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1-2.ぼくたちの失敗

彼らの神々はどこにいるか、

彼らの頼みとした岩はどこにあるか。

彼らの犠牲のあぶらを食い、

灌祭(かんさい)の酒を飲んだ者はどこにいるか。

立ちあがってあなたがたを助けさせよ、

あなたがたを守らせよ。

今見よ、わたしこそは彼である。

わたしのほかに神はない。

わたしは殺し、また生かし、

傷つけ、またいやす。

わたしの手から救い出しうるものはない。

わたしは天にむかい手をあげて誓う、

わたしは永遠に生きる。


(申命記第三十二章より)

 そしてここだ。今、地上に足をつけて歩くぼくがいる。

 それまで見ていたものも聞いていたものも何もかも忘れ去った。祖父の死によって少しだけ思い出すと、その記憶を封じ込め、隠してしまった世界から秘密を探り出すかのように、すべてを疑い深く見るようになった。

 ぼくの名は、祖父の名をもらってルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンと名付けられた。

 母に見殺しにされた兄、ルートヴィヒ・マリアの話をお隣さんに吹き込まれたとき、そのことはなんとなく知っていた気がした。「彼」は、ぼくが生まれる前からぼくがこの世に誕生する日を待ち構えていたようで、物心ついたときにはもう、彼がぼくのそばにいるのは当たり前になっていた。彼が優れた人間になる予定だったことも、なぜかぼくは知っていた。彼は自分の不幸を嘆き、それ以上にぼくの身にも同じことが起こらないかと案じて、ぼくの守護霊のようになっていた。父からの虐待に()っても、彼の存在があったからこそ、ぼくはいつも立ち直ることができた。

 そうやって歩き続けて十何年かが経った。今、自分は十代なのか、二十代なのか、結局のところ、分からないままだ。父と名乗る男ヨハンが、ぼくの年齢をごまかし尽くしてしまった。

 ここは、生まれた場所、ボンという町。

 ぼくは生まれ落ちてからというもの、苦悩の連続だった。毎日クラヴィーアを叩き込まれ、父の詐欺に付き合わされて、あちこち引きずり回されて……。

「おまえは第二のモーツァルトにならねばならない」

 と厳に言われ、殴られ続けた。

 ぼくは、そいつを、モーツァルトを呪った。神を呪うのと同じようにだ。なぜ、おまえなんかが存在する? 才能にも環境にも恵まれ切ったおまえのせいで、ぼくはこんな地獄のような生活を余儀なくされてしまったのだ。おまえなんて存在しなければいい。いつか殺してやる……。いつしかそんなどす黒い思考に取り憑かれていた。

 ある日、父のいないところで、ぼくはいつものようにモーツァルト殺しのリハーサルをやっていた。モーツァルトを引き裂くように、そう、まるで虐殺するかのように、モーツァルトの主題を滅茶苦茶に変奏して弾いていた。

 すると、ある弾みから、ちょうど主題のメロディーのところを弾き間違えた。幼い頃から厳格な指の訓練を強いられてきたぼくには考えられないことだ。ぼくは慌ててそのメロディーを何度も繰り返し弾いた。何度も、何度も……。そうするうちに、おかしな気持ちになってきた。天から舞い降りてきたものと、ぼくの内奥から湧き出してきたものとが、ふいにぼくの中で結合したかのように、身体が大きく戦慄(わなな)いたのだ。

 それはぼくに一つの確信を伝えてきた。これは、ぼくの音だ。母の(たい)にいたときからぼくの中に確かにあって、いつかあふれ出したくてならなかった音だ。

 まるで生まれ出ようとするかのように、それらはこの世に対する求愛の叫びのように高鳴る。

 その答えは? ぼくはモーツァルトの音楽の続きを奏でてみた。数え切れないほどの答えが散りばめられていたが、どれもこれも、驚愕するほど美しく連なっていく。

 この世はそんなに美しいのか?

