ける。
いつもこの時間は館内でバスケットボール部が練習に使っている、しかし今は様子が違った。
無数のバスケットボールが部員を追いかけ回し、跳び箱がバッタのように館内を飛び跳ねていた。
「な、何これぇ?」
『――黒い気配はこの球や箱から発せられているようだ、しかしこれでは数が多すぎる……』
「ヴェルガ、どうしよう?」
『――ここは転生、といきたいところだがまずこの中にいる者たちを外へ出さねば……』
「うん、そうだね。みんなーっ、早く外へ逃げて~!」
この呼びかけに反応した館内の部員や生徒は体育館から逃げ出そうとし、あかりは慌てふためきながらも必死に皆を誘導した。
それを見ていた跳び箱の一組があかりを狙いに定める、直後に勢いよく飛び跳ねた。
「ふぅ、なんとかみんな外へ出せたね」
中にいた皆を外に出し終え、ホッと一息ついた。
『――アカリ、上から来るぞ!』
「えっ?」
あかりはヴェルガに言われて天井を見ると、さっきの跳び箱が彼女の真上に落ちてきた。
それに続くように跳び箱の木枠が何段も積み上がっていく、最後の一段が重なるとあかりの全体が見えなくなってしまった。
「な、何これぇ! 閉じこめられた!?」
『――闇の力がアカリを察し、封じこめるために動き出したか……』
「そんな説明はいいから!」
あかりが突っこんでいると人の気配を感じる、それはフィリア・ロッサだった。
「ふふっ、楽しいわねぇ。まるでお祭りみたい……」
闇の力によって動いている体育用具にロッサはご満悦である、跳び箱の隙間から見ていたあかりは苛立ちを見せた。
「あの人いつも私たちの前に現れて……えぇいもう、転生する!」
狭い中であかりは転生の構えに入る。
すると跳び箱の隙間から紅い光が漏れ出す、次第に光は強くなっていった。
「――ヴァイス・ファレイム!」
詠唱の叫びと同時にさっきまで積み上がっていた一段一段の跳び箱が飛び出す、そのうち数段は勢いあまってかバスケットボールのゴールに引っかかった。
「ちょっとぉ、びっくりさせないでちょうだい。いったいなんなのぉ?」
眩い紅い光と飛び出していった跳び箱にフィリア・ロッサは手で目を覆う、すぐに光が止むとそこには転生を完了させた紅き神の姿だった。
「まぁ、紅っちじゃなぁい! だったらこの闇の力であなたの持ってる輝石、もらうわよぉ」
「あなたたち漆黒の闇になんて渡さない、この輝石で闇に光当てたいもん!」
「あぁら、子供がそういうこと言うのねぇ……あったま来たぁ」
フィリア・ロッサは苛立つ、これが彼女にとって最後だけあって輝石を何が何でもてにしたいという思いがあった。
「あなたたち、紅っちから輝石を奪い取ってきなさい!」
彼女の指示に体育用具は一斉に動き出す、砲丸と化したバスケットボールやバッタのように飛び跳ねる跳び箱が迫ってくる。
それを紅き神は一つ一つ盾を使って、弾き返すことしか出来なかった。
「ひうぅん、これじゃきりがないよぉ……」
対処していくうちにだんだん疲れてきた、それでも闇の力による攻撃は止まることはない。
体育館の外では響き渡る音を聞きつけた千里がやってきた。
「ねぇ、いい加減教えなさいよ? アンタとヴェルガたちの関係」
『――そうだな……教えてあげてもいいけど、今回だけ条件くれる?』
「何それ?」
『――その前にここから出してよ、君が持ってる手さげに俺いるから……』
謎の声がそう言うと千里は一瞬訳がわからなかったが、自分の手に持つカバンであることを察し、早速開ける。
中には教科書やノートなどが入っている、その中の奥深くにうっすらと光るものが見えた。
「……これ?」
拾い上げるとそれは昨日から部屋に置いてあった黄色いビー玉だった。
『――わっ!』
「!?」
すると不意をつくようにさっきまでの声が驚かせる、突然のことに千里は慌ててビー玉を落としかけた。
「わっとっと……どうして急にあたしをおどかすの!」
