1-5.動く死人
彼らの神々はどこにいるか、
彼らの頼みとした岩はどこにあるか。
彼らの犠牲のあぶらを食い、
灌祭の酒を飲んだ者はどこにいるか。
立ちあがってあなたがたを助けさせよ、
あなたがたを守らせよ。
今見よ、わたしこそは彼である。
わたしのほかに神はない。
わたしは殺し、また生かし、
傷つけ、またいやす。
わたしの手から救い出しうるものはない。
わたしは天にむかい手をあげて誓う、
わたしは永遠に生きる。
(申命記第三十二章より)
一七八九年一月。
やっと公職に就けた。正式に宮廷オルガニストに任命されたのだ。ただし、前のように気まぐれに即興演奏して歌手が歌えなくなるようなことはしないでほしい、ということだった。
調子のいい話は続くもので、同時に、ボンの国民劇場が開設されて、その管弦楽団のメンバーにも採用された。ぼくは小さい頃からヴァイオリンは苦手で、ずっとヴィオラを弾いてきたし、ウィーンでもヴィオラを弾いていたので、ヴィオラ奏者として入団した。
「モーツァルトのオペラが上演されるぞ」
こけら落としが近付くにつれ、そんな町の声が聞かれ始める。ぼくは内側の人間なのでその題目はもう知っていた。『後宮からの誘拐』だ。以前、親父と遠くの町まで聴きに行ったことがある。
初日、国民劇場に出向くと、リハーサルがもう始まっていた。ぼくは慌ててヴィオラを持って席につく。皆と音合わせをしながら、幸せを感じていた。
そう、この音だ。虚しいだけの大気中に、まるで宝石のような生気が散らばる。初めて聴いたときそのままに、その絶対美が胸に迫る。無防備でいると、また性懲りもなく惹き込まれてしまいそうだ。
「あ、あなたは!」
上演のあと、なぜか人がわんさとこちらに集まってきた。
「あなたが、モーツァルトに会いに行ったって人でしょう?」
彼らはぼくのことをよく知っていた。ぼくがうなずくと、
「モーツァルトってどんな人でした?」
「彼のクラヴィーア演奏は聴かれましたか?」
などと質問攻めとなった。
気持ちは分かる。皆、あの音楽に魅せられているのだ。しかしなんと答えていいのか分からない。言葉を濁していると、
「駄目だよ、みんな」
と誰かが助け船を出してくれた。
「なぜだ? いいじゃないか! 彼がどんな人なのか知りたいんだ。お願いだ、教えてくれ」
しかし大衆は収まらない。ますます熱を帯びて迫ってくる。
ぼくは耐えられずに、そのままその場を走り去った。
家に帰り着き、やっと一人になれたと安堵する。弟たちはまだ学校だし、父はどうせまた居酒屋だろう。しばらく一人でいられる。
「……」
しかし、その場に漂っている不穏な空気に、なんとなく予感して、一応父のベッドを確かめてみた。
確かめてよかった。父はそこに寝ていた。それだけならいいものの、自殺を図っていて、そこら中が血だらけだった。
ぼくはちょうど買い物から帰ってきて怯える家政婦を掴まえて、医者を呼びに行かせ、自分はベッドに横たわる父を抱き締めた。手で血を拭ってみると、首にナイフの切り傷。彼の臆病さが手伝ってか、あまり深くはない。
「よかった……」
医者など待っていたら手遅れになる。ぼくは自分の手でできる限りの手当てをした。不器用であまりうまくはできないが、何もしないでいるよりはましだろう。
彼の目縁に涙の痕を見付けると、ふっと溜め息が漏れた。
「あんたはそうやってぼくを求めるのか。だが、あんたが求めるものを、ぼくは何一つ持ち合わせちゃいないんだ」
ぼくは意識のない彼に語りかける。
「あんたの飲み代を稼ぐだけでせいいっぱいだよ。能なしでも、金くらいはなんとか、な」
彼は動かない。
「だから生きててくれよな」
と最後に言って、そこで話すのをやめた。医者が来たからだ。
彼はなんとか一命を取り留めた。彼の傷を確かめたとき、どの程度か分かっていたので心配はしていなかった。ぼくの一歩置いたような態度、それが不満だったのか、彼はこれまで以上に酒を呷るようになった。