 その瞬間、心が変わった。ぼくはモーツァルトの音楽に夢中になった。そのことを、ぼくに取り憑いていた兄のルートヴィヒ・マリアはこの上もなく喜んだ。彼にとってもこの和解は嬉しかったらしい。モーツァルトはよほど理想の導き手だったのだろう。

 それからというもの、ぼくは毎日モーツァルトを弾くようになった。ルートヴィヒ・マリアを別にしては、ぼくとモーツァルトだけの秘密だった。

 ぼくはモーツァルトの音楽の中だけに、本当の自分を見出すようになっていった。そこは誰にも立ち入ることのできない箱庭であり、ぼくにとって世界のすべてだった。ぼくは兄も遠慮してそばにいないとき、モーツァルトと二人きりのときにだけ、モーツァルトと会話をした。ぼくたちはその中ではとても仲良しだった。まるで魂の双生児のように、いや同一人物であるかのように、ピッタリと気が合い、ぼくは、「ぼくのぼく」と、尽きない対話を楽しんだ。人生の中でやっと巡ってきた春だった。

 ぼくたちはずっとそうして二人で生きていくんだろうと、信じて疑わなかった。


 一七八七年春。

 ついにその日がきた。

 選帝侯マクシミリアン・フランツの援助で、彼、モーツァルトのいるウィーンに行けることになったのだ。

 ぼくは幸運だった。行った矢先、ウィーンの森で、彼に会うことができた。

 ところが、彼は、()ではなく彼女(**)だったのだ。

 ウィーンの森の泉。そこで一人の女が水浴びをしていた。もちろん、裸体だったから、ぼくに見られたことで彼女はショックを受けていた。そして、ぼくがモーツァルトに会いに行くという話をすると、彼女は、自分がモーツァルトだ、などとのたまう。ぼくは頑としてそれを信じなかったが、彼女の家に招待され、彼女が即興で演奏するのを聴いて、そのことが事実であると思い知らされたのだった。

 モーツァルトは女だったのだ。ぼくが長い間勝手に感じていた一体感は否定された。それはとてもショックなことだったが、ぼくは、夢の中とはまるで違っている彼女に、また惹かれ始めていた。女でもいい。女で良かった。次第に彼女に対して、尊敬だけでなく、恋愛感情も抱くようになった。彼女の方も、ぼくを、いや近々失うことになる父親の身代わりとしてのぼくを、求めてくれた。

 ぼくは夢の中でしていたように穏やかにではなく、相当に意気込んで、彼女に自分の心の中を喋った。夢の中ではあれほどすぐに理解し合えていたのに、現実は違った。彼女はぼくの言葉にうなずきはしなかった。でも、それはそれで嬉しかった。今までとは違って、手応えというものを感じて新鮮だった。彼女とは話すたびにいつも(けん)()になったが、ぼくはそのことに苛立ちとともに快楽を覚えていた。

 ところがそれだけでは済まなかったのだ。彼女とぼくは、互いに求め合うことをやめられず、一線を越えてしまった。醜い肉による結び付きをもってしまったのだ。ぼくは深く後悔したが、すべては手遅れだった。

 これで人間同士の神聖なる関係が壊れてしまったのだろうか。ぼくたちはそれからも(けだもの)のように求め合い、最後には彼女がぼくをナイフで刺そうとして失敗したのだった。

 ルートヴィヒ・マリアはなぜかそのとき、ぼくから離れた。もうこんな人間は弟であっても駄目だ、と思ったのか。

 モーツァルトはそのとき、ぼくを殺そうとしたのだ。それがなぜだったのか、未だにぼくには分からない。父親の代わりであっても、必要としてくれていたのではなかったのか。ぼくが母の危篤の知らせを聞いて、いったんボンに帰ると言ったから、それが許せなかったのか。離れてしまうなら、もう用なしだと思ったのか。思い当たることは山ほどあったが、結局、ぼくたちは一緒にはなれない二人だったのかもしれない。あの肉と肉のぶつかり合いがすべてを汚してしまった。なぜ彼女は女だったのだろう。もし男だったら、こんなことにはなっていなかっただろうに。