『――あれ、わかんない? 君が持ってるそれから俺が話しかけてるってことを』
「えっ? えぇーっ!?」
千里は目を白黒させた。
再び体育館内。紅き神は神術を使うことも出来ず、ただ盾を出すことしか出来ないでいた。
「ふふっ……見せてちょうだぁい、紅っちの術を。盾ばっかりじゃつまんなぁい」
フィリア・ロッサはそれを体育館の二階から眺めていた、まるで館内の競技を見つめる観客のようである。
「まだまだ軽い軽いっ!」
紅き神は軽やかな身のこなしで動いていく、転生する前と違って自分ではないような感覚だった。
『――紅き神よ、何をしている! 闇の力は衰えんぞ!』
「大丈夫だって、これくらい余裕余裕っ」
『――左だ!』
「……えっ?」
不意に立ち止まっていてほんの数秒の差で反応が遅れる、左側から壁のように立てられたマットが倒れてくるのが見えた。
「――!!」
紅き神はそのまま押しつぶされることを覚悟して目をつむった。
「あらあらぁ、紅っちがペシャンコになっちゃったぁ……今なら輝石もこっちがいただくわねぇ」
フィリア・ロッサは倒れたマットを確かめると観客席から降りようとした。
「……ぐ、ぬぬぬ……!」
「えっ?」
一瞬耳に届いた声に彼女はまさかと思う、よく見るとマットはわずかに揺れていた。
「ぬ、ぬ、ぬ……とぉぅおおぉりゃああぁーっ!」
体育館内に魂の叫びともいえる絶叫が響く、同時にマットは天井へ吹き飛んだ。
横たわる紅き神の横にはもう一人、山吹色の長い髪をポニーテールにした少女がどうだと言わんばかりの表情で仁王立ちしていた。
「あ、あなたは……?」
「よぉし、次も派手に行くよ!」
紅き神の問いに答えぬまま、山吹色の少女は構えに入る。
『――あ、あれは!』
ヴェルガはその構えを見て、信じられない思いだった。
「――俺、“雄黄の大地”が行う! 強き尖角よ、派手に突っ込め!」
その言葉を聞いて、ヴェルガの過信は確信に変わった。
山吹色の髪をした少女は右膝を後ろに屈伸させると、閉じた左の手のひらを前に出しながら閉じた右の手のひらを後ろに引いた。
「――ガイルス・タウラ!」
紅き神と似たような詠唱を唱えると、雄々しい牛のような形をした光が突進した。
牛は先ほど吹き飛ばしたマットを始め、館内にある闇の力すべてが雄々しい牛により消え去った。
「な、何よぉ! また輝石の新たな持ち主なのぉ!? もういやぁーっ!」
フィリア・ロッサは地団駄を踏みながら影となって消えた。
「ふぅ……ジェセ、こんなんでいい?」
その直後、山吹色の髪をした少女はボヤくように言うと転生を解く。
「え! え? えぇーっ!?」
その姿に紅き神として転生していたあかりは驚きの表情を浮かべた。
「あかり、あたしも輝石の神ってのになってみたんだけど……」
「ち、千里ちゃん! ど、ど、どうして!?」
「どうしてって、全てはコイツのせいだよ」
千里は手に持つ黄色い石をあかりに見せる、それは四色の輝石の一つ“雄黄の大地”だった。
『――コイツは余計だチサト、俺にはジェセって名前があるんだ!』
『――ジェセ、そなたいつの間に!』
『――ヴェルガさんチッス、それがまた話せば長くなるんスよ』
二つの輝石のやり取りにあかりは思わず吹き出す、千里もつられて笑った。
一方闇の城では、フィリア・ロッサがリーヴェッドに呼び出されていた。
「フィリアよ、そなたへ言ったことを覚えているな?」
「は、はいぃ……」
「では、そなたの持つ闇の力を消すとしよう……」
そういうとリーヴェッドは右手を前に突き出すと何かを唱え始める、するとフィリア・ロッサの足元が固定されたかのように動けなくなった。
「――ヴァルツ・ティルゲ!!」
詠唱を叫ぶと右手から黒い稲妻状の光が現れた。
「いやあああぁぁっ!!!!」
それを浴びたフィリア・ロッサの叫びが城内に響く、この時闇の力を持つ一人の女は消えてなくなった。
「フィリアなどもう用済み……我々漆黒の闇はこれだけでは終わらぬわ!」