だが、自殺はもうしなかった。よっぽど首の傷が痛かったのだろう。ぼくは彼の監視と看病と、国民劇場と宮廷との往復運動に明け暮れるようになった。
仕事の現場で、なぜかぼくは幸せだった。これまで感じたことのないような安穏が心に宿っていた。心を失くしたためなのか。それとも単に運が良かっただけなのか。これまでの多くの敵に代わって、多くの仲間が周囲を取り巻いている。毎日が楽しかった。
こういう状態はとても楽だ。楽ということは、おそらく楽でないよりはいいのだろう。楽しまない必要もなかったので楽しんだ。たとえすべてが虚しくても、どうでもいいことだ。
何が好きとか、嫌いとか、そんなことさえももう分からない。
ぼくは作曲できなかった。クラヴィーア協奏曲に取り組んで半年になるが、無理矢理に仕上げたそれは、まるっきりのガラクタだった。そこには何もなかった。何も書けなかったのだ。だからこんなふうにまた、より腑抜けになってしまった。
ぼくはもういつ死んでも構わない。死よ、好きなときにやってくるがいい。おそらくその移ろいにぼくは気付かないだろう。まばたきひとつしないだろう。
こういうぼくの精神状態を、周囲はやたらと褒めそやした。
「今まではとっつきにくかったのに、ずいぶん感じがよくなったわね」
ということらしい。どうでもいいことだ。楽ならいいんだ。
どんなときも最も小さき視線にも恥じることのない自分でありたいと願い続けていたのは、世間知らずだった頃のこと。それが無理矢理覆されるこの世の中に生まれてきてしまったことを知らされたのは、つい最近のこと。
思い悩み続けてきた頃では考えられない。手を伸ばせばすぐ届きそうな現実の太陽の下に、人々の笑顔がある。
そこに埋没していることは、明らかに間違っていた。だが、周囲も自分も幸せだった。
【参考文献】
★『ベートーヴェン』(上)(下)
メイナード・ソロモン著 徳丸吉彦、勝村仁子訳(岩波書店)
★『ベートーヴェンの生涯』(上)(下)セイヤー著 大築邦雄訳(音楽之友社)
★『ベートーヴェンの生涯』青木やよひ著(平凡社)
★『ベートーヴェン 生涯篇』属啓成著(音楽之友社)
★『ベートーヴェン書簡選集』小松雄一郎訳(音楽之友社)
★『ベートーヴェンの虚像をはぐ』武川寛海著(音楽之友社)
★『古代の宇宙論』
C・ブラッカー、M・ローウェ編 矢島祐利、矢島文夫訳(海鳴社)
★『世界創造の神話』
M=L・フォン・フランツ著 富山太佳夫、富山芳子訳(人文書院)
★『ギリシアの神々』曽野綾子、田名部昭著(講談社)
★『ギリシア・ローマ神話事典』
マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル著
木宮直仁、西田実、入江和生、中道子、丹羽隆子訳(大修館書店)
★『プロメテウス―ギリシア人の解した人間存在』
カール・ケレーニイ著 辻村誠三訳(法政大学出版局)
★『作曲家別 名曲解説ライブラリー ベートーヴェン』(音楽之友社)
★『作曲家別 名曲解説ライブラリー ハイドン』(音楽之友社)
★『コンスタンツェ・モーツァルトの結婚―二度ともとても幸せでした―』
〈音楽選書65〉
ヴィゴー・ショークヴィスト著 高藤直樹訳(音楽之友社)
★『シカネーダー伝―『魔笛』を書いた興行師』原研二著(新潮社)
★『現代医学のみた大作曲家の生と死 ハイドン/モーツァルト』
アントン・ノイマイヤー著 礒山雅、大内典訳(東京書籍)
★『ハイドン(1970年)(永遠の音楽家16)』
ピエール・バルボー著 前田昭雄、山本顕一訳(白水社)
★『モーツァルト』メイナード・ソロモン著 石井宏訳(新書館)
★『比類なきモーツァルト』
ジャン=ヴィクトル・オカール著 武藤剛史訳(白水社)
★『ベートーヴェン事典』平野昭、土田英三郎、西原稔編著(東京書籍)
★『ベートーヴェン大事典』
バリー・クーパー著 平野昭、横原千史、西原稔訳(平凡社)
★『モーツァルト大事典』ロビンズ・ランドン監修 海老澤敏訳(平凡社)
★『ベートーヴェン全集』(講談社)