 最後に、共通の知人サリエリに、モーツァルトのことを相談したあと、ぼくのあとを彼女が追ってきたように見えたのは幻だったのかもしれない。ぼくはその幻かもしれない彼女を吹っ切り、高飛車(たかびしゃ)な思考を組み立てて、なんとか現実から逃れようとした。だが、ウィーンを出てしまうと、もう自分の手の中には何も残っていなかった。神も、モーツァルトも、そして自分自身も。「やっぱり自分は彼女に捨てられたのだ」という現実のみが迫り、心は絶望に染まり、それ以上考えられなくなり、魂は(しぼ)んでいった。

 それは挫折に他ならなかった。ぼくは周囲に合わせて生きることを決めた。もう二度と自分を語ることはないと思った。彼女に否定されたことで、ぼくのすべての自信は打ち砕かれたのだ。

 からっぽの心で敗走する途中、なぜかザルツブルクに入ってみたくなった。モーツァルトの生まれ故郷。彼女があれほど愛してやまなかった父親のいるところ。

 想像以上に美しい町だった。馬車を止めて、その地に足を踏み入れ、二、三歩歩いてみると、静かしさや優しさが足元から立ち昇ってくる。まるで彼女の華やかさの裏にある本心そのもののように。

 それから、彼女の父親を訪ねた。町の人に聞くと、すぐにどの家か分かった。モーツァルトの住んでいた立派な家とは違って、質素な住まいだった。扉を叩くと、モーツァルトにそっくりな美しい女性が出てきた。彼女の姉だろうか?

「どちらさま?」

 優しい声色。しとやかな物腰。落ち着いた眼差し。妹とはずいぶん違う完成された大人の女性だ。

「ウィーンから来ました。ベートーヴェンといいます。彼女の父親に会わせてください」

 と言うと、女性は即座に眉をひそめた。

「彼女? 誰のことですか?」

 それは先ほどと同じ女性とは思えないほど低い声で、ぞんざいな口調に変わっていた。

「ぼくは知っているんです。モーツァルトが女だということを……」

「人違いです。そんな方、わたしたちは知りません」

 女性がさっさとドアを閉めようとしたので、

「待ってください!」

 とぼくが詰め寄ると、

「帰って!!」

 と、ついにはもう悪魔のようなおぞましい顔付きになって、ひどく乱暴なやり方で身体を押され、ドアを激しく閉められた。

 それで、ぼくはますます落ち込みが深くなり、残り少ない力でやっと溜め息をついた。

 彼女、モーツァルト本人が帰ってきたとしても、同じ扱いを受けたのではないか? 彼女は心底父親を慕っていたが、父親の方では彼女を勘当廃嫡(かんどうはいちゃく)していた。彼女は故郷に帰らないのではなく、帰れなかったのだ。急に彼女のことが憐れになったが、もうウィーンに戻ることなどできるはずもなかった。


 ぼくは彼女の故郷を去り、ミュンヘン、マンハイムを経て、ボンに帰り着くと、真っ先に母の寝室に駆け付けた。父から母の重体の知らせを受けていたからだ。

 そこには、もう死人同様の母が横たわっていた。ぼくは父とともにほとんど眠らずに看病をしたが、母は日に日に弱っていき、この年の七月十七日、ついに死んでしまった。四十歳という若さだった。

 もはや手遅れだったのだ。ぼくの改心を待たずに、ぼくのために犠牲になってきた人は帰らぬ人となった。ぼくがまだ何も返せぬうちに……。

 償いという言葉が胸に迫った。彼女がひどい肺病だったことを知っていながらどこか楽観的に考えてしまっていたこと。彼女を置いてウィーンに行ってしまったこと。

 なぜ彼女が死ななくてはならなかったのか。世の不条理を憎むあまり、ぼくはしばらく何もする気になれなかった。モーツァルトを失い、母を失い、すべてを失った気がした。そのため(うつ)病になり、身体的健康も害した。

 これからどうすればいいのか。この世に希望はあるのか。普通のことが何一つできないぼくにできることと言えば、金を稼ぐことくらいだ。借金もかなりある。その責任上、まだ死ぬわけにはいかない。


 だが、ウィーン行きのためにいったん投げ出したオルガン奏者の席はもうなかった。代わりの仕事もなかなか見付からず、生き続けるほどに借金と罪悪感とがかさんでいった。

 そのうち下の弟のニコラウス・ヨハンが音楽家の道は歩みたくないとだだをこねだした。なんでも薬屋になりたいのだそうだ。それで仕方なく、薬局に見習いに出すことにした。

 父はどうしていたか。彼は、妻を失った悲しみを癒やすべく、母が最後に遺した、一歳になるぼくの妹をひたすら溺愛していた。だが、彼女はこの年の十一月二十六日早朝、なんの前触れもなしに母のあとを追った。

 心の拠りどころを立て続けに失った父は、それ以後、ぼく以上に精神を冒され、良識のカケラも残さず堕落し、信じられないほどの量の酒を(あお)るようになった。

 だが、彼はもうぼくに暴行を加えはしなかった。その代わりに、やたらとぼくを頼るようになった。それはもう、すがりついてくると言っていいほどの有り様だった。別に冷たくする理由もないのでぼくは手をさしのべた。

 彼を立ち直らせるだけの力がぼくにあればよかったのだが、言わずもがな、そんな気力はなかった。せめて自分にできることをしようと思い、金を稼ごうとした。もはや彼を含めた家族の生への欲望のためにしか、ぼくは生きていなかった。いつか用なしになるなら、それで構わなかった。ただ、用のあるうちは用をこなそうと、何も考えずに、なんてことない雑用をこなし続けて ……今日がある。


 今日はいい日だった。天気が良かったとかそういうことではない。ブロイニング家の人たちが、ぼくをもう一度音楽教師として迎えたいと言ってくれたのだ。

「あなたの誕生日会もしたいのよ」

 と、ブロイニング夫人は言った。ぼくの誕生日? 確か、年の暮れ頃だと言ったことがあったか。もう今年も終わりか。しかし誕生日会など、ぼくには初めての経験だ。

 この家との交流が始まったのは五年前からだ。年上の親友フランツ・ゲールハルト・ヴェーゲラーの紹介だった。その頃のぼくはこの家の子どもたち(と言ってもぼくと同い歳くらいの子どもたちなのだが)にクラヴィーアを教えていた。詳しく言えば、年長のエレオノーレと末っ子のローレンツにだ。そして中の子シュテファンとは、一緒にフランツ・リースという人からヴァイオリンを習っていた。

 だが、ウィーン行きのときにそれもすべてやめてしまっていた。だから、もう頼れないだろうと諦めていたのだ。

 相変わらず不規則な収入で、家政婦を雇う金だけでせいいっぱい、というところだった。明日食べるパンを、ぼく自身はそれほど心配したわけでもなかったが、生きたがる連中のために、何か定期的に金が入るような仕事につければ、と思っていたところだっただけに、こういう金付きの親切心はありがたかった。


「以前とずいぶん感じが変わったわね」

 と夫人はぼくを見るなり言った。落ち着いて大人らしくなったという。

 ブロイニング家の人々は皆、ぼくの変化の理由を知りたがった。ウィーン行きのせいなのか、とは聞いてきたが、母の死のせいかとは聞かれなかった。気を遣ってくれたのだろう。

 夫人の二番目の息子シュテファンは、もっとはっきり聞いてきた。

「いったい何があんたを変えたの?」

「シュテファン……」

 ぼくは答えられなかった。そういう問題に対する思考能力が消えてしまっていたからだ。

「今のあんたはまるで死人だ」

 と彼は言った。ぼくよりかなり歳下の弟のような彼は、お人好しで率直な子だった。

「ウィーンに行ったせい? モーツァルトって、そんなにすごい奴だったの?」

「いや……ああ、まあな」

「なんだよ、話してよ。何かあったんだろ?」

「……」

 彼が待ち望む答えなど与えてはやれない。彼はしばらく待ったあと、腹を立てて立ち上がった。

「ぼく、あんたのこと、相当すごい人だと思ってたのに……こんなに簡単に駄目になっちゃうなんてさ!」

 彼はその日以降、ぼくを見る目を裁きに変えた。それはぼくに相応しいものだった。

 彼の姉にあたるエレオノーレも、ぼくを見てひどく驚いたらしかった。彼女も以前のぼくとは全く違ってしまったぼくを、とても残念がっていた。

 だが、ぼくにとってはそんなことはどうでもいいことだった。何もかもがどうでもよかった。必要があるものなど存在しないと思った。ぼくは他人に見えるままの、抜け殻になっていたのだ。

【参考文献】


★『ベートーヴェン』(上)(下)

      メイナード・ソロモン著 徳丸吉彦、勝村仁子訳(岩波書店)

★『ベートーヴェンの生涯』(上)(下)セイヤー著 大築邦雄訳(音楽之友社)

★『ベートーヴェンの生涯』青木やよひ著(平凡社)

★『ベートーヴェン 生涯篇』属啓成著(音楽之友社)

★『ベートーヴェン書簡選集』小松雄一郎訳(音楽之友社)

★『ベートーヴェンの虚像をはぐ』武川寛海著(音楽之友社)

★『古代の宇宙論』

    C・ブラッカー、M・ローウェ編 矢島祐利、矢島文夫訳(海鳴社)

★『世界創造の神話』

    M=L・フォン・フランツ著 富山太佳夫、富山芳子訳(人文書院)

★『ギリシアの神々』曽野綾子、田名部昭著(講談社)

★『ギリシア・ローマ神話事典』

    マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル著 

     木宮直仁、西田実、入江和生、中道子、丹羽隆子訳(大修館書店)

★『プロメテウス―ギリシア人の解した人間存在』

         カール・ケレーニイ著 辻村誠三訳(法政大学出版局)

★『作曲家別 名曲解説ライブラリー ベートーヴェン』(音楽之友社)

★『作曲家別 名曲解説ライブラリー ハイドン』(音楽之友社)

★『コンスタンツェ・モーツァルトの結婚―二度ともとても幸せでした―』

                 〈音楽選書65〉

       ヴィゴー・ショークヴィスト著 高藤直樹訳(音楽之友社)

★『シカネーダー伝―『魔笛』を書いた興行師』原研二著(新潮社)

★『現代医学のみた大作曲家の生と死 ハイドン/モーツァルト』

       アントン・ノイマイヤー著 礒山雅、大内典訳(東京書籍)

★『ハイドン(1970年)(永遠の音楽家16)』

        ピエール・バルボー著 前田昭雄、山本顕一訳(白水社)

★『モーツァルト』メイナード・ソロモン著 石井宏訳(新書館)

★『比類なきモーツァルト』

        ジャン=ヴィクトル・オカール著 武藤剛史訳(白水社)

★『ベートーヴェン事典』平野昭、土田英三郎、西原稔編著(東京書籍)

★『ベートーヴェン大事典』

      バリー・クーパー著 平野昭、横原千史、西原稔訳(平凡社)

★『モーツァルト大事典』ロビンズ・ランドン監修 海老澤敏訳(平凡社)

★『ベートーヴェン全集』(講談社)

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